第2話 学園
春の日差し……なんてものがこの国にあるはずもなく、いつもと変わらず春夏秋冬なんてものを感じさせない日差しが照り付ける中、少年は学園に足を踏み入れる。
はぁ、入学は果たせたが、最下位か……最高だな。
あれだけの努力をして、誰にも勝てないだなんて、最高の気分だ。
あぁ、下から上を見上げるなんて、素晴らしい眺めだ。
はたから見ればおかしな人というほどに笑っている少年をひんやりとした感覚が襲う。
……これは、水だろうか?
左腕が濡れていた。
辺りを見れば、濡らしてきたであろう人物がいた。
ふむ、馬鹿だな。
その人物の背後にやってきた大人に肩を掴まれ、その人物は連行されていった。
魔術など使えば、すぐにばれるに決まっているだろう。
少年は無視して教室へ向かい再び歩き始めた。
しかし、何か気になることがあったのか、すぐに足を止め先の人物がいた場所を眺める。
首を傾げ、予想を口にする。
「……もしや今のが、いじめと呼ばれるものなのか?」
ふむ、しかし、苦痛を感じたからこそのいじめであり、俺に苦痛を与えるなど、無理だろう。
物理的痛みなら確かに感じはするが、この学園で物理的攻撃をバレずに行うなど不可能。
なら、今の様に水を掛ける程度のことしかできない。
精神的苦痛は、今更ないしな。
それに、いじめだったとしても、いじめという得難い経験を俺は喜んでしまうだろうから、いじめ足りえないんだよなぁ、残念。
ため息を吐いて、少年は再び歩き出した。
開けられている扉から教室に入る。
席は決まっていないので、扉から最も遠い端の席に座る。
これは……魔術も発展しているということか?
黒板の端に、机に描かれているものと同じ陣があった。
リブの作り上げた刻印魔術も、随分と形を変えたな。
いや、リブの刻印魔術が新しすぎたのか、よくもまぁ、古い陣と合わせられたものだ。
合わせたせいで弱化されてはいるが、この方が理解しやすいのか。
魔術について考察していると、扉から教師が入ってくる。
な……あの人まだ教師やってたのか。
昔見た赤髪の女性は年を取り、白髪が目立っていた。
……まて、彼女の最初の授業は確か。
「それでは、これから修練場へ行く。お前たちの実力を私に見せてみろ」
あぁ、やっぱりだ。
変わってないな、先生は。
しかし……戦闘はできればしたくないな、体術は目立つに決まっている。
広い広い修練場。
闘技場のような形状をしたその場所は、壁に無数の陣が描かれている。
その収束点には、さらに重なり合う陣がある。
懐かしいな。
俺が一番いた場所だ。
だが、随分と陣が増えたな。
利便性の向上を図るためと、刻印魔術によってできることが増えたからか。
「お前たちこちらに寄れ。真ん中には近づくな、怪我するぞ」
教師の声に、生徒たちは壁際に集まった。
教師はそれを確認すると、壁に、陣の収束点に触れた。
すると魔力を通された陣は光出し、魔術を発動させる。
属性は地、地形操作の魔術。
地面から、巨大な壁がせり上がってきた。
それは修練場の中央に、巨大な建物を創り上げる。
ただの四角い箱。
だが、その巨大さは箱と呼ぶには大きすぎる、もはや建物だ。
それも、かなりの巨大建築。
「先生、これは一体なんですか?」
生徒の一人が手を上げ質問する。
「説明するとも。あの中に私と共に入ってもらう。そして、私に全力を見せろ」
その説明に、同じ生徒が質問した。
「しかし、何故壁を?他人の魔術を見るまたとない機会だと思うのですが」
「あぁ、本来なら、この授業では生徒同士で戦闘をしてもらいたかったんだ。お前の言う通り、他人の魔術を見ることができる。そして、戦い方を見れば、そいつの性格も見えてくる。友達作りにはなかなか良い内容だったんだが、四十年ほど前、この授業を思いついてすぐに、全てを打ち砕かれた」
思い出しながら、失敗話であるはずなのに楽しそうに。
「その年は才能あるものが多かった。だが、二人いたんだ。才能ある者の中だというのに、ずば抜けた者が二人。一人は、あらゆる魔術を過去のものとした、刻印魔術を作り出した、天才リブ。そしてもう一人は、先の刻印魔術の影響を唯一受けなかった、最も魔法に近い、思いを形にする魔術の使い手、賢者アルバ。この二人があまりに強かったので、他人と比べることを助長しないよう魔術を見せないようにしている」
そこまで話すと、取り繕うように慌てて話をまとめた。
「順位制度は、順位を見たところで間にある差は見えないから、未だに残っている。さ、無駄話もここまでにして始める」
教師は建物の中に入ると、生徒を呼んでいく。
呼ばれた生徒は中に入り、疲れ切った表情で外へ出てくる。
順位で呼ばれているようだし、最下位の俺に回ってくるまで長くかかるな。
そういう面でも、他人の魔術が見られる方が良かった訳だ。
仕方ない、何を見せるかを考えよう。
出来るだけ良い印象を持ってもらえるように。
「次、アーテル」
名前を呼ばれ、修練場の中央に建つ建物に向かう。
最期の一人だと目立つかもと思っていたが、全員魔力切れで他を気にする余裕が無いのか。
生徒たちは、壁際で肩で息をしていた。
最初の方に呼ばれた生徒ですら、空の映る天井を見上げ、疲労回復に専念していた。
唯一つだけの出入り口を通ると、背後で地面がせり上がり完全に密閉する。
「さて、お前が最後なわけだが、私はお前と話してみたかったのでな、他の者よりも時間を取らせてもらう」
「えぇ、構いませんよ、それで」
「そう畏まるな。ここには私しかいないのだから、普段通り楽にして構わないぞ。それに私は、素のお前と話がしたいんだ」
……これは、気付かれているのか?
