第53話 巫きくの

「僕を殺すの?でもさぁ、辛そうだよ、苦しそうだよ。もしかしてぇ、僕を殺すの嫌なのぉ?アハッアハッアッアッアッ。じゃあさぁ、殺さなくていいんじゃなぁい?イヒッ。だってsぁ、殺したくないもんねぇ、殺すの嫌ならぁ、殺さなくていいじゃん。でもでもぉ、そしてら僕に殺されちゃう。けどいいじゃん、死んじゃえば楽になれるよぉ。ンヒッ、アハハハハハハ」


それが人には思えなかった。

まるで獣のようだった。

だから……腹が立った。


「あれ?あれ?あれれれれ?なんでかなぁ、なんでかなぁ……僕を殺したいって気持ちになってきてる。不思議だなぁ。なんで僕を殺したいの?さっきまで嫌だ嫌だ~って泣いてたのに、どうして僕を殺したいってなったの?どうして今も……僕を殺したいって気持ちがあふれていくの?」


引き攣ったような甲高い声がさらに怒りを煽る。

息を吐き、呼吸を整える。

どうにか感情の昂りを落ち着かせ、刀を握り直す。


「それ以上喋るな」


駄目だった、腹が立って仕方がなく、収まりがつかなかった。


ここまで腹が立ったのは初めてだ。

俺の可愛い弟をああも狂わせやがって。

アインス、悪いが次に会ったら一度殴る。

それと……これ以上俺の弟の身体で好き勝手される前にさっさと殺す。


「アァァ、殺す決心ついたんだぁ」


「黙れッ‼」


トーカは感情を抑えられず一人勝手に戦いを始めた。

それはかつて、無限に広がる並行世界から集められた神さえ殺す天才が一人。

卑弥呼が末裔にして現人神、かんなぎ術廉みちかどの全力の剣技であった。

だが、二人の実力は拮抗していた。

この場でその戦いを捉えられているのはただ一人だけ。

完全な神眼を持っているアストロでさえ、捉えることができない。

天才たちが生きた神速の世界。

そんな異次元の戦いをアーテルは冷えた目で見つめ、ニヤリと笑った。

アストロに近付き、腕に触れ、耳元で囁く。


「この角度だ、タイミングを合わせろ。いいか、そう威力は要らない。ただの悪戯だ……ほら、今だ」


あぁ、戦えば戦うほどに理解させられる。

お前の身体は俺の弟のものだ。

怒りが、殺意が、増していく。

だからといって理性を捨て、殺すまで止まらずに暴走るとでも思ったか?

馬鹿を言うな、俺は詐欺師だ、裏切り者だ、そんな俺が理性を捨てるなんざあり得ない。

いつだって冷静でなきゃならないんだよ。

何せ俺が裏切るのは、その頭脳を以て全知全能の神々さえも出し抜いた天才なのだから。

狂気よ見えているか?

