第23話 アーテル
「さて、帰るか」
「アーテル?」
イージスとの戦闘が終わると、アーテルは扉に向かって歩き始めた。
他の者がついて来るかはどうでも良く、この場からいち早く離れたかった。
「待ってよ、まだ私と戦ってない」
「俺はあなたと戦いたくない」
「私は君と戦いたい」
振り返ったアーテルに睨まれると、リンは笑った。
「それじゃあ戦おうか」
「お断りします」
リンの眼を見てハッキリと断ると、そのまま歩き始めた。
「……君達、ギフトに勝とうとしてるんだよね」
その言葉ではアーテルは止まらない。
だが、続く言葉にアーテルは耳を疑った。
「私と戦ってくれるなら、今後の学園生活、私は君達の駒となろう」
「それが何を意味するか、わかっているのか?」
アーテルは足を止める。
「俺はただ、その勝負に乗るだけでいい。俺が勝つ必要はない。その勝負に乗るだけで、あなたは今後の学園生活を棒に振るう。それを理解しているんですか?」
「あぁ、理解しているとも。それだけの価値が君にあるかもと思っている」
「なぜそこまで俺に固執する」
「……とある噂を耳にした。アーテルという男は、実力を隠しているというものだ」
誰かが俺の正体に気付いた?
いや、それよりはまだ、他の可能性の方が高いか。
「噂は噂ですよ。大方最下位の俺が学年上位のイフ達とつるんでいたり、油断していたとはいえルクス先輩に勝利しているのが、実力を隠していたように見えたんでしょう。今以上のものを隠しているという考えも別に不思議ではありません。けど、噂は噂です」
「私も、ただの噂だと思っていた。けれど、決定的なものがある」
あるはずない。
「その眼だ。君の眼は変わった。アストロと同一の魔眼に」
「それが?」
「魔眼は天に選ばれた者に与えられる。それは、ギフト君の持つグリモワール以上の希少性だ」
魔眼が天に選ばれた者に与えられる、か。
確かに、俺はウラノスの孫。
そしてアストロはゼウスの息子。
巫きくのと
イザヤは天使、天の使い。
その例えは的を射ているな。
まぁ、正直に言う気なんかさらさらないが。
「珍しいだけですよ」
「そうじゃなくて、魔眼を持っている、天に選ばれた君が、その程度なはずない」
そりゃそうだ、この程度なはずない。
生まれながらの最強それが俺達現人神だ。
しかしまぁ、魔眼についてもっと調べておけばよかった。
俺が魔眼を持っている、ただそれだけで王様は俺の正体に辿り着けるわけなんだから。
「問答の方が面倒そうだ」
「それはつまり」
「戦おうか」
アーテルの返事に、リンは姿勢を低くし構えをとる。
ここまで露骨に殺気を飛ばしてくるやつこの学園で初めて会った。
まぁ、関係ないが。
アーテルは両手を上げ目を瞑り、リンが地面を蹴った音が聞こえたと同時。
「こう、んぐっ」
降参、そう言うつもりだった。
だが、リンに口を押さえられ言葉が途切れる。
「勝利条件は相手の死のみだ」
耳元で囁かれた言葉、急激に脳が冷えていく。
完全に無防備な状態から吹き飛ばされるも見事に着地してみせる。
やられた。
戦闘開始の合図がない以上、相手の動き出しに合わせるつもりだった。
だから、地面を蹴る音を頼りにして聞こえたと同時に降参する。
だが速過ぎた、俺が言い終える前にその手を届かせて見せた。
想像以上だ。
より一層戦いたくなくなった。
アーテルは一定の距離を保ちながら移動する。
だがそれもリンの速度の前に意味をなさない。
一瞬で距離を詰めアーテルへ連撃を叩きこむ。
弾く、無理。
いなす、無理。
防ぐ、無理。
全て避けきれ。
ここじゃない、これじゃない、これでもない。
アーテルは、その眼を以てリンの連撃を紙一重で避けていた。
まだ足りない、もっと、あと少し……ここだ。
待ち望んだ攻撃を、正面から防ぐ。
吹き飛ばされる身体。
アーテルは叫んだ。
「ナル、魔力をもらう」
完璧だった。
吹き飛ぶアーテルは、言葉通りナルに向かっていた。
ナルの肩を掴み、魔力を奪い取る。
地面に手を付け減速させ、無傷で着地した。
魔力の補充完了、俺の力かは怪しいが、まぁいいだろう。
アーテルは魔力を纏い、リンを相手に激しい近接戦を始めた。
弾き、いなし、正面から受け止めることなど許されない攻撃を、その全てを捌き切っていた。
これが強化なしの単純な武術ね。
天才と呼ぶべきなのだろうか。
俺は今こうして、普通を目指して落ちこぼれとして、落ちこぼれなりに足掻いた者としてここにいる。
だから彼女たちを天才だと思う。
だが、
イリスやシナーの規格外な戦闘能力。
アインスやホームズの出鱈目な頭脳。
巫やレオ、トキといった現人神。
イアソンやロウレイは英雄だった。
皆周りから天才と呼ばれた者だった、俺もその中にいた。
だからこそ、目の前の少女を天才と呼ぶべきかがわからない。
だが、
この子達は、人より少し出来るだけだ。
同じ人として見てもらえなかった。
人より少し出来るどころではなく、出来過ぎてしまう。
誰もできないようなことを当然のように出来てしまった。
向けられるのは嫉妬の視線。
嫌がらせ程度意に介さない、全てが手の平の上だった。
たとえ予想外の出来事が起きても、対処出来る。
仕舞いには、殺そうとする者も出てきた。
けれどそれもその程度としか思えなかった。
こういう人もいるのか、興味はそこで終わった。
たとえ何百人、何千人、何万人と集めても、一蹴することが出来た。
戦いは質より数だ。
だが、
だからつまらなかった、自分と同じ天才と出会うまで。
その点
子供の時から背を追ってくるリブがいて、ライバルとも呼べる
…………どうしてだろう。
どうして俺は、こんなことを考えているんだろう。
あれ、俺何してたっけ?
深い深い思考に潜れるほどに、アーテルはリンの事を意識していなかった、意識できていなかった。
無意識に、本能のままに戦う。
それはまるで、幼き日のアルバのようだった。
暴走するような無茶苦茶な戦い方。
だがそれで戦闘を成り立たせる。
それは学園長室から見ていた学園長にとって、懐かしい記憶であり、それと同時に、悲しい記憶でもあった。
アルバが辿った道、辿り着いた魔王という終着点。
アルバにはハンスがいた。
だがアーテルには、光となるような、救世主となりうる存在はいない。
アーテルと似た者、共に歩けるような者。
アーテルの傍にそのような者は存在しない。
そう思った時、ふと脳裏をよぎった。
それは考えたくもない者、アーテルとは似ても似つかないもの、だがそれでいて、ふと思いついてしまう、無意識的に似ているのではと思ってしまう相手。
「トーカ、か」
「何の用だい?」
突然トーカが現れた。
学園長室に、当然のように入って見せた。
「はぁ。何でもないさ。聞いたところで意味は無い。そもそも話す気など最初からない。それに、どう足掻こうとも巻き込まれていくものだ」
学園長はトーカの行動を諦めていた。
「うーん……あぁ、そういうこと。なら大丈夫、巻き込むのは俺達だから」
「何?」
振り返ると、そこにもうトーカはいなかった。
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