だが、素で話さなければならないということは変わらない。
「はぁ。それで、何を話すんですか?」
「まぁ、いいか。いやなに、聞きたいことがあったんだ。お前は何故魔術師になった」
なぜ、そう問われても困る。
俺は元々魔術師だったのだから、そこに理由など……。
「俺は、自分を手に入れたい。何者でもない自分は嫌なんです。だから俺は、俺という人間を手に入れるために魔術師になった」
「何故魔術師なんだ。向こうの学園に行けば、お前は自分を手に入れられただろう。なぜこの学園に来た」
「だって向こうには、あいつがいる。俺はここに来るしかなかった。それに、出来ることをするよりも、出来ないことに挑戦する方が楽しいじゃないですか」
アーテルの言葉に、教師は声を出して笑う。
「挑戦か、面白い。人よりも魔力が無く、大した魔術は使えない。魔術を使ったところで、魔力操作が出来ず当てられない。そんなお前の
「えぇ、見せましょう。ただ、俺の戦い方はカウンター。なので、俺に攻撃魔術を使って下さい。出来るだけ、威力の高いものを」
「……それは、この修練場の機能を知っているからか?」
「まぁ、学園長の魔術は有名ですからね」
「そうか。では、望み通り魔術を使ってやるが、後悔はするなよ」
「後悔なんて、俺はもう二度としない」
「よく言った」
右手を上へ向ける。
右手に文字が浮かび上がり光り輝く。
そして空中に巨大な陣が展開されると、同時に詠唱を開始した。
別種の魔術を同時にか。
これは過去に俺が見せたものだが、ものにしているとは思わなかったな。
この人もしかして、じいさんたちと同レベルの天才なんじゃ。
ただ残念なのは、じいさんたちと違って、不老じゃないこと。
この人には、あまりに時間が足りない。
そんなことを考えていると、空中の陣が甲高い音を鳴らす。
見上げると、別の陣が重なるように出現した。
空に向けた手を振り下ろす。
放たれる魔術は、火と水、燃える氷である。
あぁ、素晴らしい魔力量だ。
アーテルは手を合わせ、右手を魔術へ向ける。
アーテルの右手に触れた燃える氷は、砕けることなく、吸い込まれるように消えていった。
そしてアーテルは、その右手を教師へと向ける。
その手から放たれたのは、巨大な爆発。
襲い来る衝撃を障壁を張り対処する、黒煙で視界が遮られる中、アーテルの行方を捜す。
ポケットから石を取り出し、空中へ放る。
意志は方向を変え一直線に標的へ向かい飛んだ。
近付いてきたそれを、アーテルは右手でキャッチした。
な、これはルーン魔術か⁉
どうやってこの魔術に辿り、って今はそれどころじゃ。
キャッチした右手が燃え始める。
そして、アーテルは背後を取られた。
咄嗟に燃える右手で攻撃するも受け止められる。
だが火を消し、先ほど強力なものでは無いが再び爆発を放った
「…………負け、ですかね」
「そうか?私には、まだ余裕があるように見えたが」
「無いですよ、余裕なんて。この先にある全ての手が、相打ち前提ですから」
「別に相打ちでも良かったんだが、信条に反するか?」
「えぇ、出来ればしたくない」
アーテルは疲れた様子でその場に座った。
「ん、出ないのか?」
「聞きたいことがあるんでしょう?」
「あぁ、お前の使った魔術、あれはなんだ?見たことがない」
教師もまた、笑ってその場に座った。
「あれは魔術じゃないです。というか先生が言ったことじゃないですか。魔力は無く、魔力の操作もできないと。だから、手の届く範囲でしか魔術が使えないんですよ」
「ほぉ、それで、魔術じゃないというのは?」
「俺がしたのは魔力暴走による爆発です。先生が放った魔術を魔力に変換し、オーバーフローした魔術を暴走、爆発させたんです」
「では、お前はどんな魔術を使うんだ?」
「罠と、今使っている治癒ぐらいですかね。他の魔術も使えないことはないですが、使い物にならないので」
「まぁそれはいずれ見せてもらうとして、怪我も治せたようだし外へ出るぞ」
ようやく、疑われる可能性が最もあった実技突破。
ひとまずこれで、しばらくは安心して日常を過ごせる。
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