第9話 防衛戦
学園六位ルクスとの戦いに勝利した。
だが、この戦いの終わりではない。
周りには騒ぎによって集められた生徒が大勢いる。
「イフ、さすがにまずいぞ。切り抜けられる気がしないんだが」
戦闘が得意ではないディアナ。
気絶しているアーテル。
二人を護りながら、千人を超える生徒たちを相手にするなど、不可能だ。
「仕方ない。ここで籠城戦を行う」
「いつまでする気で?」
「アーテルが起きるまで。もしくは、戦いの終わりまで」
「魔力が足りるとは思えないんだが」
イフとレージは、防壁の構築を始める。
「何のために僕がここにいると?魔力ならある。ディアナ、僕らが護る。だから、彼の、アーテルの傷を癒しておいてくれ。彼が起きた時、動けるように」
ナルはそう言って微笑むと、空中に字を描き始めた。
「レージ、どれくらい持たせられる?」
「ハッキリ言って、あいつらが同時に攻撃して来ようものなら、全くと言っていい。耐えられない」
「それもそうか。私たちは一年次。そこに才能の差、努力の差はあるだろう。けれど、僕らは等しく一年次であり、未だ十二年の時しか歩んでいない若輩者。そこに大きな差は生まれない。数で押されれば負けは必至。だが……」
立ち上がるイフの身体中に、文字が浮かび上がる。
「アーテルは戦った。自分よりも強き者と、そして勝利した。ならば、我々が此処で負けるわけにはいかない」
身体中、所狭しと刻印された文字に、魔力が流れる。
ナルは空中で杖を跳ねさせる。
「さぁ、魔力供給の準備が整った。魔力源は僕だが、好きに使って。僕の魔力は人よりずっと多いから」
「では、容赦なく使わせてもらう」
イフの身体に刻印された文字が光り、魔力が可視化される。
魔力は雷へと変わりイフの周りでバチバチと音を立てる、手と手の間をより一層強力な雷が奔っている。
「へぇ、あれが一年次の首席かぁ。かなり強いじゃないか。これは、来年の学園順位の発表が楽しみだ」
少年は屋根の上、悪戯に笑うと、手カメラを作りその中にイフを収める。
徐々にその範囲を広げていき、手カメラの中に四角い陣を作り出す。
「これは僕からの贈り物。楽しんでくれ」
「レージ、始めろ」
「了解」
レージは手を合わせ、目を瞑る。
目では見えない死角を含めた全ての位置情報が脳内に立体マップとなり映し出される。
その時、屋根の上にいる者の存在にレージは気付いた。
驚愕に眼を見開き、行動しようとするも、すでに遅い。
手をのばした先、イフへ向けられた攻撃魔術を止めることはできない。
速度と火力を両立した魔術は、直撃した。
「やれ。俺が護ってやる」
イフを護るべく、その身を盾としたアーテルの右腕に。
魔術はそこで終わりではない。
右腕に魔術が当たるとすぐに、アーテルは右腕を斬り落とし、屋根の上へと蹴り飛ばした。
腕は屋根の上で消失した。
一瞬思考が止まった皆だったが、すぐさま自分がするべき行動を起こした。
レージは周囲のマッピングと情報の伝達を。
ナルはレージの情報をもとに防御魔術を完成させる。
そしてイフは、レージの情報をもとに攻撃魔術の発動位置を確定させる。
廊下や二階教室から放たれる魔術に、最初に張った防壁は絶えることが出来ず崩れる。
その内側、ナルの張ったルーン魔術による結界。
属性や魔術のレベルに合わせて作られた結界が、全ての攻撃を防ぎきって見せた。
そして、イフの放った魔術により、辺りにいる生徒の身体、その中心を雷が貫き凍る。
凍った雷によって、避ける術、防ぐ術を持たない生徒は全員が串刺しの状態となった。
「すまないレージ、私の代わりを頼む。君ならば、私以上にこなせるだろう」
イフは膝をつき、地面に倒れ込んだ。
「はぁ。アーテル君に防がれたときは焦ったけど、イフ君の無力化には成功」
屋根の上、手カメラに倒れるイフを収め、男は笑う。
「しかしアーテル君。君はルクス先輩と似た戦い方をするようだ。悪いけど、このままじゃ、ルクス先輩の様になって、僕が勝てなくなっちゃう。だからごめんよ、少し弄らせてもらう」
手カメラの中、今度は標的を右腕を無くしたアーテルへと変える。
「——――――――⁉」
魔術を発動した瞬間、男は何かに弾かれるように屋根から落ちた。
今のは、呪いか?
