第5話 茶会

はぁ、わかってはいたが、そりゃ呼び出されるよなぁ。

学園内で爆発を起こしたんだから。

ただまぁ、すでに真犯人が捕まっていて同じ部屋で怒られることになるとは思わなかったが。


「してルクス、何故アーテルに魔力を譲渡した?」


椅子に座る老人、学園長が男に質問する。


「彼の魔力量があまりに少なかったので魔力を渡したのですが、あれが最大値だったとは。完全に私に非があったと思っています。アーテル君、すまなかった」


そう言ってルクスはアーテルに頭を下げた。


「謝る必要はないです。ミスは誰にだってあります。それに、俺を心配しての行動だったのでしょう?なら謝る必要はないですよ。それと、ありがとうございます先輩。優しいんですね」


アーテルはルクスの言葉に笑って答えた。


「そうか。当事者同士で話がついているのならばそれでよい。今回は、幸い怪我人も出ていないので、罰は無しとする。次はないから気を付けるように。特にルクス」


「わかってますよ、学園長」


二人は頭を下げて部屋を出て行った。


あいつ苦手だな。

性格も、戦い方も。

あれに勝つとなると、今以上に武術を極めなければか。

おもしろ……くないぞ。

これは日常じゃないだろう。

俺の求めた日常は、もっと静かで問題など起こらない、それこそ、問題が起こり解決していく様を蚊帳の外から眺めるような、そんな、ただの一般人を目指していたはずだ。

なのになぜ、俺は学年トップとの頭脳戦をしている。

なぜ、俺は学園トップに勝つ術を思案している。

……どうでもいいか。

俺は、何も難しいことを考える必要のない日常を過ごすのだから。




探偵は霧の中、少年を見つめ続けた。


「予想通りだ。アルバ、君は日常を手に入れることが出来ない。君は闘争を求める、勝利を求める、強さを求める。それが君の性。君が君である限り、日常は決して手に入らない」


探偵は煙を吐く。

謎の無い今を退屈に思いながら。




―――――⁉

視線?一体どこから?

……駄目だ。

俺が目指したものは、日常の中の一般人はこんな視線に気づかない。

なら、気付いていながら、気付いていないふりをするのが一般人なのか?

わからない、だが、一般人は危険に自ら飛び込まない。


アーテルは廊下を逃げるように走っていった。




「したいことがはっきりとしているが故に、君は君らしくあれない。今君が私を探し出していれば、君に降りかかる不幸はずっと少なくなったというのに」


探偵は仕事を果たしその場を去った。




「さて、此度の茶会。皆参加してくれるようだけれど、そのうちのどれだけの人間が私を失望させるのだろうか」


「さぁ?ただ一つ言えるのは、誰一人としてアーテルを警戒していないことだ」


「そうだね。格下の者の扱いが彼らの人間性を表す。実に楽しみなお茶会だ」


扉が開いた。




円卓を囲むは学年八位以内の生徒達。

豪華な装飾の為された椅子に腰を下ろす。


「おいイフ、部外者がいるがどういうことだ?」


机に肘をつく男がイフを睨む。

男の言葉に他の者達の視線がアーテルに向く。


「私が招待したからここにいる。おかしな点は無いと思うが」


「場違いだ。他に類を見ないほどの落ちこぼれ、我等とは釣り合わない。その上学園内で爆発を起こす問題児。この場に相応しくない、出て行け」


「……とのことだが、彼と同じように思っているものは他にいるか?」


イフの言葉に、他の者達が次々と男の言葉に賛同していく。


「そうか。では……出て行きたまえ」


「だとよ。出て行けよ落ちこぼれ」


男たちはにやにやと笑いながらアーテルを見る。

だが、アーテルは目を瞑り微動だにしない。


「何を勘違いしている?」


イフは優しく告げる。


「出て行くのは君達の方だ」


「…………は?それが何を意味するか分かって言ってるのか?」


「もちろん理解しているとも。君達を敵に回すのはなかなかに辛いが、友人を貶されて黙っていられるほど、私は大人ではない」


イフの顔から微笑みが消える。

その眼は、その声は、怒っていた。


「覚悟しておけ」


「その必要はない。私たちは……君達に勝つのだから」


「やってみろ」


男たちは席を離れ部屋から出て行く。

去り際に一言「後悔させてやる」と言い残して。


部屋に響く拍手の音。


「いやー格好良かった」


ただ一人、アーテルを貶さなかった者。

学年第八位、ナル。

彼は演劇でも見終わったかのように楽しそうに笑っていた。


「何故君は笑っている?」


「彼らのいい負けっぷりを見れたからね」


「まだ我々は勝てていないが?」


「勝つつもりだろう?」


「無論そのつもりではあるが……」


「じゃあ、僕にも協力させてくれ」


仲間になってくれないか、そう頼もうと思っていた。

それをこの男は、この先何をするのかも聞かせぬ内に協力させてくれと言ってきた。


「それはありがたいが、まだ何をするかも」


「彼らと戦う。そして勝利する」


「それがどれだけの難易度かを理解しているのか?」


「まさか。僕は天才じゃない。兄さんとは違う。僕には、何もわからない」


その微笑みは、どこか悲しげだった。


「では説明するが、おそらく、一年次のほとんどが相手につく。最悪、我々四人、君を合わせれば五人で、他の一年次を相手する必要がある。それほどまでに、彼らは下に人を作るのがうまいんだ。絶望的な戦力差、それを理解した」


