第54話 裏切り

何もする気が起きなかった。

ブラッディメアリーを殺し、トーカの弟であるウェルスを殺した。

大きな障害を二つも処理したうえに、トーカに至っては味方に引き込んでいる。

生徒会員トーナメントが迫っているがもはやアーテルのやる気は尽き、修練場で転がっていた。


「なぁアーテル、修練場だぞここ。寝てないで戦おうぜ」


トーカに身体を揺らされため息まじりに体を起こす。


「正直言うともう、負ける気がしない。何せお前に勝ったんだからな」


神眼を使わせ、その上で勝利した。

ならばもう、負ける気がしないというのも頷ける。


「いやそうは言うがなぁ、相手も一応グリモワール使いだぞ。ほら、幾らか見たことあるだろう?あれらと同等って考えりゃさ」


「お前は、あいつらのを真似できるか?」


「いいや、無理だな」


「なら残念なことに同格じゃない」


トーカでは、巫術廉では、かつて出会った天才の持つグリモワールとグリモワールもどきを模倣することは出来なかった。

何せそれは神の御業どころか神そのものとさえ思える代物であったから。


無茶だろう。

俺にはあの本から出てきたものさえ理解など出来ないのだから。

何せあれこそ……あれ、こそ…………嘘だろ。

まさかラヴクラフトが今回の件に関わってるとでも言うのか?

ありえない、あの男は狂っている。

どうしようもないほどに狂っている。

狂っているからこそどこまでもまともなのだ。

そんな男を、どうやって引きずり込むというんだ。

アインス、君の手札が、俺には一切読めない。

わかってた、アインスに読み勝つなど不可能だと理解していた。

何せ彼一人殺すくらいならなりふり構わず世界を壊して巻き込んだ方が簡単な、いや、そうでもしないと殺せないような男だ。


「ラヴクラフトが関わってるかもしれない」


アーテルをやる気にさせるには十分な言葉。

なにせ何もしないが故に最も無害であり、もし何か行動を起こしたときは最も厄介な相手なのだから。


「……それは本気で言っているのか?俺を動かすためだけの嘘だというのなら、わかっているな?」


「さすがに奴の名は簡単には出さない。カラミティやきくのを狂わせられるほどの相手に心当たりが殆ど無いんだ」


一応もう一人いるが、アルバはアイツを知らないからな。

まぁ、狂わせられるかもしれない程度で実際に誰かを狂わせているところは見たことないから確証は持てないが。


「わかった。仮にいるとするなら厄介すぎる相手だ。仕方ない、対策を練るとしようか」


重い腰を上げるアーテルに、トーカはニッコリと笑い答えた。


「対策なら簡単だ。目を瞑って勝てばいい」


「……馬鹿か?邪神を相手に目を塞ぐなど。俺は音で全てを把握する堕天使じゃない」


「そうだな。けれど、見てしまえばお前もまた狂気に落ちる」


――――――————⁉


「何しやがる」


突如音もなく背後から迫ったナイフをアーテルは指で挟み止めた。


「事前に言ったら何の修練にもならないだろう?」


「それもそうだ。だがなぁトーカ、先の攻撃……殺気が込められていたぞ」


「無論殺す気だった。死んでも大丈夫な修練場なんだ、気にすることもないだろう」


へらへらとした態度のトーカにアーテルは斬りかかる。


「そうだな、殺してやるよ」


「こいつはこわい。眼がマジだぜ」


何処からともなく刀を取り出し、応戦する。

広い広い修練場を壁まで使って激しい戦いが行われる。

速度もさることながらその衝撃もまたすさまじい。

この場に他の者がいればたちまち吹き飛ばされ壁にめり込んでいても不思議ではない程のである。


「どうしたどうした、俺を殺すんじゃなかったのか?」


「ったく、肉体がまんまだと性能に差がでんだよ」


そうだ、俺達はずっと動いてた、画策していた。

お前アーテルお前アルバを出してしまうように。

アインス、俺は裏切り者だ。

今回は先に裏切られたような気がするから、どうせ俺の動きさえ読んでるんだろうが、俺の本質は変わらない。

ここで、完全に裏切らせてもらうよ。


くっそ、わかってはいたが一向に俺の刃が届かない。

手か俺は賢者なんだよ。

今は魔力がないから剣術やら体術やらで戦ってるが、そもそも魔術がメインだっての。

ったくどうやって勝つ。

全部出し切るったって、残ってるもんなんか…………いやだなぁ。


チラリと右足を見つめると、深呼吸をして覚悟を決める。

強化魔術。

アーテルの周囲の魔力が不自然に動く。


肉体に差がある、だからんだ。

俺とお前は現人神。

似た性質を持つんだから、負けず嫌いのお前は言い訳より先に全部出し切る。

それが罠だとも知らずに。

お前はアーテルとして十余年過ごしたが、お前がアルバとして過ごした時間は七十年を越える。

どちらの肉体に、魔力に、慣れているかなど言うまでもない。

だからお前は気付けない。

魔術を使えば使うほど、アルバの身体に頼れば頼るほどに、お前アーテルお前アルバに侵される。


見えはしないが肉体には魔力の通り道である魔力繊維が存在する。

アーテルの身体はそれが極端に少ないために魔術を上手く扱えない。

筋肉がない故の力不足みたいなものだ。

だが、アルバの身体には魔力繊維が異常なほど存在している。

それは今も同じで、アルバの身体へと代わった右足にはたくさんの魔力繊維がある。

そして魔術はこの魔力繊維を通る魔力でしか使うことができないがために、アーテルは右足から身体中に無理やり魔力繊維を張り巡らせ魔術を使っていた。

これこそが、アーテルが魔術を扱う際の異常な激痛と大怪我の正体である。

そしてその傷をアーテルは前回、決勝戦で治してしまったのだ。

その結果アーテルの身体には、アルバの魔力繊維が所々残ってしまった。

結果は今回の魔術行使で現れる。

決勝戦でトーカはアーテルに敗れたが、それでも一番大事な仕事は果たしていた。

神眼の完成。

それにより、アーテルの視界はアルバのものと遜色ないものとなる。

それは慣れた視界、故に気付けない。

自分の肉体が慣れたアルバのものへと近付いていることに。


「———————いッッッ」


今までよりも痛みはない。

それでも、痛いものは痛いのだ。

出血も少しで済んだ。

だが、身体の中は傷だらけだ。


キタキタキタキターーーーー‼

これを待ってたんだ。

これでお前はもう戻れなくなる。

正体を隠すことも出来なくなる。

張り巡らされたアルバの魔力繊維、そして、アーテルの魔力は……アルバのものへと変質する。

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