第15話 vs勇者

目を覚ますと、既に夕方であった。

戦闘訓練は終盤に差し掛かっていた。


「起きたのか、アーテル」


隣にはいつの間にかイフが座っていた。


「誰かと組んでみたいというのであれば、組んで戦うくらいの時間はあるよ」


「別にいいかな。俺は一人で戦う」


「だったら、私と組んではくれないかな?君と二人で戦ってみたい」


「……わかった」


アーテルは答えると、寝起きの身体を延ばし始めた。

その様子に気付いたハンスと目が合う。


「イフ、どうやらもう油断していないようだ」


「それは困ったね。一方的な戦いになってしまう」


二人笑って言った、為す術なく敗北すると。


「で、作戦はどうする?」


「わからない君じゃないだろう?」


「……それじゃあ、信じていいんだな?」


「あぁ、信じてくれたまえ」


二人の中で、作戦は決まった。


「「アドリブで行こうか」」


きっと勝てないだろう、けれど、一矢報いよう。


さて、んじゃ少しだけ無茶するか。


「学園長、魔力を少し下さい」


「……少しなんじゃな?」


訝しげに見つめる学園長に、アーテルは笑って答えた。


「えぇ、少しです。さっきほど魔力は取りませんよ」


アーテルは自身の傷が治るまでの数時間、学園長の持つ魔力を奪い続けながら回復していた。


「そうか、まぁ良い。戦いは万全を期して行うものだからな」


渋々ではあったが、学園長はアーテルへ魔力を渡した。

本来であれば過剰な魔力を受け取ると、それを暴走させないよう、そして、自身が魔力にやられないよう、完全に律してみせた。


「問題なし。俺は戦える」


「あぁ、私の方も準備が終わった、戦えるよ」


二人の視線の先、ハンスが剣を地面に突き立てようとしていた。

その瞬間に、アーテルは地を蹴り距離を詰めた。

そしてイフもまた、魔術を発動させていた。


私は既にルクス先輩の本気を見て、そこから学習し、モノにしている。


「フィールド、セット」


イフの足の先から、氷が地面を覆った。

氷はアーチを描き一種の芸術作品のようだった。

そして、距離を詰めるアーテルの手には、氷の剣が握られていた。

魔力による疑似的な肉体の強化による今まで以上の速さで、剣を突き立てようというほんの一瞬の隙で距離を詰める。

剣から離そうとしていたハンスの手に力が入る。

振り抜かれた剣は、氷の刃を砕く。


あぁ、あぁ、君は……君達は、俺の予想の上を行く。

咄嗟だったからね、利き手ではない左手で、使う気もなかったから、逆手だし握りも甘い。

そうなるよう仕向けられたのだから、こうなるのは当然だ。


ハンスが砕くよりも前に、氷の剣から手を放していたアーテルは、ハンスの左手を狙い、手に持っている剣を吹き飛ばした。

宙を舞う剣は氷のアーチに刺さり、そのまま氷の中に呑み込まれていった。

だが、それと同時にアーテルはハンスに吹き飛ばされた。


「剣を使わせたぞ。そして、剣を奪ったぞ」


「挑発に乗る俺じゃないよ」


「知ってる」


アーテルが距離を詰め、近接戦を始めた。

魔力によって肉体を強化しているアーテルの攻撃を、ハンスは涼しい顔をして防ぎ、そして時折カウンターを混ぜていた。

だがアーテルもまた、ハンスの攻撃を防ぎきっていた。

眼で見えても対処できない身体を、魔力によって無理やりに動かす。

それでようやく、一手でも先手を取れば一瞬だけハンスを驚かせられる程度にはなっていた。

アーテルの攻撃の中に時折ある、明確な、わかりやすい隙。

そこをつい攻めてしまうような油断をしていない。

だが、手加減をどの程度すればいいかがわからないハンスにとって、現状、殴り合いを続けるのみのこの状況を動かすためには、誘いに乗るしかなかった。

攻撃を防ぐも吹き飛ぶアーテルの背後から、氷が飛来した。

警戒していたハンスにとってその氷を砕くことは造作もない事ではあったが、魔術を素手で相手している事実は変わらなく、そこで一度動きを止めてしまう。

ある一定以上の力を使わないよう手加減している以上、衝撃のままに後方へ下がるアーテルを見逃すしかない。

