第七話 『想い』の力

 月海は、一歩店のなかに足を踏み入れた。そこは、月海がずっと気になっていたお店だった。店の中央にカウンターがあり、その周囲を四方八方、ぐるりと竹が取り囲んでいる。まるで、クリーニング屋さんのカウンターの周りを、ずらりと洋服が囲んでいるかのように。竹は、店のなかをぎっしりと埋め尽くしており、天井にまで届いている。店の床部分は、土になっており、こんがりと土の良いにおいがする。

「ごめんくださーい」

月海が言うと、奥から年老いた一人のおじいさんが出てきた。

「やあやあ。初めてのお客さんじゃね?今日はどうしたかのう」

「あの、かぐやのことでこの店にやってきました。『渡り人』のかぐやのことです」

「おや、まあ。かぐやの友達かね?」おじいさんは、目を大きく見開いた。

「はい、かぐやが今、悩んでいるんです。月に帰らなくちゃいけないって。でも、月に帰るのは、このミカドと離れ離れになるから嫌なんですって。ねえ、おじいちゃん、なんとかならないかな?」

「おやおや、かぐやが月に帰ると言ってるのかね?それは知らんかった」

おじいさんは、かぶりをふっている。

「あ……知らなかったですか?言っちゃいけないことだったのかな?」

月海は少しあわてた。

「いやいや。実はわしは、かぐやと一緒に住んでいるんじゃよ。おばあさんと一緒に、三人で暮らしておる。伝説のかぐや姫は、竹から生まれたと言われているが、かぐやも本当に、竹から出てきたんじゃ。竹のなかから赤ん坊が出てくるなんて、びっくり仰天じゃろう?それが本当に起こった出来事なんじゃよ。かぐやは、脚を折り曲げるようにして、竹のなかに入っておった。それはそれは、かわいい赤ん坊じゃったよ。わしらはかぐや姫の伝説を知っておるから、もしかして、と思って赤ん坊を大切に家に連れて帰ったんじゃ」

「うわ、まじで」

ミカドが大きく反応した。

「じゃあ、かぐやちゃんは本当にあの……かぐや姫なのか?」

そう言って、眉をひそめる。

「おそらくそうじゃないかと、わしらも思っておる。だから、月に帰ることになるかもしれないと、心の準備はしてきたつもりじゃ」

おじいさんは、こっくりとうなずいた。

「それに、どうも最近かぐやの様子がおかしいんじゃよ。だから、わしらもきたかな、と思っておった。かぐやは月を眺めては、泣き腫らすんじゃ。その理由は、今度言うとばかり言いおったが、やっぱりそう言うことじゃったんじゃな」

「おじいさん、どうにかならないかな?」

月海が再びたたみかける。

「これ、持ってきたの。学校で、かぐやのことが好きな男の子が、集めたアイテム。仏の御石の鉢でしょ、それから白玉の実の枝、火鼠の皮衣。竜の首に光る珠のかわりのすももと、燕の子安貝の代わりに、燕の糞。実は全部、失敗作なんだけどね、何かの役に立つかな?」

