第28話 邪魔者の排除

アストロが放った魔術はただ周りに衝撃を与える程度のものだった。

それはほとんど意味をなさない魔術。

たとえ正面から受けたとしても少し驚く程度のもの。

だが、この魔術をいかな魔術であるかを悟らせず、対策も何も必要なく、ただ無視する事さえ出来るような何てことない魔術を、無視させない為に、警戒しなければならないものだと認識させるために、さも大魔術の如き長く複雑な術式を使った。

そのうえ使われた術式を読み取ることも難しく、二流三流の魔術師では何も理解できない。

だが、そこにいた魔術師は、メイガスとアルトは一流であり、術式を読み取ることが出来ていた。

それでも全てでは無かったが、読み取れた術式を組み合わせると、炎、水、風、地の四属性の最高位魔術の術式となった。

だが、一流の魔術師でさえも読み取れなかった、理解できなかった術式の中には術式の破棄が組み込まれていた。

メイガスとアルトは術式を読み取ることが出来たのではなく、二人であれば読み取れる程度に隠された、読み取ってもらうための術式を読み取らされたに過ぎなかった。

全ては警戒させるため。

アストロであれば、それら四つの魔術を扱うこともできるだろうが、今回の狙いは二人を倒すことではない。

最高位魔術という警戒する要素と、児戯に等しい魔術という警戒できない要素の両立が必要であった。

そうでなければ捕えることは出来なかったから。


「なにを、した?」


抗えぬ力に膝をつきながらなんとか頭を上げながらアーテルたちに問う。

その時背後で何かが落ちる音がした。


「あぁ、警戒はしてたんだけどな。術式をすべて読んだからこそ油断する罠。してやられた」


天井から降ってきた男。

二人が膝をつく中平然と立つ男


「重力に圧し潰されるなんて初めてだ。存外動きづらいものだな」


メイガスとアルトの結界は完璧であった。

それでもアストロの攻撃の影響を受けた理由は、アストロの攻撃が魔術では無かったためだ。

それは本来この世界には存在しない異能の力。

神々は滅び、その身を人に近付ける。

神々の権能もまた異能の力に分類されるようになった。

だが、異能と権能は全くの別物で、権能は……遺伝する。

アストロの持つ力を警戒させないために、読み取れないような術式という高度な技術を使い、大して凄くもない魔術を使う。

それは実力を示しつつ遊んでいる、そのような動きだった。

だから油断した。

天井に立ち、眺めていた男は油断したのだ、それでも魔術だろうと異能だろうと対処できる故の油断ではあったのだが、上から、純粋に力負けした。

警戒していれば結果は変わったであろうが、それはアーテルの策が上手かった、それだけの事。

だが、アーテルが策を弄すること自体に違和感を覚える。


「なるほど空っぽだ。一応そうなった時のお前への対策はあるが……場所が場所だからな、おとなしく救援を待つとしようか」


動きづらいとのたまいながら平然としている男、その表情は面のせいで見えないがこちらを煽っている事だけは確かだった。


「…………」


「なんだ、顔を見せないのが不服か?」


「面なら剥ぐ。アストロ、身体強化と武器」


「ん、わかった」


「……おいおい、なんだその剣は。星の聖剣、いや魔剣か?」


なんにせよ出鱈目な破壊兵器であることに変わりはない。

しかし、あれと打ち合える武器なんか持ってたか?

