第43話 体育祭開始

体育祭。

この日の為に生徒たちは日々授業に励んできた。

実力を示すべく。

そして、見世物となるべく。

この国は娯楽に飢えている。

生きるのに必要なすべてを国王が供給する。

だが、娯楽だけは不可能だ。

人々は未知を求める。

だから学生を使った。

日々強くなり続ける学生。

人の目に触れるからこそ、胸を張れる強さを求める。

才能だけが全てでは無いと、技術を磨き策を練る。

そこには未知が広がっている。

それこそがこの国の娯楽。

魔術によって死を克服した者達の、死せども蘇る故に悪意無き殺し合い。




「アーテル、準備は出来てるか?体育祭が始まるぞ。少し天気は悪いが、楽しんで来ると良い」


「……随分と、回復したようですね」


かけられた言葉に、淡々と答える。


「無論それは精神面の話だろうが、前よりも強くなれた。お前は俺よりも強い。魔術師としてなら俺の方がずっと強い。今だって、戦えば強いのは俺だ。けれど、もし、もしもだ……本当の戦場で、本当に命を懸けて殺し合った時、俺はお前に勝てないだろう」


それは優しさの奥に闘志を宿す眼。

勝てないと諦めていながら諦めきれない眼。


「俺は、俺達は知らない、命の重さを。だがお前は知っている。命の重さを。そして命を背負うということを。その精神性だけは、誰もお前に勝てやしない。だから、今日の戦い全部勝って、イフでも、トーカでもない……お前が、アーテルがいるって知らしめて来い」


精神性、それは既に捨てた。

命の重さは知っている。

命を背負うという意味も理解している。

だが、命を背負うはずの心を、俺は既に捨てている。

だから、今の俺は何者でもない。

自分さえも捨てた誰かだ。


「大丈夫。俺は負けないから」


弱さを捨て、勝利を手にする。

負けることを許されない体育祭。

そして、最悪の敵トーカとの戦いが始まる。




普段は使われない闘技場が解放され、中に多くの人が入っていく。

観客席はすぐに埋まっていき、人の流れはやがて止まった。

次に全校生徒六千人が教師に連れられ入場する。

生徒が動きを止めると闘技場内に文字があふれる。

文字は人々の頭に入り込んでいく。

そして頭の中に言葉が響いた。

それはおおよそ人の言葉では無く、それでいて無理やりにその意味を理解させる未知の言語であった。


豁エ蜿イ髣俶橿莨夐幕蛯歴史ある祭を此処に開催する


子どもの様にも老人の様にも聞こえる不思議な声が始まりを知らせる。

ほんの一瞬だけ奔った威圧感が場を張り詰めさせる。

宣誓も何もなく、生徒は強制的に転移によって並べ替えられる。

組分けが終わり一学年の競技が始まる。




「やぁアーテル、どんな調子だい?」


「……どうせ戦うことになるのだから会う必要は無いと言ったはずだが」


「同じ陣営な上に君と私は次の競技に共に出場するのだから顔を合わせることになるのはしょうがないだろう」


話しかけてきたのはイフ。

本来であれば共に研鑽し学園最強に勝利することを目指していたはずの二人。

だが、日常を求めるアーテルと勝利を求めるイフでは同じ道を往くことは出来なかった。

道を分かちそれでも友との勝利を求めアーテルを追い回すイフだったが、この体育祭で戦うことが出来るからと最近は追ってきていなかったが、陣営として二人で競技に出ることとなりアーテルにとって予想外の面倒な事態となっていた。


「出る競技は二人三脚。拘束したりしなければわりと何でもありだそうだ」


「中継地点に身体を引き寄せて高速移動。空間の把握は俺がする」


「……成程、転移に近い高速移動か。ではどうにか身体はもたせよう」


転移に近い?

転移は禁忌であり術式の研究すらできないはずだが……禁忌に触れず禁忌と似通った作用を引き起こす魔術。

昔俺がやったことをしようとしてるのか?

