第21話 トーカ

部室内は、霧と魔力で満ちていた。

それは突然の事だった、机の上に何者かが現れた。

そして、アーテルが振り向くよりも早く、部室内を霧と魔力で満たした。

イフは何よりも先に窓に向けて魔術を放つ。

霧を外へと出すために。

だがそれは失敗に終わる、それどころか。


「俺たちの邪魔をしないでくれ」


聞き覚えのある声と同時に、部室内に打撃音が響いた。


「へぇ、レージはイフの事がとても大事なようだね。けど、それじゃ俺には届かない。たとえ天才であったとしても、俺たちの策略は覆せない」


広いとは言えない部室で、男はイフとレージをのす。


「みえ……ない」


アーテルの隣ではアストロが目を押さえ呻き声をあげる。


魔力の濃度が濃い。

魔力を目で見ることが出来る俺とアストロには、何も見ることが出来ず、それどころか、眼が痛いくらいだ。

しかもこの霧、魔術によるもので気配を隠す代物。

周りの状況がわからない。


「さて、ディアナは……じっとしているね、いい子だ。ナルは……うん、勝てない相手には従順であれ。よくわかっているじゃないか。アーテルとアストロの二人は視覚の問題で動けない」


やっぱりわかってやってやがる。


「さて、それじゃあ本題に入ろう」


男はそう言って手を叩くと話し始める。


「俺がここに来たのはただ一つ、君達に来年の学園順位が決まったから伝えに来た」


まだ六月、決まるのが早すぎるだろ。


「まず、五学年だった学園六位のルクス、学園五位のイージス、学園三位のリンが抜ける。そして、元々八位以内にいた者はその分上がる」


学園一位、ギフト

学園二位、アルト

学園三位、ブラッディ・メアリー

学園四位、ガイスト

学園五位、アストロ


「さてここからなんだが、イフ、アーテル、お前達がこの順位に加わる事となった」


……最悪だ。

また一歩普通から遠ざかった。


「学園八位アーテル。学園七位イフ。そして学園六位トーカ、俺だ」


「自慢でもしに来たのか?」


「まさか。アーテル、君に夏の闘技会に出場してもらいたい。あ~違うな。君は夏の闘技会に出場しろ。逃げるな、わかったね。あとは……うん、来年からは同じ生徒会員だ、よろしく」


「な、どういう」


男は霧と共に消えて行った。




「よぉ、邪魔するぞ。って、何だこのどんよりとした空気は」


扉を開けてルクスが入ってきた。


「折角いい情報持って来たってのに」


「俺とイフが来年の生徒会に入るという事なら既に聞いた」


「……え?」


その瞬間にルクスの雰囲気が変わった。


「誰だ?その情報はまだ教師と生徒会しか知らないはず。そして、教師がその情報を伝えるのは年度の終わりだ。そして生徒会役員の中にお前達へこの情報を伝えに来るようなのは、俺だけだ」


アストロをちらりと見る。


「アストロとどうやって仲良くなったかはまた今度聴くとして、アストロは会議に参加していないから知らないはずだ」


アストロはこくこくと頷く。


「そして会議に参加していた生徒会役員は全員学園長にトーカという人物について話を聴きに行っていた。ま、聞いたこともない奴だったからな」


「それでそいつは、トーカはどんな奴だと言っていたんだ?」


「…………その反応は、トーカがという人物がお前達に情報を伝えたということで間違いないな?」


まぁ、わかるよな。


「えぇ、彼にしてやられました。今は少しでも情報が欲しい」


「情報か。学園長は彼の事を暗殺者のようだと言っていた。勇者は彼を嘘吐きだと、彼自身は裏切り者だと言っていたそうだ。そして彼は勇者に引き分けたそうだ。勇者が持っていた剣を奪い、近距離戦を行って」


「しかしそれは、アーテルもしたこと」


「違う。俺は強引に隙を作って奪っただけだ。だが奴は、自分に気付かせないままに剣を奪って見せたんだろう」


「そう言い切る根拠は?」


「だってそいつは、暗殺者のようだったんだろ?」


「暗殺者とはなんだ?」


そりゃそうか。

この国では、三千年近く大きな犯罪が起こっていない。

俺が森で暴れたのも結局隠されてるみたいだし。

ただ確実に言えるのは、死者が出るような事件は起こっていないということだ。

つまりこの国には、暗殺者や殺し屋みたいな文化は存在しない。

それでもじいさんがそう例えたのなら、探せばこの国にもあるんだろう、暗殺が登場する物語が。


「本来の意味は、重要な人物を殺す者だ。ただ、この場合の暗殺者は……」


アーテルはイフの前に立つと、首に手を延ばす。

イフは触れられると同時に、眼を見開き身体を硬直させた。

アーテルが手を放して周りのものはようやく理解した。

手に握られたナイフを見て、驚愕した。


「こういうことだ。誰にも気付かれる事無く、人を殺す者。まぁ、学園長はたぶん誰にも気付かれないという意味で言ったんだろうけどな」


「お前、こんなことも出来るんだな」


イフとルクスはアーテルの技術を戦いに組み込めないかと思考する。

だが、その思考をアーテルの言葉が遮った。


「あぁ。けど、俺はトーカに勝てない」


「……諦めるのか?」


「諦めてない。事実を受け止めてるだけだ」


魔術で勝てない。

体術で勝てない。

戦術で勝てない。

だけど……。


「俺は勝てないけど……お前達となら勝てるかもな」


ルクスは満足そうに笑うとアーテルの頭をわしゃわしゃ撫でた。


「そうだ、それでいい。んじゃ今日も、修練場行くか」


「な、仕事はどうした」


「もう終わってる。あ、アストロの分はギフトがしてるから礼を言っておけよ」


ルクスと目が合うやいなや、アストロはそっぽを向いた。


「まぁ、いいや。それじゃお前ら行くぞ」


「なぁ、離してくれ」


アーテルの言葉を無視して、アーテルを掴んだまま廊下を歩いて行った。


「それじゃあ、私たちも行こうか。アストロ先輩、貴方も来ていいんです。アーテルもいますよ」


イフの言葉にアストロは頷きアーテルたちの後を追う。

続くように他の者達も部屋を出て、修練場へ向かった。

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