第20話 幕間

そこは何もない世界。

ただ二人だけが存在する世界。

二人は向かい合う、相手の領域にだけは入らないようにしながら。


「ねぇ、なんで僕の邪魔するの?」


少年は目の笑っていない笑みを浮かべて問う。


「まだ、お前をあの子と合わせる訳には行かぬ」


老人は少年を睨み答えた。


「ひどいなぁ。ただ父子おやこで楽しく遊ぼうとしただけなのに」


「楽しく遊ぶだと?あの子を殺そうとしておいて、よく言えたものだ」


「殺すつもりなんか無い。あの子なら大丈夫だ、何てったって僕の子だ。それに、あそこにはアルバも居たし、二人がかりなら、僕と遊べるでしょ?」


笑って言う少年の言葉に、嘘は無かった。


「馬鹿を言うな‼あそこにいたのはアルバではない。神を殺す力を失った、ただの魔術師だ。そして、お前の子はまだ幼く、お前の相手が出来るほど強くは無い」


老人の言葉には怒りが込められていた。


「……………………」


少年は何もない空を見つめる。


「……あぁ、ごめん、許して」


何かに気付いたのか、少年は突然笑って謝罪した。


「僕の可愛い可愛い子供がさ、僕に相手してほしいって、遊んで欲しいって言ったんだ。こんな事初めてで、嬉しくなって……つい力加減間違えちゃった」


申し訳ないなどと思っているようには見えない。

少年の表情は何処までも楽しそうであった。


「間違えたで済む話ではないぞ‼人の身になっても未だその傲慢は治らぬか。お前はもう、全知全能たる最高神ゼウスでないのだぞ」


ゼウスの言葉が、表情が、態度が、老人の神経を逆撫でする。

だが、ゼウスは老人の言葉に不敵な笑みを浮かべた。


「知ってるよ。もう僕は全知でも全能でもない。それに僕は、傲慢じゃないからここにいる」


ここに、何もない空間に。


「ここ数千年、僕は人を口説く事しかしてこなかった。もう僕は神じゃない。だから身体が鈍ってしまってね。またあの概念だとかみたいのと戦うようなことになったら、今の僕だと、アマデウスと闇の足手まといになっちゃう」


少し悔しそうにゼウスは話す。


「だからさ、ここでお前を相手にリハビリをしようと思ったんだ。どうせ、乃神と戦ってるんだろ?」


老人を指差し、ゼウスは笑った。


「最初から、これが、この状況が狙いか」


捕まえたのではなく、捕まえられた。


「うん、そうだとも。けど、アストロが僕と遊びたいって言ってくれたのがうれしいのは本当のことだし、力加減を間違えたのも事実だ。アルバの気配がしたから、手加減しなくてもいいと思ったんだよ。それについては悪かったと思ってる」


今までの全てが、老人をこの空間に留まらせるための挑発でしかなかった。

ただの、時間稼ぎであった。


「僕の力は君より上だ。この空間の掌握くらい簡単にできる」


ゼウスの許可なく外へ出ることはできなくなった。


「時間は気にしないで大丈夫。僕は全能では無くとも万能ではある。時間くらい好きにいじれるから」


逃げ道は閉ざされ、言い訳もできなくなった。


「戦う理由は?」


「身体が鈍ってるからな。俺は父親だ、子供に格好良い所見せたいんだよ」


それは大層な理由では無かった。

だが、戦っても構わないと思えるだけの理由ではあった。

老人は拳を構え、ゼウスを睨む。


「それで、いつまで戦うつもりだ?」


「無論……僕が勝つまでだ」


次元の狭間、隔離された世界で、元最高神の激しい戦いが幕を開けた。

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