第44話 体育祭
二人三脚が終わると、すぐに次の競技の出場者が入場して来る。
……どうやら次の競技にはトーナメント出場者はいないようだな。
どこかのタイミングで見れるといいのだが。
既に体育祭は後半へと差し掛かっている。
最期のトーナメントに影響が出ないようトーナメント出場者は出来る限り早い段階で競技に出場していることが多い。
この後の競技に出場するのはシード八人の内ディアナただ一人。
アーテルの求める情報は手に入らない。
ディアナの情報を手にしたところで、当たれるのは決勝で、向こう側にはトーカがいる。
ディアナでは決勝には上がれず、情報を手にしてもあまり意味はない。
それでも、
心を消せども、
ディアナが出場するのは市街での多人数戦闘。
闘技場内で行われるわけではない為、観客は映像へと目を向ける。
ディアナが出場することを確認したアーテルは席を離れ闘技場の壁の上に立つ。
「……ん、先客がいたか」
「やぁ。ようやく君もここに来たのか。君の目なら始めからここにいればなんだって見えたと思うが」
「……俺に二度も負けていながらよくへらへらと笑っていられるな」
「心は御するものだ。喜怒哀楽を自在に操ることは必要だよ。それに、今の状態が最も俺の素に近いのだから」
壁の上に座り足をぶらぶらとさせるトーカは穏やかに微笑んで見せた。
「なんだつまらないな」
変わらないアーテルの表情を見てトーカは呟いた。
「……それは、誰の顔だ?」
今まで頑なに隠していたトーカの顔があっさりと見えた時点でそれは幻覚、もしくはそれに準ずる何かであり、自身の本来の顔ではない。
「そうだなぁ……少し違うけれど恩師だろうか」
成程、師匠でなくとも師匠と呼んでも差し支えない相手。
ならばきっと、俺の師匠程でなくとも、ある種出鱈目なのだろう。
その感情に偽りがないのなら、この男でさえ、勝てないと思うほどの相手なのだから。
だが俺はその人を知らない。
俺が知りえる人物の中で、トーカの正体であると考えた者の中に、勝てないと思うほどの相手がいることは知っていたが、それは別の人物だ。
嘘かどうかを見分けることは俺には出来ないが、今のトーカの言葉だけは嘘であってほしくない。
その優しい声が、おそらくはもう亡くなっている師を悼むその表情が嘘であるなら、それは最早トーカ、そしてトーカの振りをしている誰かの生の全てが嘘になってしまう。
目を逸らしたアーテルに、確かな手応えを感じて、トーカは笑った。
「今はそんな話している時じゃないだろ。ほら、始まるぞ」
トーカが指をさす先、出場する学生たちが配置された位置から動き出した。
アーテルはトーカの隣に座り、眼の力を活用して街を透視し街で起こる全てを観戦する。
全てといっても、起きたのはただの蹂躙。
街の中央に鎮座したディアナを中心に、ディアナの行使した魔術により洗脳され、魔術を自身に放ち倒れていく。
対策は意味をなさないか。
「お前はこれにどう対処する」
トーカにちらりと視線を向ける。
「何、心配か?俺が負けるかもしれないと、そう思っているのか?」
「……思ってない」
始めから会話を楽しむ気もないアーテルは、さっさと会話を終わらせた。
「これは圧勝だね。もうこの後の競技にはトーナメント出場者はいないようだし、俺や君にとっては見る価値の無いものだ。そうは」
「思わない」
トーカの言葉を遮ったアーテルは冷めた目でトーカを見つめる。
「天才にとって凡人は取るに足らない存在かもしれない。けれど、天才はただ速いだけだ。凡人だって、時間を掛ければ天才が辿り着いたところへ至れる。いや、それどころじゃない。目指すべき誰かがいるから、越えるべき誰かがいるから、長い時をかけ天才を超える」
「いい考えだ。けれど忘れている……凡人は天才と同じ場所に至るのに数百年の時を要する。そして超えるとなると、千年の時を掛けるということを」
長すぎる。
流石に千年の年月は唯人には越えられない。
「そこは、次へと託せる種族であると納得してくれ」
だから彼らは託すのだ。
自分だけでは終わらない。
次に託す。
それでもダメならさらに次へ。
「次へ託す種族か…………お前は、次へ託せるか?」
「……無理だな。俺は次へ託すなんてできない。俺の問題を他者に背負わせるなんて無理だ」
「同感だな。一人でやろうとしてしまうのもまた、一人で何でも出来てしまう天才故のものなのかもしれないな」
二人が誰を想い、この会話をしているかはわからないが、千里眼を以てしてその様子を見ていたこの国の王は何かを理解した様子で、ため息を吐いた。
「まったく、これからトーナメントもあるというのに。先が思いやられるな」
「どこ行ってたんだ?もうトーナメントが始まるというのに見当たらなくて心配したぞ」
壁から降りたアーテルにイフが駆け寄ってきた。
「これから負けるというのに随分と余裕があるな」
「無論勝つ気でいるからね」
既に勝敗は決まっていると感情無く言うアーテルにイフは笑顔を向ける。
まるで噛み合わない光景を反対側の席から見ていたトーカが腹を抱えて笑い何処からか跳んできた石ころが頭に当たる。
「別に笑うくらいいいだろ」
そう言ってぼやくトーカもまたトーナメントの為観客席から降りていく。
闘技場の入り口に立たされる十六人の出場者たち。
遂に一学年最強の座を掛けた戦いが始まる。
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