第3話 友達
バシャッ。
……またか。
流石に毎日となると、無視し続ける訳にもいかないか。
それに、他の者には何やら避けられているようだし。
柱の影からこちらを覗く者に近付いていく。
思っていたよりも小さな少女だな。
「お前が、毎日俺にちょっかいかけてきていた奴だな?何が理由だ」
少女はお辞儀をすると、微笑んだ。
「あなた、私のものになりなさい」
「……意味が解らないんだが」
少女は目を丸くして、首を傾げた。
「説明になってない」
何を聞かれているかを理解して、ポンと手を叩くと笑って答え始める。
「あなたって、成績最下位でしょう?だから私のものになりなさい」
やはり意味が解らない。
「私の順位は知ってる?」
「学年三位。だが、別に優等生が劣等性をもの扱いできるとは思えないが?」
「えぇ、できないわよ。だからこれは、生徒たちが勝手にしていること。優等生は劣等性に身の回りの世話をしてもらい、劣等性は優等生に魔術を指導してもらえる」
少女は一旦息を整える。
「そして、優等生にいじめられなくなる」
「いじめられた覚えはない。まぁ、毎日水をかけてくる少女……マーキングが目的だったのか?」
「うん、手を出さないでねって」
彼女のものである俺を傷つけるのは、彼女との敵対を表す。
彼女と、学年三位と敵対したがる奴はいない、か。
「君のせいで、友達作りに失敗したじゃないか」
「それじゃあ私が友達一号ね」
「……従者じゃないのか?」
「なんで?」
「身の回りの世話をさせるんだろ?」
「あぁ、させる人がいるっていうだけ。私はあなたにそんなことさせない。私は、あなたと友達になりたいの」
「……はぁ、なんというか、甘いご主人様だ」
何だか関わるのはまずい気がするんだが、日常の中で起こる事件なんて、そう大きなものじゃないだろう。
「そう、それなら、しゃがんでもらえるかしら」
言われた通りにしゃがむアーテルの額に、少女はキスをした。
「私はディアナ。これからよろしくね、アーテル」
前言撤回、大問題だ。
それに、月女神に良い思い出がない。
運命なんてもはもう無いが、ウラノス、お前のせいじゃないだろうな。
「へぇ、ディアナは彼を仲間に出来たのか」
「あいつに目を付けられて逃げ切れる方がどうかしてるだろ」
アーテルとディアーナの様子を、上階の窓から見ている者達がいた。
「いいや、彼なら逃げ遂せる、というよりも、彼を捕まえられないと思ってた」
「お前が読み違えるとは珍しいな」
「私だってミスくらいはするさ。ただ、彼は異質だから、読み切ることなどできないと思っているよ」
「彼最下位だろう?だったら、馬鹿過ぎて理解が及ばないとかなんじゃ」
「そんなはずはない。彼は只の最下位じゃない。この魔術の学園に、魔術をほとんど使えない身で入学した。彼には、魔術以外の何かがある」
「その何かっていうのは?」
「わからない。わからないから、私は今困っているんだ」
「お前が困る相手って、あれは神か何かなのか?」
「ふむ、なかなかに良い例えだが、あれはどちらかといえば化け物の部類。それも、共にいる時間が長いほどにその異常性に気付かされるタイプの化け物だ」
「なら、関わらない感じでいいのか?」
「それが出来ればよかったんだが、ディアナの従者となった以上そういうわけにもいかない。関わるしかないのなら、敵としてよりも、味方として関わる方がずっとましだ」
「そうですか。にしても、彼可哀そうですね。一位と三位に目を付けられているなんて」
「おや、君は興味ないのかい?」
「それじゃあ訂正しましょう。トップスリーに目を付けられるなんて、彼はもっと可哀そうだ。それじゃ俺は、交渉でもしてきますよ」
手を振って部屋を出ようとする男を呼び止める。
「待て、その必要はなさそうだ。今、彼と眼が合った」
「ディアナ、今こちら見ていた奴らがいたぞ」
「えぇそのようね。それじゃあ、少し遊んでみましょうか」
「好きにするといい。俺はお前の従者なのだから」
二人は教室へと戻っていった。
放課後、アーテルはディアナに連れられ空き教室へ入る。
中で待っていたのは、中庭で目の合った男たちだった。
「やぁ、久しぶりだねディアナ。そして、初めましてアーテル」
「えぇ、久しぶりね。それで、何の用かしら」
アーテルの言葉を遮りディアナは椅子に腰かけた。
「私たちの仲間に……違うな。そうではなくて、私たちを仲間にしてくれないか?」
「あら、イフが下手に出るなんてらしくないわね。いったい何を企んでいるの?」
「企みなんてないさ。私はただ、君達と敵対したくないだけだ」
「とのことだけど、どうするアーテル?」
見上げてくるディアナの視線に応える。
「どうだっていい。ディアナの好きにしてくれ」
「そう、それなら……イフ、友達なりましょう」
その言葉に、イフは思案し始める。
「何か気になる事でも?」
……最悪だな。
アーテル一人いるだけで、完全に後手に回っている。
少し怖いが仕方ないか。
「いいや、何でもないよ。君達と友人になれて、私はとても嬉しいよ」
「えぇ、私もよ」
少し会話をした後、ディアナとアーテルは部屋を出て行った。
それを見送った後、イフは深いため息を吐いた。
「随分こっぴどくやられましたね。にしても、友達なんて関係でよかったんですか?」
「本当は仲間という関係としたかったのだが、粘ればなかったことにされてしまうのでね」
「しかし、ディアナの下につくだなんて」
「……友人とは友人のことだぞ」
信じられないものを見たように目を丸くする。
「え、いやそんな……ディアナがそんなこと言うわけ」
「言ったんだ。彼女は、今回裏に何の言葉も隠さないままに、友達と言ったんだ」
やはり彼女がそんなこと言うはずがない、ならば。
「それが、アーテルに出来る何かなんですか?」
「さぁね、まだ何もわからない」
「ディアナ、彼らは一体何を企んでいる?」
「何も企んでないって言ってたわよ?」
「そうじゃなくて……彼らには何か狙いがあるのだろう?目指すべき目標のようなものが」
「そうねぇ、あるとすれば……体育祭や文化祭みたいな校内行事。後は、夏に開かれる闘技会。この辺りで、他学年に勝利しようとでもしているんじゃない?」
「それを狙うなら、お前以外にも声をかけるべきだろう」
「そうね。けれど、友達百人作るのは簡単じゃないのよ」
アーテルに微笑みかけると、スキップして先へ行ってしまった。
友達百人、それは確かに大変だ。
俺はまだ、三人しかいない。
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