第13話 考察

思考を巡らせながら、家の扉を開ける。


「アル……」


耳に飛び込んできた言葉に、咄嗟に声の主の口をふさいだ。


「俺はアーテルだ、母さん」


「えぇ、そうね。それでその眼、一体何があったの?」


扉を開き、一目見た瞬間から気付いていた。

アーテルの眼が昔のアルバの眼に戻っていることに。


「普通にしているけれど、大丈夫なの?」


イスに座り、顔を覗き込むように問いかける。


「あぁ、おそらくは脳まで置き換わっている。久しぶりの並列思考の感覚に、少し狂いそうだ。まぁ、アインスやホームズほどの頭脳でなくてよかった。今以上に日常とは縁遠い学園生活になっていただろうからな」


「何を隠しているの?」


「……わかった、話すよ」


降参とでも言う風に手を上げた。


「今日、学園四位と出会ったんだが、そいつが出鱈目に強くてな、学生時代の俺でも勝てそうにない」


アーテルの言う学生時代とは、アルバであった頃、天才であった頃の話だ。


「それは、いつのお前だ?」


「うーん、闘技会あたりかな」


「な、それでは勇者である義兄さんよりも、神殺しであるお前よりも強いということになるぞ」


「あぁ、そうなるな。あれを倒すとなると、それこそ、卒業時程度の強さは欲しいかな」


それは、神殺しとしての力を持っていた少年が、初めて神を殺した日。


「そんなものが、普通の魔術師だというのか?」


「さてな、普通と言っていいかはわからない。奴は名乗る名前に悩んだ挙句、ブラッディ・メアリーだなんて名乗ったんだから」


「ブラッディ……血だらけ、か」


「あぁ、だがな、この世界にブラッディなんて言葉……それどころか英語なんて存在しない」


アーテルの言葉に、ようやく脳が温まってきた。


「英語が存在した世界はこことは別の世界」


この世界で英語を耳にするというのは異常なんだ。


「まぁ、ただの偶然という線もある。だが、奴は考えて名乗ったのだ、ならば、その名前にはしかるべき理由があるはず」


「そうなると、異世界の言語を知る、明らかに普通ではない者、それこそ、異世界からの転生か異世界からの召還といったそもこの世界で育っていない可能性が出てくるわけか」


「後はそうだな、アインスのような異世界の技術を手に入れる術を持つ者。まぁ、面倒な輩であることは変わらない」


異世界転生は難易度が高く、数千万いる神の内、十柱いればいい方の人を嫌っていない神、それも、最高神クラスでなければ他の神の目を欺いて転生させることなどできない。

それに、今はもう神は滅び、立った一柱、ウラノスのみで世界は存続している。

神側の手によって異世界へ転生だのすることはもう無く、最古の神殺し、魔王アマデウスが他人を異世界に転移させたりしていたが、目的を達成したアマデウスが、誰かを異世界へ飛ばす理由はもうない。

後は……。


「俺らみたいな自力で異世界に来れるような奴らだけか」


「一体何が理由で?」


「さてな、それこそ俺と同じで日常を……求めているなら順位は上げないか」


「それはどうかな、つい戦ってしまって、つい実力を明かしてしまって、日常とかけ離れた位置にいるとは考えられないの?」


「実力は隠すもの、それこそ日常を手に入れるのならな。ついなんてことが起こらないよう、封印するべきだろう」


「力の全てを封印したせいで、今こうして頭を抱える羽目になっているお前には言えた義理じゃないだろう」


「…………」


アーテルは口を噤み、眼を逸らした。


「あ、」


思い出したように、というよりは話題を逸らすようにアーテルは口を開いた。


「なぁリブ、お前こ国の歴史とか詳しいか?」


「……はぁ。この世界の事なら調べているとも、情報が最も大事だからな」


ジト目で見つめつつも、それが意味ある問いであるということを理解しているリブは溜息まじりに答えた。


「それじゃあ、どこかと戦争とかしてたりしないか?」


「してる。してるけれど、その説明の為にはまず前提であるこの世界の説明からしましょうか」


「私たちが生まれ育ったのは、かつて王様が滅びゆく世界から、滅んでいない異世界へと転移させた国。転移した時代では海を渡るすべは無かったそうだけれど、万が一に備えて王様はこの国を隠し、誰も知らない、知ることの出来ない島国へと変えた」


「この国はたった一人の王様の働きで成り立っている。王様が働けば、民の生活は保障される。怪我は治る、病気にもかからない。犯罪は未然に防がれ、犯人は王様に怒られる。王様以外の誰にも迷惑が掛からないから、怒られた後はすぐに自由となる。また犯罪をしようとするのなら、またそれを防ぎ、犯人を怒る。何度も、何度も。民ならば、犯罪者でさえも不幸にはさせない。それがこの国、王様だけが死ぬほど忙しい国。だろ?」


