第14話 戦闘訓練

学園に着くと、校門で人だかりができていた。


ん?あれは……じいさんか。

学園長であるじいさんが…………おいおい、何の冗談だ?

なんで兄さんがここにいる。

いつの間にこの世界にかえってきてたんだよ。

問い詰め、られないな。

今の俺はアーテルであって、アルバじゃない。

無視だな。

普通にしていれば、勇者と関わる事なんてないだろうし。




……そう、思ってたんだがなぁ。


授業中に呼び出され、アーテルは修練場へ来ていた。


「あの、なんで俺ここにいるんです?」


前に立つ学園長に、状況がつかめず問いかける。


「今回のこれは、将来有望な一学年の上位八人への勇者による戦闘訓練のはず。俺が呼ばれる理由がわかりません」


「イフ君から申し出があってね。君、アーテル君達との連携がしたいとな」


イフを見ると、悪戯に微笑んでいた。


「悪いとは思っている。けれど、実戦形式で連携の訓練が出来るのはそう多くないだろうからね、この機会を逃す手は無いと思ったんだ。それに君も、準備は念入りに行いたいだろう?」


それはそうだが……。


「はぁ。それで、ルールや順番はどうするんだ?」


「そんなの決まってる。ルール無用、全員で掛かってきてくれて構わないよ」


「ッ……」


危ない、叫ぶところだった。

馬鹿らしい。

だが、試すならこうするのが一番手っ取り早い、か。


「では一つお聞きしますが、貴方は私たち学生にどれくらいの時間を割けますか?」


「いつまでこうしていられるかという話なら、今日だけだ。明日は別でやることがあるからね。けど時間なら何時間もある、充分でしょ?」


「……そうですね。それだけ時間があるのなら、人数、メンバーを変えたりもできそうです。ではまずは……」


「一対一は最後にしてほしい」


「おっと、珍しいね。わかった、アーテルの提案通り一対一は最後にしよう」


提案が通ったのを確認すると、アーテルは会話から外れた。


「それでは最初は、私、レージ、ディアナ、ナル、そしてアーテルの五人でいいですか?」


「あぁ構わないよ。それじゃあ、勇者である俺が剣を使うのは卑怯だね」


そう言ってハンスは剣を壁際へ放り投げる。

剣は不自然に止まり、ゆっくりと壁に立てかけられた。


「さぁ、どこからでもかかっておいで」


「ディアナ」


「わかってる」


命令するなとでも言うように、ディアナは魔術を発動した。


ん?いや待て、この魔術まさかとは思うが……。


「残念。俺の思考は読めないよ……ってあれ?」


「アーテル、読みづらい」


「俺じゃないのかよ」


やっぱりか、危ないところだった。

兄さんやじいさんについての俺の思考が漏れるのはまずい。

俺が何者であるかがバレてしまう。

バレないために……情報を除外しよう。


「悪かった。思考をそろえるよ」


「……うん、読みやすくなった」


「了解。それでは、戦闘開始だ」


イフの掛け声で、アーテルは地を蹴り格闘戦を始めた。


《実力を量られてる。今の内に攻めた方がいい。一度距離を取るから、その先のことを考えておいて》


《レージ、アーテルの手伝いを頼む》


その言葉通りアーテルは攻撃を誘い、防ぐことで距離を取った。


「上手い。さて、俺は先生として来ているわけだから、ちゃんとらしいことをしなきゃだね」


そう言ってハンスは地面から砂を一握り掴み上げる。

顔を上げると、自分と全く同じ動きをしているアーテルと目が合った。

一瞬動きを止めながらも続ける。


「戦場にルールは無い。だから、あるものすべてを使って戦う。それが戦場での戦い方だ」


《レージ、今だ。イフ、言質は取ったぞ》


ハンスとアーテルは同時に手を開く。

そして、空中で静止した砂が相手目掛けて飛んで行った。

ハンスはこの状況に驚愕し、一瞬だけ思考が止まってしまった。

何とか動き出すも、迫るアーテルに加減が出来ず、咄嗟に普段通りの力で殴ってしまった。

アーテルは何度も地面に身体を打ち付けながら吹き飛ばされる。


「だい、じょ、う……」


ハッとして声をかけるハンスだったが、信じられないものを見た。

確かにハンスは強化など全くしておらず、ただ殴っただけではあった。

だが、仲間と共に神を滅ぼした者のただの殴りは、常人の全力程度の力ではない。

だから、信じられなかった。

吹き飛んだアーテルが顔を上げ、笑ったから。


《防いでこれとか性能差あり過ぎ》


アーテルの左腕は折れ、顔からも血を流していた。

アーテルの笑みに、殴らされたという事実に遅まきながら気づいた。


《やるよレージ。そして頼んだよナル。怒られる時は皆一緒だ》


気付いた時にはすでに遅かった。

身体が氷漬けとなり動きが止まる。


あぁこのためか、ここに俺を捉えるために俺を油断させたのか。


「だけどこれくらい、簡単に砕ける」


そう言って無理やり動こうとすると氷にひびが入る。


「知ってる。けど、その氷は充分役割を果たした」


アーテルの拳に、魔力が集められる。

少ない魔力だが、一点に集中すればそれなりの破壊力はある。


残念だけど、それでは間に合わな……い?


