第12話 学園順位
「ん、ぁ……生き返った、のか」
ルクスとの戦いの末、アーテルは死んだ。
そして学園長の魔術によって蘇生された。
ゆっくりと体を起こし、眼を開ける。
開けた視界に入り込んでくる景色に、茫然とする。
それは見慣れた光景。
最近は見ていなかった、アルバの見た景色。
アーテルでは見ることの出来ないはずの景色。
どういう、ことだ?
本来起こりうるはずの無い出来事に、アーテルは自身の眼を押さえる。
見え過ぎだ。
なぜ、俺の眼が元に戻っている。
俺の魔法は完璧であったはず……ならば、問題があったのはじいさんの蘇生魔術か。
アーテルの転生は完璧であった。
決して実力がバレないようにと、何重にもかけられた封印は、もう一度転生しない限りは解けないはずだった。
だが、蘇生魔術による死からの蘇りは、転生ではない。
それでもアーテルの眼が戻ったのは、学園長の蘇生魔術の形式の問題であった。
学園長が作り上げた蘇生魔術は、肉体の再構築である。
それは死んだ後に行き場を失った魂に入れる場所を作ることで蘇らせるというものだった。
身体を作り上げる方法は、魂自身が持つ元の身体の記憶。
アーテルにとっての元の身体とは、転生する前の、アルバの身体である。
だから蘇生の際に構築される身体はアルバの身体となる。
それを封印で無理やりに捻じ曲げたために、アーテルの身体を作り上げた。
だが、この眼だけは……俺の封印であっても、捻じ曲げることが出来なかった。
魂へ刻まれた数千年の歴史は、そう簡単に封印できる代物じゃない。
そして何より……この眼の情報を処理しきっているこの脳もまた、俺の本来の、アルバの脳へと置き換わっている。
幾重にもかけていた封印が、ほんの少し、解かれてしまった。
何度も死んで蘇るを繰り返せば、元のアルバの身体に戻ってしまう。
いやだな……日常から遠のいていくこの感覚は。
「アーテル、どうかしたの?」
蘇ったというのに一向に動かないアーテルを、不思議そうに眺める少女。
「いや、死んで蘇るという初めての感覚に、驚いていただけだ」
「そう、ならいいけれど」
アーテルは立ち上がると、話し合いをしているルクスとイフの元へ向かう。
「ギフトへの対策は何か思いつきそうか?」
「いいや、何も思いつかない。学園六位であるルクスさんに勝つ方法さえも見えてこない状態だ」
「一応あるにはあるぞ。ナルが数日かければ、一発くらいなら防げる防御魔術は作れるだろうし、こないだ俺に放った魔術、あれの倍くらいの魔力があれば、アーテルが爆発させてやれば、防壁の突破くらいはできるだろう。まぁ、突破だけじゃだめだからもう一発必要だけどな」
「無理だろ」
「そう、現実的じゃない。残念だが、今のお前達じゃ到底勝てない」
ルクスは楽しそうに笑う。
「そんなわけだが、前のような団体戦を行うのなら、仲間を増やすべきだろう。それも……ギフトと張り合えるような」
「……まさか⁉」
「さて、中断していた学園八位以内の……またの名を生徒会の説明しようか」
ルクスは壁に設置された陣に触れる。
すると修練場の中にイスとテーブルが出現した。
イスの一つを引いて座ると、他が座るのも待たずに話し始めた。
「学園八位、星の魔術師アストロ。学年はギフトと同じ三年。そして、この学園でギフトと同格の魔術師にして、生徒会最弱の魔術師だ」
「意味が解らない」
「あいつの魔術はブレ幅があまりに広い。強いときはギフトと同格、弱いときは普通程度で、とても学園八位だなんて言えたもんじゃない。まぁ、それ以上の問題として、誰もあいつと意思疎通ができない」
「それはどういうことだ?」
「あいつは日がな一日空を見上げている。呼べば一応こちらを見てくれるが、すぐにまた空を見上げる。返事なんかしない。それどころか、誰もあいつの話している姿を見たことが無い。だから、仲間には出来ない。そも交渉が不可能だからな」
星の魔術師ともなれば気になるが、意思疎通ができないとなると……一人で会うか。
