第24話 隠し事

「先輩方、さっき振りです」


その声は突然聞こえた。

それはいるはずのない者、先程までいなかったはずの者。


「ガイスト、何故ここにいる⁉」


「何故って、ギフトがやれと言ったんだ。だからここに来た、そしてすでに終わっている。ディアナ、今回は僕の勝ちだ」


ディアナはそこでようやく気付いた、同系統の魔術師に初めて敗北したと。

ガイストはここにいる全員に自信を知覚できないと言う魔術をかけていた、故に誰も、一緒に入ってきたガイストに気付けなかった。


「僕は、彼にどうしてそこまで注目するのかがわからなかった。けれど、彼の記憶を見て理解した。彼は……」


そこまで言って言葉を止めた。

突然異常なほどの気配を放つ存在が現れたから。


「ガイスト、だっけ?それはおじさんの記憶だから、返してもらうね」


アストロが空中にふわふわと浮きながら、ガイストを見下ろしていた。


「止まって」


行動を起こそうとしたガイストを、たった一言で完封した。

止まったガイストに近付くと、頭に触れる。


「どうやったら記憶ってとれるんだろう?」


「簡単だ」


突然腕を掴まれた。

聞きなれた声、だが、普段とは違って優しさは感じなかった。


「おじ、さん?」


「おじさんって……あぁそういうこと。まぁいいが、お前に悪意が無いから手を貸すんだ、本来なら、記憶を奪うような輩は問答無用で殺すところだ。そんなことはどうでもいいか」


アストロの肩に手をまわし、頭に触れている手に自分の手を重ねた。


「魔力はお前のものを使う。君は俺を意識し、信じ、全てを託せばいい。そして学べ、これが精神系魔術、その完全なる形だ」


アストロの眼には見えていた、恐ろしいほどに洗練された、綺麗な魔力の流れが。

そして、肌で感じていた、いかな魔術師も辿り着けなかった神秘を。

それはただの魔術ではない、誰も知らない魔術。

精神系魔術師の家系である月の一族さえも、国一の魔術師と謳われるこの学園の学園長さえも、辿り着けなかった魔術の最奥。

それはその系統の魔術の基本にして進化の過程で失われた原初の魔術。

今残る同系統の魔術に可能な事は全てこのたった一つの魔術さえ使えれば再現が出来る万能の魔術。


あぁ、これが賢者アルバの魔術か。


触れて初めて理解できる、自身には到底理解できないことを。


「好きな記憶を奪うといい」


うっとりと眺めていたが、その言葉に現実へ引き戻された。

すぐさま目当ての記憶を引き抜き、譲渡した。

その瞬間、アーテルは手を放し距離を取った。


「俺は、何をしていた?」


「覚えて、無いの?」


「覚えているから焦ってるんだ」


もはや笑うしかなかった。

ガイストが奪ったのは肉体に宿る記憶、つまりはアーテルの記憶だった。

アーテルとしての記憶が無くなり、その間アルバとして行動していた。

精神年齢はとうに五十を越えていた、だからつい、アストロに親戚の子供に優しくするくらいの気持ちで、原初の魔術を見せてしまった。


「今のが、君の隠していた力か」


「……リン先輩、グルだったんですね」


「人聞きが悪いな。この先の学園生活を賭けたんだ、これくらいしないと割に合わない」


「そんなことされたらこっちが割に合わないんだよ」


全員の記憶を消すか?

ナルの魔力があれば全員にさっきの魔術をかけられる。

って馬鹿か、記憶を消すのは俺が一番嫌いなことだ。

さっきのはまだ記憶を取り返すだけだった。

だが、これからしようとしているのは記憶を奪う、消すということ。

それだけは駄目だ、それは、あの悪魔がしたことと同じだ。

なら……。


「こういうのは、どうですかね」


アーテルは止まったままのガイストの身体に触れる。

そしてそのまま間髪入れずに先程の魔術を使った。

全員が一瞬にして気絶する。

立っているのはアストロとアーテルだけだった。


「なにをしたの?」


「記憶を封じた。俺が死ねば死んだだけ記憶が戻るようにしてある」


これで、俺の正体に気付きかねない情報は俺の正体がバレるまで思い出せなく出来た。


「さてアストロ、もう自由にしてやれ」


「あぁ、そうだね……動き出せ」


止まっていたガイストは、アストロの声とともに地面に倒れた。



「良かったの?」


「良くない。ここにいる者達の方は問題ない、いや問題はあるがそれは心情的な問題だ。だが一番まずいのは、学園長に見られたことだ」


ここは修練場、学園長の目が最も厳しい場所。

先程の魔術つの数々を見られたとなれば、辿り着く答えは決まっている。

アルバ以来の天才か、失踪中のアルバ本人かだ。

そして、そんなものが現れた時真っ先に疑われるのはアルバ本人である可能性だ。

アルバ程の天才など現れるはずがない、まずその血筋からして異常なのだ。

神殺しという人の身に余る力を持つ父親と、勇者というただ一人で宿命を背負った母親の間に生まれた。

それほどの血筋に、アルバ自身の才能。

肉体に恵まれていた、才能に恵まれていた、環境に恵まれていた。

それでようやく魔法という領域に辿り着けた。

そんなアルバと同等の天才など現れるはずが無かった。

だから、アーテルの行使した魔術を見れば、アルバをよく知る人物であればアルバであると確信を持ってしまう。

それを理解していたからこそアーテルは今の行動を後悔していた。

他に出来ることなどなかったが。

そんな時だった、背後からのんきな声が聞こえてきた。


「そう深刻そうな顔をする必要ない。学園長はお前を見ていなかったのだから」


振り返ろうとすると背中を押される。

そして顔に布を巻かれると、首に刃物が触れる。


「俺を見たら殺す。本来なら意味の無い脅しだが、お前はどうやら死にたくないようなのでな」


意識を集中しろ、奴は魔術を使用していない、な、ら……。


「なんだ、この布は」


魔力なら、壁さえも貫通して視認することが出来るはずのアーテルの眼が、何も映さなかった。


「いいだろ、お前対策だ。アストロはお前ほどその眼を使いこなせてないから普通のだけどな。天に選ばれた者が相手なら、その天をメタればいい」


あぁ、ようやくまともに会話が出来た。

そして、まともに会話をして理解した。

俺の本能にも近い感性が言う、この男は対等であると、他の何を捨ておいてもこの男だけは警戒しなければならないと。

天を、神を相手に有利に立ち回るすべを持つ者、最悪の相手だな。


「それで、何故学園長が俺を見ていなかったと断言できる?」


「決まってる。お前が魔術を使っている間俺が学園長の部屋に侵入して学園長は俺と話をしていたせいで監視できていなかったからだ」


それが本当なら確かに学園長は俺の力を知らないままとなる。


「だが、それはまるで俺の力を知っているような言い方だな」


「あぁ、もちろん知っている」


そうだ、その言葉が聞きたかった。

その答えで、俺はようやく戦える。


「お前は裏切り者だ。それ故に、お前は俺を殺せない」


アーテルは何も見えない状態でトーカを相手に戦闘を開始した

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