俺達の視界の外側で何やらしようとしている。

お前には見えないだろうなぁ。

だが、俺の弟ならば気づけた。

目に写るものだけが全てではないことに。

狂気よ、お前は狂気にすらなれやしない。


「人にも化け物にもなれぬ、なり損ないだ」


アストロの手から放たれたのは電気により少しビリっとくる水。

何の傷も負わせられない水だが、ほんの一瞬気を逸らすには十分な代物であった。

そして一瞬の油断は戦いにおいて死を意味する。

トーカは握る刀で首と胴を切り離した。


「トーカ、蘇生させない術式くらい編めるな?」


「もうやってる」


アーテルの言葉にトーカは先程までなかった文字を光らせる刀を転がる胴に突き立てる。

それを確認するとアーテルは修練場の扉を開き手に持った何かを投げた。

そしてアストロの手を引き魔力を操作し、死体と先程投げた何かとの位置を交換した。


「さすが天才様だ、禁忌に抵触しない転移魔術を作っちゃうだなんて。それとも誰か協力者でもいるのかなぁ?で、何処に転移させた?」


《……王城。王様ならどうとでもしてくれるだろうさ》


流石に周りに聞こえるよう言えるはずもなく口の動きで伝える。


「…………答えられないと、ならいいや。この国で蘇生なんて真似できるのは近衛魔術師である学園長様くらいなもの。殺せたのなら何の問題もないさね」


白々しくそういうトーカに舌打ちをする。


だから嫌いなんだ。

アインスは何を考えているかわからないが優しい正直者、誰にも死なせない。

きくのは嘘を吐けるような奴じゃないうえ殺しを止める側だ。

だが術廉は違う。

他人どころか自分の命さえも軽く見ている。

そして何よりこの薄っぺらな仮面だ。

嘘吐きで淡泊な下らない人間。

だから俺はこいつが嫌いなんだ。


「終わったのならそれでいい」


「待て、状況が全く掴めていないので何か説明が欲しいんだが。アーテル、君は俺が目で追うことも出来なかった彼に勝ったのか?」


……それもそうか。


「いえ。今のはただのズルです。言うなれば魔術を使ってはいけない戦いで魔術で肉体を強化し戦っているようなもの。まぁ、決勝では互いに同じズルをしましたが」


「まぁいい。俺達が思っている以上に隠したいことがあるということだろう」


「じゃあ答えたくないのには答えないから、好きに質問していいよ」


椅子に座るとアーテルは微笑む。

今までとは違うやわらかい笑み。


「……では聞こう、君はアーテルなのかい?」


「別人に思えるほどの変化かもしれないが、俺は俺のままだ。少し強くなって、心に余裕が出来ただけだ」


優しげなままのアーテルは、どこか変に感じる。

今までで最も良い状態なのは確かだが、根を詰め過ぎていないのは良いことだが、もはや別人のようで、それでも良いと感じる雰囲気故に恐ろしかった。


「まぁいい。では、先の人物についてだ」


「それは俺から説明しよう」


横から割り込むようにトーカが話始める。


「あいつは俺の弟だ。可愛い可愛い弟だ。俺よりも強い弟だ。名前はウェルス、向こうの第二学園に通ってるんだが、何故か俺の事を忘れた上に、変なもん植え付けられて襲って来るもんだから殺した」


「修練場の外に出した時点で察していたが、やはり殺したのだな」


「あぁだって、殺したって戻んないから。元に戻るってんならまだほかにもやりようがあったが、仕方ないな」


「家族の死を仕方ないで片付けるのか」


それはどちらかと言えば怒りに近かった。

他人の死ではあるが、それでも、仕方ないで片付けられれば怒りがわくというものだ。


「秀才君、君はわかってない。天才ってのはもうイカレてんのさ。なぁアーテル、お前もそうだろう?」


「……否定はしない。天才は確かにイカレている。だから破滅するんだ」


「な、アーテル。お前まで彼の味方をするのか」


「味方はしていない。ただ、価値観が違う。そしてそれ以上に、何者であるかを知るが故に、裏で糸を引く者を知るが故に、彼の死をあまり悲しむことができない」


だってどうせ蘇る。

この国で蘇生が出来るのはじいさんだけじゃない。

王様だって出来る。

他の世界に目を向ければいくらだっている。

それこそ、俺が関わってきた天才たちは皆、命の扱いなどお手の物だ。


「でもまぁ、悲しいとは違うが、いやな感触だ。実の弟を斬る感触なんて、殺す感覚なんて、知りたくなかった」


これが演技なのかさえも、俺にはわからない。


「……俺が殺すべきだった」


「いいや、俺の弟だ。他には任せられなかった」


「…………その、すまなかった。辛いことを聞いた」


申し訳なさそうにするアルトに、まるでさも空元気で接するようにトーカは笑った。

けれどアーテルだけはその空元気がとても薄っぺらな仮面のように見えた。


なんだ、やはり演技じゃないか。

だから嫌いなんだ。

嘘吐きで裏切り者の、巫術廉。

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