第34話 復活

 救いの伝承はあっても、現実には食べていくことすら覚束おぼつかないその村の教会堂の広場に、ある日、驚くべき荷物が舞い込んだ。

 羊二百頭、山羊三百頭、豚百匹、そして鶏五百羽。

 麦百袋、ライ麦百袋、豆二百袋。

 果物の蜜漬五樽、砂糖百斤、蜂蜜十瓶、塩二十袋、丁子と胡椒の小袋が三十。

 葡萄酒二十樽、麦酒二十樽、醸造酒二十樽。

 羅紗の布地百反、絹地二十反、毛氈フェルトの生地二十反、色とりどりの刺繍糸二百巻。

 木製の食器、銅製の食器が積み上げられ、由緒ありげな銀食器の入った長持が運び込まれる。

 最後に、薪が三百束、当座の家畜の餌として、家の高さに積み上げられた干し草二山と屑雑穀百袋。

 次から次へと運び込まれ、積み上げられてゆく宝の山。

 狭い教会堂の前の広場は布地や食器、酒樽で溢れかえり、家畜などはほとんど、村の外に簡易の囲いを作ってそこに追い込んでおくしかなかったほどだ。

 目を丸くするばかりの教会堂の老司祭に、荷物を運んできた人足頭が告げた。

「一週間後、この村の教会で結婚式を挙げたいって言う、もの好きのお大尽だいじんがいる。この荷物は準備の品だから、村の者はみな、この品で披露宴と結婚式の準備を整えて欲しいとのことだ。式の日は五月十五日、新郎新婦は五月十四日の宵に村に入る予定だ。十四日の夜は披露宴を催したいって意向だが、翌日の式をより神聖なものにするために、十四日に教会の鐘を鳴らしたり、聖別されたもので儀式を執り行うことは止めて欲しいんだと。あと、料理の味付けは積み荷の調味料ですべて賄って欲しいんだそうだ。まあ、田舎風の香草風味が口に合わないんだろうな。たった二日の準備にこの荷物は多すぎるような気がするが、手間賃も込み、だそうだ。つまり余ったら村で好きに使って構わないって有り難い話だが、あんまりケチると依頼主の不興をこうむるから気をつけるんだな。ほかになにか訊いておきたいことは? ……とはいえ、俺も荷主に会ったのは一度きりで、今言った以上のことはよく知らないんだがね」

 人足頭は、見たところ二十をすこし越えた歳で、日に焼けた浅黒い肌と短く刈った黒髪が印象的な青年だった。

 歳は若いが、百人からなる人足を束ね、夜盗の横行はもとより各国の国境くにざかいを守る正規兵だとて、手頃な獲物と見ればあっというまに盗賊に変ずる街道を、干し草の山で高価な積み荷を隠していたとはいえ、たくさんの生きた家畜をつれて無事に荷物を届けた知力と胆力には、並々ならぬものがある。

 あまりのことに口をぱくぱくとさせるばかりの老司祭に代わって、堂守の少年が訊ねた。

「新郎新婦は、ご親族の方、ご来客の方、随行の従者の方々、併せて何名ほどいらっしゃるのでしょう?」

 最近めっきり腰の具合の悪い司祭に代わって、いつも村人たちの結婚式の準備をしている少年にとっては、ここが一番大切な情報だった。

 供宴の食事や酒の量がすくなすぎてもおおすぎても、怒られるのは彼なのだから。

「新郎側が親族一名、新婦側が親族数名、まあ、親族は両方合わせても片手で足りるほどだろうってハナシだ。あと、それとはべつに新婦の侍女と御者が一名ずつ。親族以外の客が来るってハナシは聞いてねえな。これだけのものを用意するお大尽が、たったそれだけで結婚式を挙げるってのは、ちょっと信じられねえが……まあ、俺はそう聞いている」

 少年はほっと胸を撫で下ろした。

 村人の数以上の人数が押しかけたら、村中の椅子を集めても椅子が足らず、結婚式に立ち見が出てしまう。

 それに、村には泊まって貰う宿もなければ、披露宴の給仕を頼む娘の数も足らない。

「ご結婚なさる方々のお名前は?」

 老司祭が口を開いた。

 生唾を呑み、乱れた呼吸を整えて、ようやくのこと、村のまつりごとを取り仕切る賢者らしい体裁が取り繕われた。

 賢者とは言っても、ただ、それなりに字が読み書きできるというだけのことだったが。

「新婦の名は聞かなかったが、新郎の名は聞いた。まあ、このバカみたいな荷物の荷主だからな。たぶん、この村の出身かなにかなんだろうが……」

 若くして村を出た若者が、立身出世を遂げて故郷に錦を飾る……そんな意図でもないかぎり、わざわざここで結婚式を挙げたがるやつの気が知れない……実際、そういう村だった。

 寂れている、などという表現では追いつかないほどの佇まいなのだ。

 騒ぎを聞きつけて教会堂に集まってきた村人たちも、みな善良そうではあるが生活苦から来る老いに老け込み、ぎを当てる布地もないのであろう、破れた襤褸ぼろをまとっている。

「ガルシア・アリスタ。この名に記憶は?」

 その名を聞いたときの老司祭のようすは、荷物を運んできた人足頭が「喉にものを詰まらせたみたいに、いまにも死にそうな」顔をしていたと、思わず心配してしまったほどの驚きようだった。

「どうしたんだい?」

 と、驚きのわけを訊ねる人足頭に、

「今日はほんとうにご足労だった」

 と、司祭は、おざなりにねぎらいの言葉をかけた。

 積み荷のうちから、人足たちが気分良く飲めるようにと酒樽を三樽、換金しやすい胡椒を一袋、謝意として人足頭に渡して追い返すと、老司祭は、生まれてからこれまでに見たこともないような豪勢な荷への興味と期待、これからなにがおこるのかという不安に広場に集まる村人たちに向き直る。

 そして、二百年前から代々、教会堂を守ってきた司祭と、村長が受け継いできた事実を、重々しい声音で告げた。

「ガルシア・アリスタ。それは二百年前、我らの敵を討つため、戦いにおもむいた我らが王の名じゃ。みな、よく聴け……一週間後、我らの王が凱旋がいせんなさるぞ!」

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