「うーむ、どれも古典のかぐや姫が押し付けた無理難題の賜物じゃな。でもやっぱり、本物を手に入れることはできなかったということじゃろう?」

「ふん、言っちゃえば、どれもがらくたってことだな」

ミカドがすましてそう言った。

「がらくたというわけではなかろう。これには、一人一人の『想い』が詰まっておる。『想い』はいつか、形になるんじゃ」

「じゃあ、このがらくたも、何かの役にたつかもしれないの?」

「まあまあ、がらくたというでない。きっと役に立つであろう。まずは、それをちょいと見せてくれんかね?」

「どうぞ」月海は、五つのアイテムが入った小箱を差し出した。

おじいさんは、虫めがねで一つ一つをよく観察している。

「うーむ、これらにはたしかに『想い』がたくさんつまっておる。かぐやを想う五人の心じゃ。ありがたいのう。ちょいとここから、『想い』を抽出してみよう」

「『想い』を抽出?」

月海とミカドは思わず顔を見合わせた。

「ちょいと奥に来てくれんかね?」

そう言って、おじいさんは小箱をもって、カウンターの奥へ入っていった。

月海とミカドも後を追う。

「この店は、竹にまつわることをなんでもやる店なんじゃ。竹細工を売ったり、竹を使って呪術を執り行うこともある。今からやることは、竹を使った呪術じゃ」

「じゅ、呪術……?」

「なあに、怖いことはない。五人のかぐやへの想いを集めるだけじゃ。きっとそれが、かぐやを人間界に引き止める力になる。ちょいと見ておれ」

そう言って、おじいさんは竹でできた流しそうめん機のような入れ物の前に立った。その入れ物は、五メートルくらいの長さで、所々カーブしており、先端には竹でできたかごが吊る下げてあった。

「いくぞ」

おじいさんはそう言って、竹のながしそうめん機に水を流し、一つ一つのアイテムを転がしていった。

「この水は、清水じゃ」

仏の御石の鉢、白玉の実の枝、火鼠の皮衣、すもも、そして燕の糞は、竹のなかをなめらかに流れていく。

清水によって洗われていったアイテムは、順に先端の竹のかごへ流れついた。

「ちょいと見ておれ」

おじいさんは、そう言って、流れついた五つのアイテムに左手をかざした。

すると、驚いたことに、五つのアイテムは、金色の粉に変化したのである。

「これが、『想い』じゃよ。五人が、このアイテムを集めた時に、かぐやに対して向けた愛情が形になったものじゃ。きれいじゃろう?」

おじいさんは、それをうれしそうに月海とミカドに見せる。

「きれい……」月海はそれを、うっとりと眺めた。

そして、おじいさんはその金粉を小箱のなかにしまった。

「これを、君のおばあさんに見せておくれ。『想い』は力になるんじゃ。かぐやが、人間界に残るための方法を、きっと教えてくれるはずじゃ」

「はい」

月海は、大切そうに小箱を抱えた。

「おじいさん、貴重なものを見せてくださり、ありがとうございます」

月海は、おじいさんにぺこりと頭を下げた。

「かぐやちゃんが人間界に残る方法を、一緒に考えてくれてありがとうございます」

ミカドもつられてお礼を言う。

礼を言った二人は、そろって店を出た。

「これをもっていけば、何か手がかりになるかもね」

月海はうれしそうに、ミカドに語りかけた。

ミカドはまだ、眉をひそめて神妙な顔をしている。

「でも、かぐやちゃんはあのかぐや姫なんだろう?そうしたら、シナリオ通りに月に帰っちゃうんじゃないか?食い止める方法なんて、本当にあるのか?俺、それが本当に心配なんだよ」

「かぐやは、現代のかぐや姫だよ。古典のかぐや姫と違って、学校にも通うし、携帯ももってる。だから、必ずしも同じシナリオをたどるとは限らないよ」

月海は、なぐさめになっているかわからないが、ミカドをなぐさめた。ミカドの想いを形にしたら、とってもきれいなものが抽出されるんじゃないかな?純粋な気持ちで悩むミカドの横顔を見ながら、そう思った。いいな、かぐや。いろんな人に想われて。想いの力が大きければ、月に飛んでいく時の重力になって、かぐやを地球に引き戻せるっていう、そういうお話かな?おじいさんが言いたかったことを、頭のなかで反芻してみる。とにかく今は、おばあちゃんの家に行ってみよう。いろんな人の想いを背負った今回の依頼、うまくいくといいな。そう思って、月海は足早に、黒紅の通りから、おばあちゃんの店へと歩を進めた。ミス・カポネの店へ行き、人差し指をあてて、あかがねの森を思い浮かべて。おっと、ミカドも、魔界の人なので、鏡のルールはちゃあんと知っていますよ。

鏡を抜けると、あかがねの森である。

ミカドもまさか魔界の人だったとは思わなかったけど、ここまで来れたのも頷ける。

月海やかぐやが『渡り人』だってことがバレるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたけど杞憂だったんだなと。