「それで、どんな魔術を使うんですか?」
「さてな、悪いがほとんどわからない。ギフトと一度戦っているんだが、残念ながらあいつの魔術のせいで戦闘は見れなかった。だから、ギフトが疲れた表情を見せるような相手ということくらいしかわからない。が、味方になることもなければ、敵になることもない」
ギフトが聞いた話以上の化け物であったら、そんなことも言っていられないが。
「次に学園七位、精神魔術師ガイスト。学年は四年。学園七位が示す通り攻撃手段も持ち合わせていて、アーテルが変換できない程度には速い攻撃魔術が使える。まぁ、大した威力じゃないから普通に防げる。警戒すべき点は、精神魔術だ。対策としてはまぁ……頑張れよディアナってとこかな」
「……貴方、私が精神魔術において負けるとでも思っているの?」
その威圧的態度は、以前自分が実力不足なのではと不安がっている時とは大違いであった。
「いいや、月の一族であるお前が、精神魔術において負けるとは思っていないが、俺が雷系統の魔術を隠していたように、あいつも何か隠しているものがあるかもと思ってな」
「なら、夜に戦わせてくれると嬉しいわ。月の光が私を助けてくれるから」
「交渉については努力しよう。ただ、期待はするなよ。さて次は……俺か、なら飛ばして学園五位、歩く防壁イージス。学年は俺と同じ五年。多彩な防御手段を持ち、相手が降伏するまで防御し続けるよくわからない奴だ」
「何故降伏する?」
「そりゃあ、考えに考えた自身に出来る最強が通用し無かったら諦めるしかねぇだろ?」
「生きているのなら、勝利を諦めたりなどしないだろう。それも、自ら屈するなど愚の骨頂だ」
「よく言った‼そう、その通り。諦めてたまるかよってな。だからお前はギフトと戦うんだろ。なぁ、イフ?」
アーテルとルクスの問答を蚊帳の外から眺めている気でいたイフは、突然名を呼ばれ驚いていた。
だが……。
「……あぁ、私には使命がある。決して負けられない使命が。そこに、絶対的な差があろうと、私は必ず勝利してみせる」
自身の胸に手を当て、ルクスに答えた。
「諦めない心が、折れない芯がなきゃ、勝てないからな」
広い空間へと手を向けると、雷を奔らせた。
発射から着弾までが見えないほどの速度。
「話を戻すが、イージスの防御手段、俺の魔術でも突破できない。そして、基本自分から攻撃しないだけで攻撃魔術も使えるし、相手の魔術を自身の魔力上乗せして返してきたりする。堅実で強い。まぁ、それでも五位。上には上がいて、イージスの防御を突破するような攻撃があんだろうな」
「あるんだろうなって、なんであなたが知らないんですか」
「いやぁ、全部は知らないし、どのくらいからあの防御が突破できるのかもよくわからん」
イスに寄りかかると、疲れたように話し始めた。
「それに、学園四位に関しちゃ何も説明できない。学年、名前、性別、見た目、戦い方、何から何までわからない。いるのかどうかもよくわからないが、たまに生徒会室の菓子を食べてるから、俺は勝手に悪戯好きの妖精とかだと思ってる」
そう冗談めいた口調で言うルクスの左腕が、突如斬り飛ばされた。
痛みに顔を歪めるが、聞こえた声に笑った。
「酷いなぁ。僕、別に悪戯とか好きじゃないよ。それに、妖精でもない、よ」
アーテルは天井を見上げる。
見えない者を捉え、地面を蹴り掴みかかった。
「クソッ」
手が届かず、アーテルは落下する。
「ふふっ、アーテルじゃ届かない。空が飛べないから、僕のところまで辿り着けない」
「お前が、学園四位で間違いないか?」
「うん、僕が学園四位。うーん、そうだなぁ……ブラッディ・メアリーにしようか。あぁ、でも、ブラッディ・メアリーなら……」
背筋が凍るような感覚。
何も見えず、それでもそこにいることだけは確かな存在感。
「女性、であろうなぁ」
声が、話し方が、雰囲気が、変わった。
これは、性別の変更、肉体の変更か。
それもまた異常ではあるが、それ以上に、この眼を以てしても見ることが出来ない。
ならば、奴は異能力者か?