待ってられるほど時間は無い。

…………嫌だぞ、異能は使いたくないぞ。

アーテルの眼があれば即バレる。

ましてや今の状態のアーテルならそれこそ正体にさえ辿り着きかねない。


「はぁ、仕方ない。とっておきだ」


トーカはポケットからカードを一枚取り出し壁に向かって投げた。

投げられたカードは大きく円を描く。

疑似的な日の光に目を細めると、修練場内を一周する間に徐々にカードが増えている

それと同時にカードが描く円も縮小していく。

トーカの上を通った時、突然カードはその勢いを止めて降ってきた。

数百、数千枚のカードがトーカに降り注ぐ。


「これが俺の……マジックだ」


アーテルは地を蹴り、手に握った剣でカードごとトーカを斬った。

だが、手ごたえが無かった。

違和感に振り替えると、既にトーカはそこにはいなかった。


「……アストロ」


アーテルの呼びかけに頷き異能を解除する。

脱力する二人だが、すぐに顔を上げた。


「師匠、転移は、転移の魔術は、禁忌のはずでは……」


「あぁ、転移魔術は禁忌にあたる。使うことどころか、調べることすら許されてはいない」


禁忌魔術の条件は、時間の支配、空間の支配、命の支配に関わる魔術であること。

そしてそれらについて調べる、研究し魔術を開発することが許されているのは、第一学園の学園長と第二学園の学園長。

この国ただ二人の正規兵であるじいさん達二人だけ。

第一学園の学園長は、時間の支配、不老の魔術を扱える。

第二学園の学園長は、命の支配、死者蘇生の魔術を扱える。

王様が一応空間支配の異能力者だが、そもそも魔術ではない。

トーカが先程見せたのがもし転移の魔術であったのなら、それは空間を支配する禁忌魔術となる。

まぁ空間を支配しない転移の方法も存在するから一概に禁忌魔術だとは言えないが、それをするには世界の情報子を全て読み解くだけの脳が必要になるので現実的ではない。

知り合いに出来そうなのが大勢いるせいでそれが難しい事であることを忘れそうになる。

まぁそう言った面倒な考えは後にまわして、今は奴を斬るとしよう。


アーテルは剣を構える。

それは抜刀の構え。

ロングソードでは本来するはずの無い構えではあったが、基本権を握らないアーテルにとって構えはさほど重要では無かった。

重要なのは見つけ出すこと。

先程消えた面で顔を隠したトーカという男を。

アーテルは眼を見開き虚空を見つめる。


「…………いた」


アーテルは刀身の輝く剣を勢い良く振り抜いた。

剣は綺麗な軌跡を描く、地面に対して平行な軌跡を。

そして目を見開いたまま二撃目を放つ。

今度は縦に、流れるように斬り上げた。

三撃目を放とうとした時だった、アーテルは弾かれた。


仕留めそこなった。


「アーテル、どうなったの?」


地面に雫が落ちる。


「斬っただけだ。殺すには至らなかった。もう、全て解除して構わない」


突然血を滴らせ始めた剣を消し、アーテルの肉体強化も解除した。


「さて、授業の方を再開してもらっても構わない」


「な、この状況で授業を再開するだと?」


「授業を中断した理由は排除した。ならば授業を再開するのは普通の事だ」


「相手は禁忌魔術を使った可能性がある。それを理解しているのか?」


詰め寄られながらも、アーテルは一切表情を崩さない。


「理解はしている。だが、気にする必要はない」


「何を根拠に」


「気にするだけ無駄。王様か学園長は動に決まっている。もし動かないのなら、彼に問題が無かったからだろう。それとも、信じれないのか?この国の頂点を」




街の外れ、暗がりの中に男は突然現れた。


「まったく、恐ろしいな」


しかし今回は少しわかりやすくし過ぎたな。

あれではマジックのトリックよりも転移魔術の方を先に疑われてしまう。

まぁ咄嗟だったのだから仕方ない。

この後怒られる可能性があるのは嫌だが、俺の失敗だからな。


暗がりの中を男は一人歩いていく。


今のアーテルはとても強い。

今までほど余裕ではいられないな。

まぁこちらは優秀さでも人数でも勝っている。

負ける道理が……。


「見て、いるのか?」


――――――⁉


突如男の腹が切り裂かれた。

辺りに血と内臓を溢し膝をつく。


次元を超えた斬撃って、それこそ空間の支配だろ。

てか、やはりあれは神造兵器じゃないか。


「——————ッ⁉」


次は左腕が斬り落とされた。

流れる血を眺め男は苦笑する。


使いたくはない。

使いたくはないのだが、この状況、死なないためには使わなければならない。


呼吸を整える。

眼を見開き、誰かと目が合った。


「月読」


遠くから、遮蔽を無視してこちらを見る視線を弾いた。


これで諦めてくれるといいんだけど。

あぁ、まずいな。


男は意識がハッキリしないまま、臓器を身体に無理やり詰め込み、斬り落とされた腕を持ち森の中へと消えて行った。

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