じゃあ、SMABの五人はどうなんだろう……。

彼らもある意味普通じゃないけど、普通じゃないってだけでただの人間なのかもしれない。

人間と魔界の人の区別というのは難しいけれども、元々その境界は曖昧なのかもしれない。

そんなことをいろいろ考えながらも、月海はともかくおばあちゃんの家に向かう。

森を抜けておばあちゃんの家に着くと、先客がいた。かぐやだった。

月海たちがおじいさんのお店でいろいろやっている間に、かぐやは学校を終えて帰宅して、おばあちゃんの家に相談に来ているようだった。

「かぐや、来てたのね」

「あ、月海!それに……ミカド君だ!」

「や、やあ。かぐやちゃん」

三人が顔を合わせると、奥からおばあちゃんが紅茶を煎れたポットをもってやってきた。

「あらあら、役者が揃ったようですね。どうぞお座りになって。紅茶でも飲みましょう」

お婆ちゃんは人数分のカップに紅茶を入れる。テーブルの真ん中にはクッキーが並べてある。きっとお婆ちゃんの手作りだろう。

全員席についた。月海はおじいさんから拵えられた金粉をお婆ちゃんに見せながら、報告した。

「五つのアイテムを集めてきたよ。集めてきたって言っても、全部失敗作だったんだけど、黒紅の通りで出会ったおじいさんに呪術で金粉に変えてもらったの。この金粉は、みんなの『想い』が詰まっているんだって」

「おやおや、よくやりましたね。えらいですよ。『想い』を取ってきたのですね」

「おじいちゃんに会ったの!」かぐやは身を乗り出して言った。

「うん、会ったよ」月海は答える。

「おじいちゃんは私を拾ってくれて、育ててくれたの。それに、お爺ちゃんは不思議を作り出す力があって、呪術で竹から金を作り出したりするの。それでお金持ちになれたんだって」

「そうなんだー」

「ごほん」

おばあちゃんは咳払いをする。

「さて、ようやく全員揃いましたね。私が注文しておいたアイテムも集めてきたみたいですし。それでは本題に入りましょうか」

「本題って、どういうこと?アイテム集めが課題だったんじゃないの」

「いいえ、違います。アイテム集めはほんの準備運動のようなものです。ここからが大事になりますよ。よく聞いてくださいね」

三人は息を呑んだ。

「今月の十五日まであと二週間。月から使者が来ます。かぐやちゃんを迎えにね」

「ええ」かぐやは神妙な面持ちで頷く。

「彼らは魔力をもっていますから、人間界の力でどうにかしようとしても無駄です。このままではかぐやちゃんも連れて行かれてしまうでしょう」

「え、この『想い』でなんとかなるんじゃないの?」

月海は不思議そうな表情を浮かべながら言った。

「そうです。『想い』にはかぐやちゃんを月の魔力を斥けて、地球にとどめてくれる引力があります」

「へえ〜」

なるほど、思った通りだった。一同、感心する。

「地球や他の惑星には重力がありますね。惑星のように大きな物体にはわかりやすく強い引力がはたらきます。ですが、小さなモノにもわずかですが引力のようなものがあるのです。それは物質だけに限りません。人の『想い』というものにも引力というものがあります」

不思議な説明のように思えた。だけど、お婆ちゃんの言うことにはどこか説得力を感じる。

「魅力的な人には興味を惹きつけられますよね。だけど、容姿だけじゃありませんよ。たとえば、気持ちが動かされる声や言葉、表情や仕草など、形には見えない抽象的なものにも惹きつけられるものなのです。そういうものが全部引力なのです」