「えぇ。そして、他の国を見て、この国本来の歴史を見て、ようやく理解した。この国は異常だ。働く必要は無く、今働いている人たちは、生活の為ではなく、一種の娯楽や教育、知識の共有なんかの理由だ。そしてそんな国を成り立たせているのが、最高神と同じ力を持つ、異世界からの転生者、この国の王、乃神だ」


それは、アーテルが対面しただけで敗北を悟った初めての相手。


「それで、そんな化け物が統治している国は、どんな歴史を歩んでるんだ?」


「まず、今の王様に変わったのが大体三千年位前」


リブの言葉に、アーテルは咳き込む


「はぁ、三千年⁉そんな馬鹿な……いやあるな。王様が異世界へこの国を転移させてから三千年くらいなら経ってるか」


「王様が変わる前、前国王の時代はそれなりに戦争も起こっていたそうよ。王様が変わってからは戦争も少なくなった。というか、殆ど攻めてこなくなった」


「それでも、攻めてくる国はあったのか」


「えぇ、ただ一国だけね。数百年置き、いうなれば前の敗北を忘れた頃に攻めてくるといった感じね」


……馬鹿なんじゃないか?記録くらい残すだろ普通。


「普通は攻めてくるはずがない。だが、この国にはある者が存在していた……勇者だ。ローランの手によって運命の奴隷であった勇者は消えたが、新時代の勇者が、現代に受け継がれる勇者がいた」


アルバの兄のハンスである。


「新時代の勇者と旧時代の勇者には大きな違いがある。勇者としての力もそうだが、運命の束縛が緩くなった。というより、勇者と魔王の力関係が変わった」


勇者と魔王の運命とは、家族や友人や恋人などの親しい誰かを殺すというものであった。

実力差は殆ど無く、勇者は魔王となり理性を失った大事な人を、世界と天秤に掛けさせられる。


「そう、ローランの活躍により、それ以降魔王が誕生することは無かった。俺と父さんを除いて」


黒歴史を思い出し、アーテルは顔を背けた。


「神殺しは勇者の傍に居るには強すぎた。だから魔王になってしまった。だが、父さんがこの国に来るまでの三千年間、魔王は一人として現れなかった。それは、勇者と対等な力を持つ者が存在しないということであり、勇者を手に入れることが出来たのなら、その国の軍事力は最強となる、か」


「えぇ。だから何度も何度も、勇者を手に入れるためにこの国へ攻めてきた。ただおかしいのが、五十年前と三十年前の戦争」


「その期間だと、世代も変わっていないんだから戦争なんかしないんじゃないのか?」


「そうなんだけれど、三十年前の戦争が特に変で、民間から徴兵されているのよ」


どういうことだ?

五十年前の戦争で力の差を見せられたにもかかわらず、戦力が落ちた状態で再戦だなんて、無駄に死者を出すだけじゃないか。

なら何故と考えても意味は無いか。

俺では答えに辿り着けない。


「なぁ、その国に動きとかあったりするか?」


うなだれながら質問する。


「ねぇ、さっきからいったいどんな回答を求めてるの?」


一向に納得しないアーテルに、リブは直接聴き始めた。


「いや、俺の正体を明かしたところで誰にもメリットは無いが、俺が力を取り戻すことでなら、誰かにメリットがありそうだなと思ってさ」


「それで……」


「いや、でもいいんだ。他国の情報はそう手に入らないからな」


「あるわ」


「え……」


「時折、本当にたまになんだけれど、魔力を感じるの。遠くの方から、微かな魔力を。ただ、その魔力がとても異質で、それこそ、本能的に拒絶するような……」


リブの言葉に、アーテルは納得していた。


「なんだそういうことか。なら、仕方ないかな」


「ねぇ、何がわかったっていうの?」


「ん?あ~その……悪い内緒だ」


「ねぇ‼また隠し事?」


怒りを表情に見せ立ち上がるリブに両手を上げるアーテルだが、今回は引かなかった。


「悪いとは思ってる。ただ、お前に出来ることは何も……ないとは言わない。お前が俺と共に背負いたいってのも解ってる。だが今回は、俺の隣じゃなくて、俺の後ろにいてくれ。でないと護れない」


唇を噛み、リブを見上げる。


「頼む」


「……わかった。けど、ちゃんと護ってよ……私の王子様」


リブの言葉に顔を赤らめながらアーテルは笑った。


「もちろんだ。まぁ、まだ先の話だとは思うけれどね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る