だとしたら疑似的な不死に辿り着いた可能性を視野に入れておくか。


後に控える学年順位上位者との戦いの為にアーテルはイフの脳内イメージを更新していく。

全てを読み切ることは不可能であり、アルバと違い戦いながら手の内を暴けるような力は無い。

だから、予測不可能を予測する。

何が出来るかはわからないが、何処まで出来るかは予測できる。

人は想像を超える。

だが、想像を超えるというのは天才であろうと簡単ではない。

天才の行いは他者の想像を超えども、天才自身の想像を超えることはできないから。

特に、イフのような冒険をせず、期限までに完成させる者には出来ない。


「おや、次のようだよ。そろそろ行くとしようか」


「あぁ」


アーテルとイフは入場門へと向かう。

列に並ぶと、渡された拘束具を足に付ける。


思ったよりもしっかりとしたものだな。

まぁ当然といえば当然か。

ただの紐やら布では、魔術を行使した拍子に切れるだろうからな。

娯楽である以上は、派手さを捨てるわけにはいかなかったか。


「さて入場だ、力を尽くして勝利しよう」


「そう熱くならずとも勝利出来る」


「……まぁ、それもそうだね。けれど、私は万が一負けるようなことがないように」


「勝てる」


「……わかった。それじゃあ君の言う通り、普段通りやるよ」


出場選手が入場していく。

八陣営から、十人五組ずつ。

第一走者はレーンに立ち、他は中央に並べられる。

教師の一人が手を上に向け炎を放つ。

放たれた炎が空で爆発し、皆が同時にスタートした。

様々な属性、多種多様な魔術を推進力に広い広い闘技場内を駆け抜ける。

肉体強化により、最初の一歩のみで二百メートル以上の距離を秒で駆け抜ける組。

障壁の後ろで爆発を起こし二人揃って吹き飛ぶ組。

地面を操作し波のようにしてサーフィンの如く進む組。

皆が個性あふれる走りを見せ、第四走者がスタートした。

アーテルとイフのいる陣営は最下位からのスタートだったが、第四走者は炎を操る双子だった。

後方に炎を噴射し推進力とする。

呼吸を合わせ完全に同等の力で、一分の無駄もなく高速で進んでいく。

曲がる際も、片方がほんの少し出力を落とすことで緩やかに丁寧に曲がっていく。

出力はそこそこな上技術自体もとてもすごいわけではないが、どの組よりも息が合っており、減速せずに最高速を保ち続け、八組中四番目で帰ってきた。

一位との差は半周程、アーテルとイフにとって、ハンデにすらならない。

ブレーキに失敗した双子をイフが止める。

双子とタッチをしてから五秒ほど、アーテルは眼を瞑り闘技場内の把握に努める。


「……完了」


アーテルの呟きと同時に闘技場内に轟音が響いた。

スタート地点に残された爆炎の中にアーテルとイフが立っている。

数瞬遅れて勝者のコールが為された。




「な……いったい今のは」


「面白いな。俺のような観測者がいなければ意味のない速度」


「国王陛下には見えていたのですか?」


「当然だ」


闘技場を見下ろせる位置に設けられた特別席。

幕により中が見えないようにされたその席で王と学園長が椅子に座り観戦していた。


「座標位置への疑似転移。疑似と付けたとおりただの高速移動だが、転移と付けられるほどに出鱈目に速い。単純な引き寄せる魔術だが、その速度は普通の魔術師の障壁程度砕く様な空気抵抗を生み出すほどだ」


「それはまた、イフは随分と凄い魔術を」


「凄いのはそっちじゃない」


「というと」


「そう、アーテルの方だ。異常なまでの空間把握能力と、持ち得る情報をイフに渡した何らかの方法。あいつの方が何倍も凄い」


王はアーテルを観察しながら笑みを浮かべた。


「まぁ、魔術師としての強さじゃないから順位は変動させる必要はないがな」


「トーカやブラッディ・メアリーと比べるとどうでしょうか」


「ノーコメント」


勝敗がどうなるかはわからない方が面白い。

だってこれは憎しみ合う戦いじゃない。

そういうくだらない戦争はもう終わったのだから。


ホント、アルバは強いなぁ。

けど、それじゃあ怒られちゃうんじゃないかな?


王は未来に起こるであろう事象を想像しいたずらに笑った。

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