第41話 変化

「アーテル、どうだっ……アーテル?」


第二修練場に返ってきたアーテルにアルトは声をかける。

だが、勝敗を問うつもりでいたアルトは、戦いへ行く前のアーテルと今のアーテルの雰囲気の差にそもアーテル自身の問題について問いかけた。


「あ、おじさんおかえり」


アストロがアーテルに抱き着いた。


「な、何故そうまで自然に接せられる。今のアーテルはまるで別人だ」


「別人?おじさんは何も変わってないよ。少し落とし物をしただけで、何も変わってない」


「ここまで差があれば何かがあったと思うのは当然のことだ。何故変わったのかきくのもまた当然だろう」


アルトはここ数日の付き合いでアーテルの事を友人の様に思っていた。

そして友人が突然別人の様になれば、制止を聞かず詰め寄るのも解る話ではあった。


「人はそう簡単に変わらない。もし変われるのならと願っても、本当に変われる者は一人だっていない。おじさんもそうだ。おじさんは何も変わってない。ただ、昔の様になっただけだ」


「アーテルの何を知ってそれだけの事が言える」


「僕とおじさんは似ているから。多分おじさんも世界の全てに興味が無かったんだろうなって思っただけだよ」


「……それは違う」


二人の問答にアーテルが口をはさんだ。


「俺はただ、信じられるものが何もなかっただけだ。誰一人と、何一つと、信じられるものがなかった。それがどうしようもなく怖くて、ただ何者でもない自分が何者かになれるよう強さを求め続けた」


だって一人だったから。

記憶もなく、何も無い。

だからただ、強くあろうとした。

何か一つでいい、自分を肯定できるものが欲しかった。


「そうして俺は強くなったが、今一度窮地に立たされている。勝てない相手が現れた。だから俺は、もう一度強くなる。またアルバと同じように」


「それじゃあおじさん。また、戦おう」


「あぁ、そうしよう。今の俺の戦い方に慣れる必要がある。やはり数をこなさなくては。修練とは繰り返しだ。今出来ることの練度を上げ、次へと繋ぐ。始めよう……修練を」


「待て、相手は俺がする」


「え?」


アルトの提案にアストロは間の抜けた声を出した。


「俺はまだ認めてない。だから強さを証明してみせろ」


「わかりました。先輩と先に戦います」


「……後で戦ってくれるならそれでいいよ」


アストロはそう言うと二人から離れて椅子に座った。

残された二人は、メイガスの合図とともに戦闘を開始した。


「……止まれ」


アルトが一言発する。


「……駄目か」


アルトは、魔力支配によって相手の動きを止めようとした。

だが、魔力支配においてアーテルの方が上である以上アーテルの動きは止められない。

魔力支配をどれだけものに出来ているかを試す目的もあったが、アーテルが相手では意味がなかった。


「では次だ」


アルトが両の指でパチンと音を鳴らすと、アーテルを氷漬けにし、その周りを炎が渦巻いた。

だが氷は一瞬にして魔力となり奪われる。

炎もまた、触れた瞬間にアーテルの魔力へと変わる。


炎が消えた先、アルトの服装が燕尾服へと変わっていた。

ハーフグローブの隙間に、刻印魔術がのぞく。

瞬間、アーテルの周囲に複数の陣が展開された。


「————此処に」


刻印。

陣。

詠唱。

三種の魔術による合わせ技……。


「————神眼・未来視」


成程。


アーテルはフードを被ると未来を視た。

陣から放たれる魔術。

それはアーテルを狙ったものである以上、凄まじい速度の魔術となるのは必然であった。

だからアーテルは、どの順番で、何処と何処が同時に着弾するのかを事前に視た。

そして的確に、最短で、最小限の動きで、魔術をいなした。

足で蹴り、手で跳ね除ける。

陣から放たれた魔術を、アーテルは捌き切って見せた。

だが最後の魔術。

アーテルはアルトに対して隙だらけの背中を向けることとなる。

そして当然、アルトの狙い澄ました一撃が飛んでくる。

威力は高く、速度は速い。

魔力への変換は間に合わない。

もうアーテルに防ぐ手立てはない。

だからアーテルは防がなかった。

今まで奪った魔力を、暴走させ、爆発させた。

その勢いを自身の背後へ向けて。

それは放たれた魔術を呑み込み、離れたアルトまでも射程に収めた攻撃。

咄嗟に壁を張りアーテルの攻撃を防いだアルトは、すぐさま次の行動へ移る。

魔力暴走による爆発。

それによって起きる煙で視界が悪くなる。

敵に近付くには絶好の機会。

アルトが行ったのは煙の中全域を対象とした電撃による一瞬の範囲攻撃。

だが、何かに当たった感覚がしなかった。

そして次に行ったのは煙の外からの杭の射出。

避けられる隙間は残さない。

電撃による加速によってアーテルは魔力返還が出来ず奪えない。

防ぐことも避けることもできない攻撃。

射出された杭は、煙の中で消えていく。

当たった感触はない。

アーテルに奪われたわけでもない。

まるで、霧散したようであった。


これでも駄目か。

では、最後の手段だ。


アルトは両手の人差し指に刻印された魔術を発動させようとした。

その時、肩を叩かれた。


「……止まれ」


それはアルトがしようとした、相手の魔力を支配し相手の動きを止めるというものであった。


「魔力支配とは精神の統一。魔力を理解し、統制し、支配する」


アーテルはアルトの隣で静かに言葉を紡ぐ。


「完全な支配とは、感情の、心の揺れすらない無である。それこそが、完全な魔力支配」


感情があれば、精神は乱れる。

心があるから、魔力は乱れる。

だから無くした。

強くなるため、昔の様に、感情を薄く、自我を無くす。


「完全な魔力支配は、相手の魔力さえも支配する。離れれば俺は支配できなくなるが、触れていれば、こうして人の魔力を暴走させることもできる」


アルトは動けない、動かない身体で、感じていた。

身体の内側が沸騰するような、内側から外側にかかる力。

自分の身体が自分の言うことを聞かず、他人に支配され暴走させられる。

暴走の果てを、何度も見てきた。

アーテルは、何度もしてきた。

魔力暴走による爆発。




意識が戻った時、目の前では自身が発動した魔術が崩れていく。


「これが終わりだ。これが結果だ」


アルトは膝をつき、アーテルの言葉が頭の中を響いていた。


「…………トーカは、俺よりも強いのか?」


茫然とするアルトのつぶやきに、アーテルは情無く答える。


「わからない。トーカは強い。けれど、先輩は学園最強の魔術師だから」


それは少なくとも、アーテルの中でどちらが上かは決められない程の実力だということ。

情がない、正直な感想。

だからこそその言葉には価値がある。

アルトの呼吸は落ち着きを取り戻し、立ち上がる。


「なら次は、確信をもって俺の方が強いと言わせる」


「そう……」


アーテルはこの時既に気付いていた。

トーカという人物は、そもそもの根底から違っていることに。

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