加護と呼ぶには、あまりにおぞましい……魔女の呪い。
「クソッ、僕の魔術を返された」
壁に寄りかかりながら、身体を引きづるように移動する。
あぁ、最悪だ。
せっかく依頼をこなしたというのに。
「僕は捨てられるのか」
男を阻むように上級生達が現れる。
皆それぞれ魔術を唱え始め、男に狙いを定める。
だが、詠唱が終わる前に、空から降り注ぐ剣によってその身体を貫かれた。
「まさか、学園七位である貴方を、捨て駒になど使えませんよ」
背後から、宙に装飾の為された本を浮かせる男が現れる。
「それに、心と知性を支配するディアナを相手できるのは、この学園で貴方を措いて他にいない。もはや手放せる人材ではないんですよ」
「そうは言うが、僕今、精神支配の魔術使って負けたんだけど」
「あれは相手が悪かった。彼には、どこか親近感を覚える。きっと、私のグリモワールのような、特別な何かがあるのかもしれない」
「それはまた愉快な話だ……ギフト、僕疲れたから、ここで休んでていいか?」
壁に寄りかかり、ずるずると座り込む。
「それは構わないですが、私は相手しなければならない方がいるので、ここを離れますよ」
「お前でないといけない相手なんかいるのか?」
「……元学園二位。今年は六学年のため順位からは外されていますが、私以外が相手に出来るような方じゃない」
「なんでまたそんなやつが出てくる。そんな戦闘狂には見えなかったが」
「学年四位のアンダー、五位のラン、六位のスレイヴ、七位ヴァン。彼らは、あの人の弟分なんですよ」
「そりゃまた厄介な。それじゃあ仕方ないか。行ってらっしゃい、ギフト」
「すぐに戻ります」
ギフトはさも当然の様に空中を歩いて行った。
「まずいよレージ」
「それくらいわかってる」
廊下の奥から歩いてくる男の姿に、勝ちの目を探しても見つけられないことに苦笑いしていた。
「お前の兄、ギフトと双璧を為す男。ある者はこう例えた、ギフトは精霊だが、あの男、ガトリーは悪魔だと」
「そいつはいいじゃねぇか。それじゃあ、悪魔は悪魔らしく……地獄へ招待してやるよ」
ガトリーが仲にはへと足を踏み入れた瞬間に、辺りを炎が包み込んだ。
「どうだ?比べる対象が間違っているような気はするが、ルクスの炎より、ずっと熱いだろう」
障壁が、結界が、何の意味もなさなかった。
まずい、ここにいるだけで、全員焼け死ぬ。
レージは焼ける地面に手を付け、障壁を張り直す。
炎を消すことに成功するも、一瞬にして障壁を破壊され炎が肌を焼く。
何度も、何度も、障壁を張っては破壊される。
魔力の無駄だとしても、一瞬でいい、出来るだけ、時間を稼がないと。
「健気だな。泣けてくるぜ、その友情。あぁだが、力の差は歴然だ」
歩み寄るガトリーの足元に、剣が刺さる。
「……これは」
レージたちを周りに、円を描く様に剣が地面に突き刺さる。
地面に刺さる剣の内側から、炎が消えていく。
「ガトリー先輩。あまり彼らをいじめてやらないで下さい」
レージたちの頭上、空中にギフトが立っていた。
「こいつは何の冗談だ?お前が関わるような案件じゃねぇだろ」
「ふふ、理由ならありますよ。私の弟に手を出したでしょう?」
「相変わらずだな」
「えぇ、変わらず私は最強ですよ」
「そうじゃねぇんだが、まぁいいか。お前はそのままでいてくれ。お前が最強でなくなったら、俺にその座が回ってくる。最強なんてもん、俺は二度と御免だ。それじゃあ、またな」
そう言ってガトリーは魔術を解除した。
「な、帰るのか?」
「ん?当たり前だ。今回の件は、あいつらの肥大化した自尊心が招いたことだ。こっちに非があるんだから、頭下げさせるさ。今のはまぁ、挨拶だと思ってくれ。こういう魔術師もいる、経験は先に繋がる。後はそうだな……お前、おちんじゃねぇぞ」
ガトリーは今度こそ、振り返ることなく来た道を戻っていった。
「悪魔なんじゃないのか?」
「あの人は紛れもなく悪魔だよ」
地上に降りながらギフトが答える。
「あの人は裁定者だ。人の振りをして人に混ざり人を量る。故にあの人は悪魔と呼ばれる。ひどい話だ。あの人は理を以て行動しているだけだというのに」
「それじゃあ兄さん、あの人は善なの?」
「いいや、あの人は善でも悪でもなく、それを量る中立だ。それこそ、量った後のことは全て丸投げするような。今回に関しては先ほど言っていた通り、挨拶というのが一番の理由だろうね」
「どういうこと?」
「そうだねぇ、君達が始めた喧嘩で、君達に興味を持ち、君達を量ろうとした。その結果が良かったんだろう。経験を積ませるために、君達に他では味わえない魔術を食らわせた、そんなところだろう」
しかし、彼らだけは、私と同じように理外の者として扱ったのか。
だが、あの人が最も警戒していたのは……そうなると、彼の行動はむしろ悪影響があるのでは?
「どうしたの、兄さん?」
「いや、少し考え事をしていただけだ。それじゃあ私もそろそろ帰らせてもらおうか」
現実へと引き戻され、置いてきた友人のことを思い出し帰ろうとする。
「おい、イフたちと話していかないのか?」
引き留めようとするレージに、ギフトは微笑んだ。
「勘違いしてはいけない。私たちは敵同士。出来れば情報は渡したくない」
そう言うと、ギフトは屋根を越えて行ってしまった。
王城、玉座にて。
「ん?今のは……リブか?ほぉ、そういうことか。なら安心だな」
「どうされました?」
「しばらくは国防が楽だなと思っただけだ」
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