第8話 死闘

中庭へ向かう廊下、二人はすさまじい魔力に足を止める。


今のは、イフとレージか?

しかし、なんだあの魔力量は。

魔力も属性も魔術も、全てがちぐはぐだ。

だというのに、機能している。


壁に隠れ、中庭を見る。

そこに広がる死体の山。

そして、イフたちの正面で膝をついていたのは、茶会から追い出された男の一人だった。


「ねぇ、アーテル。私は学年三位よ、上に二人いる。けれど、ここまで差があるものなの?」


「……俺には答えられない。お前がこの先で探すものだ。ただ、一つ言えるのは、お前は才能に溺れない人間だということだ。だからと言って、卑屈にはなるなよ。その先にあるのは破滅だけだ」


にしても、あれは一体なんだ?


イフの頭上、手の先で、燃える氷の剣が浮かぶ。


複合魔術だが、刻印魔術というわけじゃ無い。

しかも、ちぐはぐなせいでよみづらいが、属性が明らかに多い。

魔術として必要とされている二属性ではなく、必要とされていない他の属性まで混ざっている。

それを無理やりに二属性の魔術にしているから、ここまで異常なのか?

無駄が多いが…………まさか、レージか?

レージの奴、全属性を操れるのか?

だがまだ発展途上、操れてはおらず、混ざってしまうといったところか。

ともかくまぁ……。


「あの剣いいな」


アーテルはその場から飛び出し、中にはで戦うイフから、燃える氷の剣を奪い、対峙する男の首を斬り落とした。


「イフ、これ借りてく」


答えは聞かない。

元よりこの剣は今この場での使い捨て。

どうせ捨てられるのなら、有効活用できる者が使うべきだろう。

アーテルは中庭を抜け、廊下を駆け抜ける。

道中にいた生徒全てを斬り伏せながら。


「なぁ、アーテルってもしかして、近接戦闘だけでこの学園に入学したのか?」


「それは無い。この学園は魔術の学園。近接戦闘が出来たところで何も評価されない」


苦笑いを浮かべるレージの言葉を、イフは否定した。

そこへ、何かが飛んできた。

壁へ激突し瓦礫の中で立ち上がるそれは、先程駆けて行ったアーテルであった。


「ディアナ。回復頼めるか?」


アーテルの言葉に、ディアナはすぐに治療を始める。


最悪だ。

最悪な相手だ。


「な、彼はまさか⁉」


「この間振りですね、先輩。出来れば戦いたくなかったです」


「確かにな。戦うのなら今じゃない。お前がもっと成長してからの方が良かった。だが、残念ながら、その機会を待てるほど俺に時間は無い。もう来年には卒業だ。この機会を逃すわけにはいかない」


廊下をゆっくりと歩く男。

それは、数日前廊下でぶつかった男。

アーテルへ魔力を流し込んだ男。

学園第六位ルクス。


「すまない。これは私のミスだ。甘かったんだ。このようなルールになれば、学園の上位者も参戦して来るに決まっていた」


「イフが謝る必要はない。先輩と因縁があるのは俺だ。ありがとうディアナ、もう大丈夫だ」


アーテルは立ち上がり、制服を脱ぎ捨て身体を延ばす。


「先輩のそばには近づかないように、触れられたら死ぬ。俺が抑えるから、お前達は攻撃してくれ。俺を巻き込んでも構わない」


「わかった。それでは……学園六位ルクスとの戦闘を開始する」


イフの掛け声とともに、中庭に結界が張られる。

アーテルは芝生の上を駆け抜ける。

握りしめた拳で、ルクスを殴る。

難無く止められるが、繰り出される連撃。

角度をつけ、隙を突く、だが、それら全てが流され、躱され、弾かれる。

確かに体術においてアーテルは負けていないだろう。

だが、子供にとって年齢の差は、あまりに大きい。

アーテルの身体は宙を舞う。

着地して見えたものは、ディアナを狙うルクスの姿。


俺が抑える、そう言っただろう。

だったら、護って見せろよ。


アーテルはルクスの前に飛び出した、それが罠だと気付いた時には、もう遅かった。

アーテルが入れるように立ち止まったルクス。

その顔に浮かべる笑み。

ディアナのことなど狙ってなどいない、振り上げられた右腕。

アーテルの身体は、地面に叩きつけられた。


「レージ、やれ」


その時、地面に巨大な陣が描かれた。

地面が揺れ、バラバラになりながら宙へ浮かび上がる。

一つの岩に乗りアーテルはディアナと共に運ばれていく。

追いかけようとしたルクスの足元から、無数の剣が射出された。


さっきの氷じゃない。

地中の水を利用したのか?

