第7話 戦闘開始

教室に入った瞬間に、全てを理解した。


あぁ、もう始まっているのか。


学内掲示板に書かれていた、今日の授業がすべて中止され、学園の敷地内での魔術行使の許可。

そして、学園長の魔術領域が学園の敷地内全域に広げられた。

それはつまり、いや事実書かれていた。

死を許容すると。

このルールを取り付けたのがどちらかはわからない。

だが、このルールのおかげで、簡単に敵を倒せるようになった。

何故なら……。


教室内、アーテルへと手を向け魔術を発動させる少年。

そちらを向いて駆け抜ける。

飛来する水弾を避け、背後に回ると、少年の顔に回し蹴りを叩きこんだ。

少年の首は音を立てて曲がり、少年はその場に倒れる。

背後では、避けた水弾が壁を濡らしていた。


「即死だ。痛みは無い」


そう、人の命は、子供が背負えるほど軽くない。

誰かを殺す、その覚悟が出来ていないのでは、放つ魔術も不出来なものとなる。

このルール、じいさんなら許容しないはず。

確かにやる意味はある。

他国が攻めてきたときの防衛手段を、国は求めている。

容赦なく人を殺せる優秀な魔術師を、国は求めている。

だが、これでは死がトラウマになる。

だれも、死への恐怖に打ち勝てない。

戦うことすら出来ずに死んでいくのみだ。

王様には理解できない。

死の恐怖など知らない王様では、彼らの心は理解できない。

だから、俺が言わなければならない。

この子達の為に、戦う意志を与えなければ。


「死にたくないのなら戦え。死にたくないのなら、俺を殺せ。逃げ切れるとは思うなよ。生きたいのなら、俺を殺せ。必死に、全身全霊で生き残って見せろ。俺は、死んだ者も殺す。地獄を終わらせたいのなら、俺を止めてみせろ。さぁ、殺し合おうか」


これではまるで、力が全てを解決できるようではないか。

この教え方はあまりよくない。

だが、戦いの場である以上、他の方法は無い。

教室内には三十人ほどか。

出来るだけ早くに全校生徒に戦う覚悟をさせなければなんだが、六千人もいるとなると、なかなかに厳しいな。

しかしまぁ、まずはここにいる者の相手をしなければだな。

戦う覚悟の出来た者もいるようだし。


炎弾が、アーテルへ向かって飛来する。


良い魔術だ。

年齢からすれば上出来だ。

人を殺せる程ではないが、きちんと傷を負わせられる。

さて、俺としては、ここで魔力を消費させられるわけにはいかない。

ここを全て、体術のみで押し切る。


向かってくる炎弾を、アーテルは床に叩き落した。


「これで終わりか?」


アーテルの笑みに、皆が一斉に攻撃を開始した。

浴びせられる無数の攻撃魔術。

その全てを防ぎ切った。


「では、こちらから行くぞ」


魔力切れというわけではなさそうだ。

絶望でもしたか?

だが、後ずさる程度には体は動かせるようだ。

さて、十人ほどは逃がすとするか。

もっと多くの生徒に戦わせるために。


アーテルは教室内を駆け抜け、一人の生徒の胸を打った。

生徒はその攻撃に吹き飛ばされ、窓から外へと落下した。


逃げ道は何もドアだけではない。



詰み上がる死体の山。

床に溜まる赤い血。

机に座り足をぶらつかせながら、アーテルは息を整える。


流石はこの学園に入学した生徒だな。

まぁ、子供の肉体の性能がいまいちつかめないというのもあるが、十五人、予定よりも多く逃げられた。

まぁ、その分多くの人間が戦う意志を持ってくれると考えよう。

ひとまず、合流が先だな。


アーテルは教室を出て廊下を歩く。


ディアナがいつも迎えに来てくれるからどこの教室にいるか俺知らないな。

仕方ない、全部調べればどこかにいるだろう。


二つ目、三つ目と扉を開けて教室に入っては中にいる生徒と戦闘する。

何十人といる生徒を相手に連戦するアーテルは息が上がっていた。


まずい、この身体、体力が無さすぎる。

休み暇もなく次の敵のお出ましか。


アーテルはすぐさまその場から移動する。

先程までいた位置を炎が包み込む。


今度はキッチリ殺傷能力のある威力なわけだが……最悪だな。

最年長、正規の魔術師といっても過言ではない六学年か。

まともにやり合えば勝てない、なんてことは無く、俺の手管を知らない以上余裕で勝てる。


男の放った魔術に隙は無い。

速度も、威力も、範囲も、避けることはできず、当たれば死ぬ、素晴らしい魔術である。

だが、男はアーテルを過小評価してしまっていた。

アーテルが魔術師としてあまりに落ちこぼれであるという噂、その情報だけで判断してしまった。


「大量の魔力をありがとう。先輩」


男の放った魔術に、あろうことかアーテルは突っ込んできた。

そして右手で魔術に触れると、魔術が消えた。

勝利を確信する男にとって、それは、思考が硬直するほどに衝撃的なものだった。

無防備となった男の顔に蹴りを叩きこむ。

そこで男は反応してもう一度魔術を発動させようとする。

しかし顔を戻すとすでにアーテルはいない。

首に何かが触れ、背後から声がした。


「吹き飛べ」


巨大な爆発が、教室内で起こった。


「よし。これで使った魔術分も回復完了。それじゃあ、またディアナを探すか」




……この教室、随分静かだな。


「ディアナ、これはどういう状況だ?」


ディアナの周りに、他の生徒が跪いていた。


「あらアーテル。遅かったわね。けれど、ちょうどよかったのかしら。一応私を襲ってきた生徒全員の洗脳が終わったところよ」


満面の笑みを向けるディアナに、アーテルはため息を吐いた。


「ディアナ。洗脳するのなら、洗脳できているかはきちんと確認しろ。洗脳されていない者が紛れているぞ」


アーテルは一人の少年に歩み寄り、少年を押し倒した。

恐怖に青褪める少年の顔。


「あら、ホントだわ。随分と面白い子ね」


「……まぁ、努力はいいと思う。洗脳や魅了といった精神系の魔術の対策はまだ習っていないはず。それでも対処した君は、実に勤勉だと俺は思う。ただ、残念ながら今回は敵だ。お前には、死んでもらう」


アーテルは少年の首をへし折った。


「俺に頭脳戦が出来るほどの頭があれば、こんな事せずに済んだんだがな」


「人を殺すのは嫌?」


「当たり前だ。殺しが好きな奴は、もはや人ではない」


「でも、死んだとしても生き返る」


「死の経験なんて、するもんじゃない」


「よくわからない」


「そういうものだ。とにかく、イフたちと合流するぞ。何処に居るか知らないか?」


「んー……中庭の方で魔力を感じた」


「それじゃあ、そこに行くか」


二人は廊下へ出る。

そこは、アーテルが仕掛けた罠によって、死屍累々たる光景が広がっていた。

死体を避け、二人はイフたちの元へと急ぐ。

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