第6話 巡る思考

にしても、グリモワールか。

グリモワールの情報は少ない。

そも分権に乗っているような代物じゃないか。

なら記憶が頼りだが、グリモワールを使っていた者……ハンスは駄目だな。

グリモワールを同時に何十も展開するあの戦い方は、何の参考にもならない。

出は他には……ラヴクラフトか。

だが、一つの神話を創り上げた男の、自作グリモワールなど、参考になるはずない。

なぜこう俺の知り合いは異常な奴ばかりなんだ。

……あぁいや、一人いた、まともなグリモワール使い。

だが、彼女はシナーの部下であっても俺の知り合いというわけではない。

ただ、互いにそういう奴がいる、そう認識しているだけ。

戦っている姿を見たこともなければ、今になって見る価値があったことに気付いても、すでに遅い。

俺の転生は終わっている。


「ねぇ母さん。教えて欲しい事があるんだけど、今いいかな」


「あら、あなたが私に教えて欲しいだなんて言う日が来るとは思ってもみなかったわ。それで、何を教えて欲しの?」


野菜を切る包丁を止め、手を洗うと机につく。


「そのだな、天才との戦い方を教えて欲しいんだ」


「……なんで私にそれを聞くのかしら?」


その微笑みは少し怖い。

だがアーテルは臆する事無く話を続ける。


「だってお前は、俺の背を追い、俺の隣に立とうと、俺と戦い続けたんだろう?」


「まず前提が違う。私は天才リブ。自分で言うのは恥ずかしいけれど、歴史でそう書かれている以上私は天才として認識されているの」


「言っている意味が解らないんだが」


「私は天才なのよ。あなたとの間には大きな差がある。それでも私は天才なの。私が知っているのは、天才が、それ以上の天才を相手に戦う術。凡人が天才を相手に戦う術は知らない」


あぁそうか、リブは天才だ。

入学時にはすでに新たな魔術を創りあげるていた天才。

土台どころか、既に完璧なまでに積み上げられていた。

凡人とは祖茂前提から違う。

……リブが天才なら、リブを相手に戦えば……駄目だな。

リブが魔術を使えば王様に見つかる。

そうなれば俺の転生後の人生が……。


「はぁ。それなら仕方ない。じゃあリブ、グリモワールについて教えてくれ」


「さぁ?詳しいことは私も知らない。グリモワールについては、全くと言っていいほどに情報がないもの」


「そうだよなぁ。一応図書室や図書館で、本を読み漁っては見たが持ち主が現れた程度のことしか書かれてない」


対策も無しにギフトには勝てない。

……仕方ない。


アーテルは腕をまくりナイフを構える。


「何をする気⁉」


リブの声に少し驚く。


「刻印魔術だ。ただ、お前の創ったものは俺には使えないから改良させたものだがな」


睨んでくるリブに、ため息を吐いた。


「刻印魔術は本来、魔力を使い身体に字を刻む。刻まれた字は普段は見えないが、魔力を通すことで可視化され魔術の発動を可能な状態となる。だが俺にはそれもできないのでな。体にそのまま刻むことで回収した魔力に反応して勝手に魔術を使うようにしようとしたんだ」


これで説明になっただろう。


「まただ。お前は昔から何も変わっていない。蘇れるからと、何度も死を繰り返していたあの頃と、何も変わっていない。何度……私は後何度お前に自分を大切にしろと怒らねばならない」


自分を大切にしろ、その言葉の意味は理解できるが、死なないのならばいい。

それに、治癒の魔術を使えば傷も治せる。

勝利には必要だと割り切ればいい。

けれど、あぁ……好きな女を泣かせるような方法だったのなら、仕方ない。

他の方法を考えよう。


「わかった。悪かったよ。しかし、どうやって戦ったものか」


魔術は使えない。

相手の魔術を利用し爆発させるのが限界だ。

それで勝てるほど、甘い相手ではない。

体術を延ばすにしても、この体ではすぐに限界が来る。

魔術を防ぎながら近接戦で勝利出来るほどの体術は到底会得出来ない。

では諦めるか?

論外だ。

戦うのなら、最後の時まで勝利を諦めなどしない。

打つ手がないのもまた事実。

なら……感覚ではなく、脳で、知識で、魔術を理解する。

ギフトとの戦いにはまだまだ時間が…………。


「まずい、忘れてた」


「何が?」


「一年次だけでの戦いがその前にある。完全に忘れてた」


「それはいつあるの?」


「わからない。けれど、近い内だ。一か月と無い内に、大人数を相手に五人で戦わねばならない日が」


「あら、なら問題はないでしょう?」


「え?」


「だって、数に頼らなきゃいけないほどに弱い人が相手なんだから」


それは衝撃的な言葉だった。

考えもしなかった発想だった。


「あぁ、なんだ、簡単なことじゃないか」


まだ子供の魔術師見習い。

全て体術で終わらせられる。

今の段階なら、魔術への対策はカウンターで十分だ。

そして頼る、か。

最後の手段、奥の手を用意できそうだ。


「リブ、手伝ってくれ。久しぶりに、魔術師らしく研鑽を、研究を、発見をしようじゃないか」


イスを立ち、アーテルは笑った。


「難易度は前よりもずっと高い。二人そろって魔術が使えないんだからなぁ。だが、今回は二人いる。俺とお前がいれば、必ずできる」


リブの横に回り、手を差し伸べる。


「そうね。私たちには経験が、知識がある。そして感覚と知能の二つが揃った。ならきっと、不可能は無い」


その手を握り立ちあがると、少年に微笑んだ。

それは母親が子にみせる微笑みではなく、妻が夫に対し見せる微笑みであった。


あぁ楽しいな。

俺が望んだ日常ではないが、あぁ、とても楽しい。

そして、これから先が、とても楽しみだ

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