その時だった、ハンスがアーテルとは別の攻撃を察知したのは。

ハンスの背後、迫ってくるのは、立て掛けておいたハンスの剣であった。


「これ程とは、思わなかった」


アーテルの拳と迫る剣では、剣の方が速い。

ハンスは迫る剣の切っ先を指で挟み、そのままアーテルを斬ろうと振り返る。

振り返ると、両手を上げるアーテルの姿がそこにはあった。

ハンスは斬るつもりだった剣の動きを止めた。


「戦場で最も大事なのは、生き残ること」


アーテルの発言に、剣を首から離す。

その瞬間、巨大な魔力を感じた。

咄嗟に後方へ飛び退くと、先程までいた場所が巨大な氷に呑み込まれていた。

手を上げ止まっていたアーテルはそのまま氷の中であった。


《後は任せる》


道連れ狙いの一撃は外れた。

俺の足止め役は氷の中。

指揮担当とその補佐は魔力切れに倒れ、膨大な魔力を持っていた魔力支援役も殆どの魔力を使い切りギリギリの状態。

残るは情報処理を担当する少女のみだが、白旗を上げないのなら最後まで戦うしかないか。


ハンスは剣を宙へ放ると、地を蹴り距離を詰める。

だが、その途中で無理やりにその勢いを止めた。

信じられない。

だが、彼はそこにいた。

アーテルは、笑ってこちらへ手を向けていた。


「吹き飛べ」


《最後だ、頼むぞ》


巨大な爆炎。

ナルの持つ膨大な魔力のほとんどを持って行った魔術を吸収し、暴走させ無理やり威力を増大させた。


剣は無いけど、俺は一ノ瀬の武術を見たことがある。

ただの見様見真似だから威力は低いだろうけど、吹き飛ばすくらいはできるさ。


ハンスは拳を構え、衝撃を放った。

衝撃は迫る爆炎に穴を空ける。

だが穴の先に、ハンスの正面に、爆炎を放ったはずのアーテルの姿は無かった。


君達には、驚かされてばかりだ。

残念ながら、これは間に合わない。


背後に迫るアーテルが蹴り飛ばした剣。

ハンスは振り返り、腕を犠牲にし防いで見せた。

右腕に剣が刺さり血が流れる。


「完全に一撃食らわされた。喰らうしかない状況に追い込まれた。けれど、これ以上の手は無いんじゃないかな?」


最初から勝てるとは考えていないだろう。

狙いはきっと、俺に一泡吹かせること。

そしてそれも、俺が油断していたからこそできたことで、今の俺は、手加減はしても油断はしてない。


《残念だが、我々の敗北だ》


《あぁ、負けだな。それじゃあ、ちゃんと見ておけよ》


《アーテル?》


ディアナの問いに答えることなく、アーテルの思考は読み取れなくなった。


これで兄さんが弱いなんて思われるのは嫌だからなぁ……ちゃんと、油断してない兄さんを見せないと。


「もう、出来ることは何もない。だからここから先は、小細工なしの正面戦闘だ」


アーテルはそういうと拳を握り地を蹴った。

それは一方的なものだった。

戦いと呼べるもではなかった。

アーテルが攻撃する度、アーテルに傷が増えていく。

たった一瞬で両腕と左足が折れ、胸が凹んでいた。


「あぁ……そうだよ。勇者は……強くなくっちゃ」


アーテルはそのまま倒れた。


「な、死ぬような攻撃はしてないはず」


そう言って駆け寄ってくるハンス達が、ぼやけた視界に映る。


あぁ、まずいな。

肉体に無茶をさせ過ぎた

死んだら、またアルバの肉体に近付いてしまう。

でも、良かった。

じいさんがいてくれて。


「悪い、学園長。魔力……もらってく」


アーテルは倒れたまま、学園長の身体に手を触れた。


「あ、あぁ、お前らは戦ってていいぞ。しばらくすれば、治るから」


学園長はアーテルを壁際に運ぶと、他の者達に訓練を再開させた。

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