着地したアーテルのそばには、氷の柱が一つ立っていた。

それは地面から生えているようで、そしてその中には、氷のアーチへ呑み込まれた勇者の剣が入っていた。


な、まさか、そんなことが。


崩れる氷の中から剣を抜く。


「あぁ、俺は運が良いな」


右眼から血を流し、アーテルは笑った。


「ほんの少しだが、俺は剣に認められたようだ」


死なずに済んでよかった。


「……勇者の剣を握ったんだ。君に、悪魔に魂を売る覚悟があるのかい?」


「悪魔はもういない」


「……君に、運命を背負う覚悟が」


「運命なんかに俺は負けない」


「……そう。ならいいよ、掛かっておいで」


アーテルの答えに納得したのか、ハンスは笑うと拳を構えた。

激痛と共に、アーテルの肉体に紅い紋様が浮かぶ。


「血の代償、か」


アーテルは地を蹴り距離を詰める。

その速度は、今までの比ではない。

魔力による肉体の強化、勇者の剣による肉体の強化、ようやく追いついた。


「先程までは申し訳ありません。魔術を縛り、魔力を縛り、ただ肉体のみで戦ってもまだ足りず。不甲斐無い我々の為に、手加減の限りを尽くしてくださりありがとうございました」


イフが腕を広げ氷の舞台を作り上げる。

そして笑みを浮かべ、口にする。


「これから先は、手加減の必要はありません」


その言葉に、ハンスは声を出して笑った。


「まだ魔術も魔力も使えない。これを手加減で無いと言うのなら何と言う。でも、そうだね……ただ普通に拳を振るうのが、こんなに楽だと感じたのは初めてだよ」


ハンスはようやく、最もしづらかった手加減である力加減を気にせずに戦えるようになった。

というよりは、加減などしていては勝てなくなるほどに、アーテルの速度が上がっていた。

魔力や魔術による防御手段の存在しないハンスには、剣による攻撃に当たるわけにはいかなかった。

剣の面に触れ、いなし、弾く。


流石はアルバだ。

君はこの戦いを、五十年前僕を相手にやってのけたのだから。

勇者である僕を相手に、まだただの魔術師でしかなかった君は引き分けてみせた。

あぁ、こうしてあの剣を前にして思ったよ、君よくもまぁ、あの剣を前に武器も持たずに戦ったと。

あぁだけど、昔と今じゃ状況が違う。

僕は異邦にて、最強を知った。

戦術を、戦法を、そして……心の在り方を僕は知った。

今の僕には……。


「この位じゃ届かない」


ハンスの蹴りを防ぐのが間に合わず、アーテルの身体は地面を転がる。

ハンスが追撃に向かうが、その間を氷の壁が塞ぐ。

そして次の瞬間……ハンスの身体は宙へ放り出された。


な、地面が消えた⁉

あぁそうか、手加減無しとは、周りへの注意力まで、一人に注ぐという意味か。

だから気付けなかった。

氷で出来たこの広い舞台が、高く高くせり上がっていたことに。

そして氷の床が無くなれば僕は落ちる訳か。

けれど氷はただ無くなった訳ではない。

氷は水へと変わり……爆発する。


氷の壁が水へと変わり透過し見えたのは、燃え盛る剣を持つアーテルの姿だった。

振り下ろされる剣から、炎が波のように迫ってくる。

大量の水とぶつかり、水は水蒸気へと姿を変える。


はぁ、今の状態の僕じゃ耐えられないな。

残念ながら負け、と諦められたらよかったけど……どうやら負けたくないようだ。

だからごめん、魔術を使わせてもらう。


膨張する水蒸気に手を向ける。


確かリブはアルバが起こした水蒸気爆発を凍らせることで対処したと言っていた。

覚えておいてよかった、結界の中で全て終わるのを待つのは、長くかかりそうだったからね。


水が水蒸気へと変わる中、一瞬にして部屋が冷える。

水は炎ごと凍らされていた。


あぁ、やっぱり駄目か。

昔みたいに淡白で勇者という役でしかなかった兄さんだったら、今ので勝てたのにな。

俺も兄さんも、成長してるってことかな。


魔力を使い果たし、力なく落下するアーテルは、魔術を使ったハンスに微笑みを向けて敗北した。

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