「関係ないね」


男は立ち上がり、そして笑った。


「こちらには、最下位の者がいる。そして、その最下位の者を、友と呼んだ者がいる。それなら僕は、こちらにつくよ」


「……そうか、ならば良い。それでは、自己紹介から始めようか」


理解はできなかった、それでも、納得はできた。


「では私から。私はイフ……すまない、私は自己紹介が苦手なようだ。何か聞きたいことはあるかな?」


「イフ、俺たちを集めて、一体何をしようとしている?」


「何しようとしているか……そうだな、私の目標は、夏に行われる闘技会で第二学園に勝利することだ。無論、体育祭においても勝利を狙っている。まぁ、なんだ、私は勝利したいんだよ」


「それじゃあ次は俺だな。俺はレージ。目標って言われても、俺には特にないから……そうだな、イフの目標を達成させてやりたいかな」


「私はディアナ。目標……そうね……」


ディアナはアーテルの方を向いて微笑む。


「アーテルを私のものにしたいかしら」


「ディアナ、俺は君の友人にはなっても、君のものにはならないぞ」


「だから目標なの。必ず私のものにする」


「はぁ、ともかく自己紹介を続けるぞ。俺はアーテル。目標、と言うほどのものでは無いかもしれないが、俺は平穏な日常を手に入れたい」


「アッハッハッハ。それはまた随分と無茶な目標だ」


男は腹を抱えて笑い出す。


「普通であることは、それほど難しい事なのだろうか」


「あぁ、難しいよ。今の君にはもはや不可能だ。だって……普通の生徒は、学年一位の友にはなれない、学年二位に興味は持たれない、学年三位に欲しがられたりしない。一学年には千人ほどの生徒がいる。そのうちの九百人以上は普通だろう。けれど君はその九百人には入れない。それこそ、僕らの記憶を消すくらいしないとね」


だって、僕らはすでに君を知ってしまった。

だから、君がどれだけ普通を目指そうと、僕らは君と共にいようとするからね。


「それじゃあ、僕の番だ。学園一位の弟にして、天才になれなかった者。落ちこぼれの学年八位、ナルだ。目標は、打倒兄さんかな」


「な、学園一位の弟⁉」


「あぁ、そうだよ。ただ、僕の戦い方を見ても、兄さんの対策はできない。僕と兄さんじゃ、根本的なところが違う。選ばれた者と、選ばれなかった者の差は、とても大きいからね」


そう言って笑うナルは、十年近くも天才と比べられ、罵倒される日々を過ごしていたことを感じさせるほどに、その言葉に、その表情に、慣れがあった。


「力になれなくて悪い」


「なぜ、君が謝るんだい?」


「だってイフ、君は兄さんに勝つつもりでいるんだろう?」


「……あぁ。私は、この学園の頂点。天に選ばれた者。唯一人、グリモワールを扱うことの出来る者。君の兄であるギフトに、勝利したいと思っている」


「グリモワール?まさか、意思を持った魔導書のことか?」


「うん。兄さんは、そのグリモワールに選ばれたんだ。魔術の腕も天才的で、その上グリモワールまで手にしている。だから皆兄さんをこう呼ぶんだ。勇者の再来と」


勇者?


脳裏によぎる兄の姿。

だが、アーテルの、アルバの兄はグリモワールなど使わない。

グリモワールを使う勇者、それは、最強の勇者ハンスである。


グリモワールを使えば……無理だ。

と言うよりも、殆どのグリモワールはハンスが持っているうえ、残りのグリモワールを見つけ出せるかも、そして、グリモワールに選ばれるかもわからない。

それに、結局グリモワールも魔力を必要とする。

俺には使えない。


「自己紹介も終わったようだし、俺は帰る」


「な、まだこの先の作戦が決まってないのだが」


席を立つアーテルを、イフは呼び止める。


「あ~……好きに決めてくれて構わない。日常が手に入らないのなら、友人と無茶をするのも悪くない。その、なんだ、お前達となら、非日常も悪くない」


そう言ってアーテルは扉へと向かう。


「ただ、俺に過度な期待はするなよ」


アーテルはそう言い残し部屋を出て帰っていった。

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