猫の夢を見ても、猫にはなれない。

架橋 椋香

猫の夢を見ても、猫にはなれない。





 科学者である浅井シェフ──彼は全ての文明はすべからく、人類がを食べて、生きていくために使われるべきだと、よく主張していたため、研究所の仲間にそう呼ばれていたのだ──は、その惑星は地球であると主張した。

 そして彼の推測通り、少女の住んでいる惑星は、と呼ばれていた。

 だが、その惑星は浅井シェフの住んでいる惑星とは異なるものだった。

 ほな地球とちゃうか。と、ならないのが浅井シェフだ。

 彼は、その惑星をと呼んでいるのは、その惑星に住んでいる生物だけであって、浅井シェフの住んでいる惑星での呼び名では牡牛座β星の第四惑星ではないかという論文を学会に提出した。


 彼の研究仲間は彼をわらった。その少女の話は、あくまで 物語フィクション であったのだ。


 無論、ただの 物語フィクション に現実を突きつけただけの彼の論文は認められなかった。


 浅井シェフは研究所に辞表を提出し、彼は顔のしわをまたひとつ増やした。


 結局、彼はその後、ファミレスのシェフとして働くことになったらしい。そのまま特に波乱もないまま──研究員時代の貯金が実は結構たくさんあったのだ──今もどこかのワンルームマンションで暮らしている。



「という、物語を聞いたことがあるんだ」

「そうですか」

「けっきょく、この物語は何を伝えようとしていたんだろうね」

「全ての物語に何かしらのメッセージが込められているとは思えませんが」

「そういうものかな」

「そういうものです」

 彼女が言うならそういうものなのかも知れない、と思って、浅井は──かつて仲間にシェフと呼ばれていた浅井は、立ち上がり、表に『社長室』と書かれた札のついている部屋を出るため、ドアノブに手を触れる。

 触れたところで後ろから呼び止められる。

「どちらへ?」

「ちょっとエクレアでも買ってこようと思ってね」

「エクレアが必要なら、私が行きますが」

「いいんだ、たまには外の空気が吸いたくてね」

「外の空気も、この部屋の空気も、変わりませんよ。この部屋にはわが社の最新機種の空調設備が整えられています。むしろ部屋の中の空気の方がきれいですよ」

「そんなこと問題ではないんだ。『空気がおいしい』なんていう表現があるけれど、その空気の『おいしさ』を感知する器官はどこなんだろうね。僕が帰ってくるまで考えておいてよ」

 大手空調設備メーカーの社長である彼は、今度こそドアを開け、歩き始める。


 浅井は廊下を少し歩いて、おそらく誰かがそうしておいたのだろう、社長室のある七階に停まっていたエレベーターに乗り込む。エレベーターは動きだし、そして唐突に止まった。


──なまの言葉。


 すぐに非常用電源が動いたおかげで、特に波乱もなく一階に降りることができた彼は、今もその大手空調設備メーカーの社長として、暮らしている。



「という、物語を聞いたことがあるんだ」

「そうですか























生きた証。」

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猫の夢を見ても、猫にはなれない。 架橋 椋香 @mukunokinokaori

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