第27話 特別授業

恐る恐る扉を開くと、二人を持つ者達がいた。

昨日二人を呼びに来たアルト、そして、赤毛に白髪の混じった女教師だった。


「おかしいな。貴方は、この学園でかなり優秀な教師だと思っていたのですが」


「優秀かは私にはわからない。ただまぁ、長く教師をしているからな、少し他より立場が上というのはあるかもしれないな」


「貴方は優秀ですよ、まず間違いなく」


「恥ずかしげもなくよく言えるな」


「事実ですから」


言われている側が恥ずかしくなってくる。


「それで、何故そんな貴方が俺たち二人の為だけにここにいるんですか?」


そもそもがおかしいのだ、この学園の生徒総数は六千を越える。

そこに陣、刻印、詠唱といった様々な形と属性の魔術が存在する。

教えるからには一流でなくてはならなく、それこそ生徒会の面々に得意を延ばすように教えるとなど、それこそその分野に全てを注ぎ込んだといえるほどの特化した魔術師くらいにしかできない。

しかしこの人は、おそらく全ての属性、全ての系統で他者に教えられるほどの領域に達している。

この人の枠が空くのは学園側としては相当の痛手のはず。

にも拘らず授業をバックレた二人の為だけに使うなど意味が解らない。


「学園長が、私なら君達に対応できると思ったから、という理由では納得できないかな?」


大方アルバ関連か。


「……いえ、別に構いませんよ。そこに大きな意味は無いですから」


「そうか。では、改めて自己紹介をしようか。私はメイガス。受け持っているのは炎属性だが、一応全て教えられるつもりだ」


ほらやっぱり。


「俺はアルト。一応俺も師匠の真似して全て修めようとはしているが、これがなかなかに難しい」


「何を言うか。既にお前は私以上だろう」


「まだまだですよ。並行魔術は師匠ほどの速度で使えませんし、複合魔術に至っては出来ていないといっても過言ではない」


「それは嫌味か?」


並行魔術は先生に昔見せたことがあったと思うが、複合魔術は見せたことが……賢者アルバとしての記録か。

厄介なことをする王様だ。


「まさか。弟子は師匠を越えるもの、当たり前の事でしょう?」


「あぁ、その通りだな」


弟子が師匠を越える?

え……弟子、つまりは俺が、師匠のイリスを越えるのが当たり前?

…………無理だろ。

何重にも結界張らないと自分の攻撃で世界の方が壊れるとかいう出鱈目に勝つとか絶対無理だな。

意識が無い内に世界の方を壊せばもしかすると……無理か。

ずっと意識が無いままなら無の中を漂流させることくらいは出来るが、最初の意識が無い状態っていうのがまず無理な話だ。

もう冥界に落としての疑似的な死の付与で勝利するみたいな、ずると言っても過言ではないような方法しかないな。

まぁ、師匠を越えるというのは、互いを比べてみてというものだろう。

なら、俺は一生越えられないな。

数百億人を束にしても越えられない魔力量。

世界に気を使わなければならないほどの高威力の魔術。

肉体の強化なしでも物理の限界に達している身体能力。

超新星爆発どころの騒ぎではない世界崩壊にすら耐える肉体。

知識や知恵に至っては、数万年もの間いくつもの異世界を旅している師匠に勝てるはずがない。

張り合いがある師匠で少し羨ましいな。


《私は張り合いが無いと?》


―――――――な⁉


突然脳内に響く声に驚き、アーテルはむせた。


「アーテル、どうしたの?」


「あ、あぁ大丈夫だ、何でもない」


なんで急に俺に話しかけてきてるんだよ。


《先程くしゃみをしてね、誰か私の事を噂しているのかと思い思考を読んだところ、君が私の事を考えていた。そして何となく話しかけてみた訳だ》


サインなら四六時中師匠の事を考えていると思うが?


《一日中私の事を考えているからこそ、突然私がくしゃみをした時には真っ先に候補から除外されるんだ》


そう、ってそんなことはどうでもいい。

師匠達のなんとなくには裏がある、何を思って俺に話しかけてきた?


《君との師弟関係も百年ほどになる。だが、他の弟子達とは既に千年を越えている。これは決して埋まらない差だ。だからかな、私は君に甘くしてしまう。ということで、私は君にアドバイスをしに来た》


アドバイス?


《君に平穏な日常は向いていない、君では手に入れられない。それでも手に入れようとするのなら、人格を、心を変えるといい》


心を変える?


《そう、無情になりなさい。君も含め私たち皆が嫌うことではあるが、平穏な日常を手に入れるとなると、君の場合はこれくらいはしないとまったくもって手が届かないからね。まぁ、感情を消す、心を空っぽにすること自体は君は得意だから出来るかどうかは心配していない。ただ、壊れてしまうのではという心配がある》


大丈夫、最悪死ねば元通りだ。


《君、もしかして…………》


「アーテル?」


「なに?」


アストロの呼びかけに応じたアーテルの瞳に光は無かった。


「……俺はアーテル。出来損ないの魔術師」


アーテルを覗き込んでいたアストロだったが、アーテルの言葉で状況を思い出し慌てて自己紹介をする。


「ぼくはアストロ。宙の魔術師」


「宙?話では星の魔術師ときいていたが」


「勝手に勘違いしていただけ。僕は何も言ってない」


何も言っていないのも当然で、アストロはアーテルと出会うまでこの学園で一度も誰かと話したことが無かったのだから。


「まぁいい、ではこれから授業を始める訳だが」


「……闘技会に向けての実技ということでしょう?説明は必要ないので始めましょう」


アーテルの言葉は当たっていた。

今までのアーテルであれば考えることすらしなかったであろう。

今までのアーテルであれば当てることははできなかったであろう。

今までのアーテルであれば、答えに気付いても口に出すことをしなかったであろう。

何が変わったかに気付く者はいなかったが、何かが違うという違和感を覚えた。

アーテルは突然アストロに近付くと耳元で何かを囁いた。

驚きながらもアストロは魔術を行使する。


「待て、勝手に始めるな。ったく」


教師として生徒がなにをするのかを見る必要のあったメイガスは結界を形成していく。

それが何の意味もないとも知らずに。

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