第42話 幕間

「いい負けっぷりでしたわね」


「うるさい」


「熱が入ったようですけれど、何か腹を立てる様な事でもありまして?」


「……感情を、心を消すなんて馬鹿な真似をしていたから」


トーカの言葉にただ話を聞いているだけだった男が振り返った。


「その手段を取ったのか…………一応イリスの動向を調べておいてくれ」


「なっ、馬鹿を言うな。こちらが見つけるよりも前にイリスに見つかる」


無理難題だ。

ただ一人の魔法使いにして、最強の魔術師。

魔術一つで簡単に世界を滅ぼす出鱈目。

その魔力支配は欲しさえ覆う。

先に気付くことは出来ず、気付かれた時点で目論見はばれる。


「わかってる。だから言ってみただけだ」


「…………」


「無駄だ。俺の思考は読めない」


「知ってる」


「なら行っていいぞ」


「……何もしないのか?」


予想通りの動きだからと話に入ってこない男が、興味を以て輪に入ってきた。

持っていない情報、予想外の動き、ならばこちらも今までとは違うことをすると思ったのだが。


「……あぁ。勘違いさせたようだが、予想していたいくつかの中で最も腹の立つことをしたから反応しただけだ。心は、感情は不要。昔の俺はそうして失敗した。だからまぁ、ただの同族嫌悪で、昔の自分を見ているようで腹が立つだけだ」


それだけ?

本当に?

この男がただそれだけで話をした?

わからない。

無意味な行動はしない。

だが、今の意味は……イリス。

だがイリスの監視は不可能。

そんなことはわかっていたはず。

なら、俺達にイリスの存在を意識させるため?

警戒したところで意味はない。

だが、ただ意識するだけで考え方、そして行動までもが変わってくる、か。


「了解した。ではもう行く」


「おう、行ってこい」


トーカは思考を終えると学園へと戻って行く。


「……さてと、ここ数年はずっとつまらなかったから、俺の予想を超えてくれると嬉しいなぁ」


「予想を超えるだなんて、可能ですの?」


少女の問いに男は笑う。


「さてな。俺の予想を超えるんだから、俺がその手段を知ってるはずがない。だからこそ俺は俺を超えることはできないと思う」


「難しい話はよく解りませんわ」


「そんな難しいこと言ったか?」


「それはわたくしを貶していらっしゃるの?」


「まさか。お前を貶すはずがないだろう。というか、俺とお前はそういう関係じゃない」


……やっぱりよく解りませんわ。

けれど、まぁ良いでしょう。


「それではもう行きますわね」


「ん。じゃあな」


少女はお辞儀をすると学園へ戻って行った。


「はぁ。隠れられず、逃げられない俺は、ここから出られない。俺も俺の手で情報を集めたかったんだがなぁ」


ため息を吐くと男はベッドの上に倒れ込んだ。


「…………なんとなくってのは嫌いなんだが、見られている、か?」


視線を感じると寝転がったまま思考を巡らす。


少し面倒かもしれないな。


「どうしたんだはじめ。何か考え事か?」


部屋に入ってきたのは一人の好青年であった。


「……先に謝っておく。悪い。ただ、俺も一緒だから許してくれ」


男は唐突に謝罪をした。


「いや、意味が解らないんだが」


「気にする必要はない。むしろ気にした方が面倒だ。だけど気付いた以上は早めに謝っておこうと思っただけだ」


「よく解らないがとりあえず報告。学園の方は問題ない。無事に学年も上がれたし、いつでも動けるように準備は済ませてある。あの御仁も、たぶん大丈夫だ」


「たぶん?」


確実ではない状態では作戦は実行できない。

相手が天才である以上不安要素は潰しておかなければ。


「いやその……『心・技・体。全てを極めることで人の到達点、その先へと至る。今の儂は技と体を失っている』って言ってたから」


何だそんなことかとでも言う風に男は興味を失ったように説明する。


「あぁそれなら問題ない。体が変わり、前と勝手が違う。それで技と体を失ったと」


「それくらいはわかっている。俺が聞きたいのはそこじゃない」


「大丈夫だ。身体は若くなったことで極めてはいないが元からそれなりに高い。技術については子供の体故に間合いが短いってだけだ。確かに筋力とかも差があるがな」


「それはやはり問題なんじゃないか?」


「その言葉を聞いたのがいつの事かは知らないが、どうせ俺を心配させたくないとかでずっと報告せずにいたんだろう。安心しろ、あの人ならとっくに調整を終えてる」


男の言葉は的中していた。

それは一年以上前の言葉であり、自分の準備が完了して他の事に手が回せるようになって大丈夫と思っていたことが心配になってきたのだった。


「さすがに心配し過ぎだ。お前のじいさんに似ているからって、というかお前はじいさんらに対して過保護すぎる。身体に関しちゃお前が上を行くが、心・技共にお前よりも圧倒的だぞあの二人」


「……確かに、そうだな。少し傲慢過ぎたのかもしれないな。あぁ、最初から心配する必要は無かった。むしろ俺の方が心配されていたのかもしれないな」


心配事は解決し、無意識の内に張っていた気が抜けていく。


「確かにそれはあるなぁ。ま、あのじいさんの相手は子供にでも任せればいい。懐いているようだしな」


「あれは懐いているというか……まぁいいか。取り敢えずは有り難う。今日はゆっくり眠れそうだ。それじゃあまた」


「ん。じゃあな」


笑顔でお礼を言って部屋を出て行くのを見送ると、男はため息を吐いた。


「一応他に意識を逸らすよう努めたが、謝罪について触れられなくてよかったぁ」


男はそう言うと枕に顔をうずめた。


「やることもないし、今日はもう寝よ寝よ」


まるで電源を落とすように一瞬にして男は眠りについた。

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