まぁ、じいさんが異能を魔術でないと見抜けないはずがない。
……まさか。
アーテルは転生する前、アルバであったころの記憶を想起していた。
初めてこの国を出た日。
神さえ殺した自分と、同等、もしくはそれ以上の強さを持つ者がたくさんいることを知った。
そして、魔術の国に生まれ、天才と呼ばれた自分よりも、魔術において上をいく者がいた。
あぁ、確かにある。
魔術を完全に隠蔽する方法は。
だが、それが出来るのなら、魔力操作において誰にも負けることは無い。
それどころか、下手な魔術はただ奪われるのみ、遠距離でさえ相手の魔術を呑み込む。
勝ち目などあるはずがない。
「一つ聞くが、お前は学園四位で間違いないんだな?」
「ふふっ、それは嬉しい問いだ。しかし、妾は学園四位で間違いない。まぁ、一度とて戦ったことが無い故、どの程度の強さかはわからぬ」
「なら、お前より上の奴と戦ったことある俺が、比べてやるよ」
ルクスは電撃を放った。
範囲の広い攻撃は透明化への有効手段。
攻撃において速さは正義。
火力もまた申し分ない。
だが、魔術である時点で……。
パチンッ、と指を鳴らす音がした。
辺りを覆う電撃は消え、メアリーが笑う。
「速い攻撃じゃが、妾への攻撃としては遅すぎる。ほうれ」
メアリーの言葉にアーテルが動いた。
ルクスの前へ滑り込み、見えない何かを弾き飛ばす。
弾き飛ばしたものは壁にぶつかり衝撃を残し消えた。
アーテルは右手から血を流しながら天井を睨む。
「うぬ、見えておるな?」
な、今ので眼についてバレた⁉
なら今すぐにでも……。
右手をポケットに突っ込み動きを止める。
「ふふっ。眼を隠したいか。だが、隠してしまえば妾は捉えられぬぞ。妾に情報を渡すか、それとも……友を護れず死んでいくか。うぬはどちらを選ぶ?」
……クソッ。
「お前、何が狙いだ」
眼を見開き、睨み付けてくるアーテルに楽しそうに答える。
「妾はただ、アーテル、うぬに嫌がらせをしたいだけ。うぬの敵であるだけ」
「なら、俺の友人に手を出すな。いくらでも……
「ほぉ。それはまた魅力的な話じゃ。しかしなぁ、うぬを殺すのは、まだまだ先の話。今はまだ、早すぎる」
その意味は解らなかったが、それでも、今を乗り切れるのなら後の自分がどうなっても良いと思っていた。
「まだ先だからといって、手を出してくるなよ」
「妾は約束は違えぬ。安心せぇ……うぬだけしか殺さぬ。それではまたいつか」
修練場内の威圧感が突然消えた。
……消えたか。
「イフ、俺があいつと話を付けて何とか味方に引き入れる」
「待てアーテル。君は私に、仲間を見捨てて勝利せよと言う気なのか?」
「そうだ。あいつなら、ギフトにだって勝てるはずだ。幸いあいつは俺のことしか敵視してない。お前になら味方してくれるはずだ」
「私は確かに全てを捨ててでも勝利する気でいる。けれどその全ての中に、友を、仲間を、入れている気はない」
数秒見つめ合い、アーテルはため息を吐いた。
「わかった。自己犠牲はもうやめるさ」
たく、俺は学ばないな。
自己犠牲の先にあったのは、大事な人の涙だけだったってのに。
「ルクス先輩。続きの説明をお願いします」
いつの間にか腕が治っているルクスに話を振る。
「おいおい、さすがにこの状況で説明は続けらんないだろ」
「いえ、情報は早めにもらえるほうが嬉しい。情報が出そろわない限り、作戦の立案は難しいですから」
「そうか、じゃあ簡単に説明していく。学園三位のリンは、自身に肉体強化を重ね掛けしての肉弾戦を主とする完全な武闘派だ。肉弾戦が主なことから俺の様に何か隠していそうとは思っているが、隠していなかったとしても異常なほど強い。だって、ただの殴りで俺の魔術以上の破壊力がある。まぁ、かなり出鱈目な部類だ」
誰も質問はしなかった。
先のメアリーのことが頭から離れない。
心ここに有らずとまではいかずとも、質問が出来るような元気は無かった。
「そして学園二位のアルトは、この学園一の魔術師だ。ギフトはグリモワールという絶対的な力があるから一位にいるが、アルトは紛れもない天才だ。戦闘のセンス、魔術の練度、才能も努力も人以上。だからこそ、俺はこいつをギフト以上に警戒するべきだと考えている。まぁ……ブラッディ・メアリーなんて言う出鱈目が出た以上そうも言ってられなくなったがな」
自身の魔術を完封され、その上後輩に守られるという体たらく。
今回のことは普段大して気にしていないプライドが傷付けられていた。
「そして最後に学園一位のギフト。魔術自体は警戒するほどのものじゃない。俺を相手に訓練していれば慣れる。問題はグリモワールで、無数の剣を出現させるんだが、剣一つ一つに様々な魔術が刻まれていて、剣を防げなければ剣で攻撃され、防げたのなら魔術によって攻撃される」
「全ての攻撃が変則的な連続攻撃になっていて、非常に対処しずらく、その上威力も俺以上だから、下手すりゃ一撃目で終わりだ。そして刻まれている魔術には防御魔術もあり、その防御を突破するにはそれこそギフト以上の火力が無きゃ難しい」
「まぁつまりは、ギフト以上の防御力と攻撃力が無きゃギフトには勝てないとかいうバカみたいなことを素で出来るような強さだ。対策はしようがない。あの剣は魔術じゃないから剣自体はアーテルも防げないから本当にどうしようもない。これがこの学園の最強だ」
絶望に絶望を重ねるような形で今日の作戦会議は終わった。
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