まぁ、そんなことよりも、アーテルとの距離を離された、まずは邪魔者から始末するべきか。


イフとレージに標的を変え、ルクスは地を蹴った。

だが、背後からの攻撃にルクスはその場で防ぐこととなった。


「先輩、もっと俺に集中してくれよ」


傷の癒えたアーテルの姿がそこにはあった。


「だったら、掛かって来いよ。俺が他に気を取られないようなぁ」


ルクスは地面に手を触れる。

たちまち地面から湯気が立ち上る。

その異常性に気付き、イフとレージはディアナを連れてその場から離れる。

それに対しアーテルは、一直線にルクスに向かって突っ込んでいった。

突如、走るアーテルの靴が燃える。

その瞬間アーテルは、自身の靴をルクスに向かって蹴り飛ばした。


「な、あぶねぇな」


ルクスは咄嗟に靴を叩き落とすが、完全に距離を詰められてしまった。

燃えるほどの熱の中、二人の近接戦が始まった。


あぁ、熱い、痛い。

魔力で熱を遮断してるだなんて、羨ましいな。


あぁ、熱い、てかうざったい。

触れる度に魔力を奪っていきやがって、身体が焼ける。


互角の打ち合いの中、一瞬の溜めが入る。

それは技ではない、力である。

故に、体格に優れる者が勝利する。

アーテルの身体は後方へ飛ぶ。

着地したとき、周りは炎に囲まれていた。

逃げ場はない、ただ正面、ルクスの迫る方向を除き。


あぁ、これはだめだ。

もはや避けることはかなわない。

防ぐこともまた出来ず、先輩と殴り合うのが、一番長く生存できる。

最悪だ、魔術だけなら、攻撃手段が増えたというのに、体術まで混ぜられては、魔術へ対処している場合ではなくなる。

本当に、最悪だ。


向かってくるルクスの拳を、アーテルは正面から受けた。

そのダメージを最小限へ抑えるために、殴られるタイミングで後方へ飛ぶ。

だが、背後では魔術によって爆発が起こる。

その爆炎の、未だ続く爆発によってさらに吹き飛ばされ、壁は激突した。

だが、これは必要なことだった。

ルクスと距離を取るということが、必要だった。

空を何かが覆う。

中庭は一瞬にして暗くなる。

見上げるとそこには、大きな布があった。

中庭さへ覆う大きな布、そして、そこに描かれる巨大な陣。


「ごめんよ、遅れた。約束もしていないのだから許してくれ」


布の上から聞こえる声。


はぁ、本当に遅い。

戦いは長かった、話題性もあるのだから、生徒たちの間で広まっている。

お前を待ってた。

お前じゃなくてもよかったが、これだけ大掛かりな魔術を使ってくれるような奴を待ってた。


「それじゃあ、みんな吹き飛んじゃえ」


巨大な陣が光りだす。

狙いに気付いたルクスは舌打ちをして逃げようとする。

だが、それを逃がすはずが無かった。

上へ意識が向き、警戒が薄れる。

近付く瀕死の少年に、気付くことが出来なかった。

アーテルはルクスを押し倒し、馬乗りになって笑みを浮かべる。


「逃がすわけないだろ。ここで死のうぜ」


首を押さえ、力など入れさせず、立ち上がることなど、逃げることなど決してさせない。

それは太陽とも見紛う巨大な炎が、落ちてきていた。


「僕、魔力だけはたくさんあるんです。だからこういう、事前準備できるなら、僕結構強いんですよ」


そんな言葉は、ルクスの耳には届かない。

ルクスの上で笑うアーテルの姿に、唇を噛む。


「やってくれやがったなぁ。こりゃ俺の完敗だ。だが、お前も一緒だ」


「……そんなわけないだろう。死ぬのは、お前だけだ」


アーテルは左手を上へ向ける。

やがて炎が左手に触れると、その手を焼きながら、炎はだんだんと小さくなっていく。

そして、それに比例して、アーテルの魔力が増えていく。

炎が消えるとアーテルは、ルクスの首を掴む右手に、より一層力を込めた。


「ほら、吹き飛べ」


ルクスの右手が、爆発した。

それは先の魔術に使われた魔力と同等の魔力を、暴走させた爆発。

故にその威力は先の魔術以上。

爆発に指向性を持たせたものの、その威力と地面へ向かって放ったために、辺り一面を爆風が襲った。

立ち上る煙の中、一人立つ者がいた。

煙が晴れてくると見えたのは、両腕を黒焦げにした、アーテルであった。

地面に倒れるルクスは、もはや原型を留めてはいない。


「さすがだねアーテル。僕としては君を助けたい一心だったのだけど、まさかそのまま勝利しちゃうだなんて」


「……悪い、もう、無理」


アーテルはそう言うと、そのまま倒れた。

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