月海たちは、納得した。と同時に、素敵な話だと思った。

人の心にも引力がはたらくなんて。人の『想い』は人を惹きつけるんだ。

「ですが、まだまだこれでは弱いのです」

「そんなぁ……。じゃあどうすれば」

お婆ちゃんは少し間を置いて考える仕草をした。数秒後、口を開く。

「そこで、かぐやちゃんへの『想い』をもっと集めてほしいのです。みんなで想い出をつくってください」

お婆ちゃんは月海、かぐや、ミカドの手を握り合わせた。

「みんなで力を合わせれば、素敵な想い出がつくれると思うわ。それに、ミカドくん、と言ったかしらね。あなた、かぐやちゃんのこと好きなんでしょう?」

「は、はい……」、ミカドは頬を赤らめる。

「だったら、ぜひともこの二週間のあいだに想い出を作ってあげて。そうやって集まった想い出が溜まれば、きっとかぐやちゃんを地球に引き止められます」

「わかりました!」

ミカドは恥じらいを見せつつ、張り切った声で返事をした。

あと二週間、なんとか想い出づくりをしなければならない。

紅茶をすすりながら、かぐやは何かを閃いたようだ。

「そうね、じゃあミカドくん。せっかくこうやって会えたわけだし、今度の放課後、デートに行かない?そうすれば、いい想い出づくりになるわよね」

ミカドはぎょっとしながら、答える。

「ええ、いいですよ。本当にいいんですか?」

「もちろんよ。あなた以外に適任はいないわ。これから二週間、いーっぱい想い出を作るの!」

かぐやは鼻歌混じりにクッキーを食べている。こんな状況だというのに、気分は不思議と明るそうだった。

そう、これから楽しい想い出をたくさんつくろうっていうのだから、楽しみになるのも無理もない。

魔女の修行ってこんな感じなんだと、月海も楽しくなってくる。

紅茶を飲みながら、二人はデートプランを立てていた。

まず先に出たのは、自転車で少し走った先の、竹林が生茂るお寺に行きたいという話になった。景観がよく、静かで涼しく、抹茶とお菓子が食べられる。何より、竹林というところがかぐやのルーツに何か引っかかるものがあるのだろう。

デートか……、月海はなんだか二人をちょっぴり羨ましいと思った。私ももっと大きくなったら、男の子とデートするのかな。もしかしたら、かっちゃんと一緒にデートするのかな。いや、まさかね。などと、そんなことを考えていた。

他にも、電車で二、三駅行った先の、港町にも行きたいという話になった。そこでは映画を観たり、ショッピングをしたり、観覧車にも乗れたりする。おいしいカフェやレストランだってある。

とにかくいろんなことをして、楽しんで、『想い』を集めなきゃいけない!

月海は二人が最大限楽しめるようにサポートするつもりでいた。ちょうど、この間学校で出会ったSMABのメンバーとも携帯番号を交換していたので、彼らにもちょっと協力してもらおうと、水面下で動くつもりでいた。お婆ちゃんが言うには、二人を結びつけるのも立派な魔女のお仕事なのだそう。いろいろプランはある。彼らもきっと快く協力してくれるだろう。

どうなるのかは、お楽しみ、お楽しみ。

かぐやとミカドが、デートの日程を決めて、レストランを出ると、おばあちゃんと月海の二人だけになった。月海は、おばあちゃんと二人だけで話したい気分だ。いろいろ聞いてみたいこともある。

「ねえ、おばあちゃん、『渡り人』って、いつかは自分の世界に帰らなきゃいけないの?」

「そうとも限らないでしょう。行ったりきたりすることもできますよ。でも、どちらかに居場所を決めなくてはならない『渡り人』もたくさんいます。おばあちゃんは、そういう『渡り人』をたくさんみてきましたよ」

「そうなんだ……かぐやはどうなるんだろう?」

「それは彼女の運命ですからね。こちらでできる限りの努力はして、その先は見守っていきましょう」

「かぐやは、初めてできた魔界のお友達なの。だから、もっとこれから仲良くなりたいな。月に帰っちゃうなんて、なんだか寂しいいよ」

「月海ちゃんのその心も、『想い』につながっていきますよ」

「うん。かぐやはね、いろんな人にたくさん想われてるの。時々、それがいいなって思うこともあるよ」

「彼女は、人を惹きつける力がありますよね。なんというか、生命力に満ち溢れているというか……でも月海ちゃん、あなたにも人を惹きつける力、ちゃあんとありますよ。人は必ず誰かをひきつける。それは、数じゃないんです。その人が存在する限り、その人を大切に思う誰かが、必ず現れる。おもしろいですね。人間世界って、そういうふうにできてるんです」

「私にも、人を惹きつける力、ある?それはうれしい」

「おばあちゃんは、大いに月海ちゃんに惹きつけられています」

そう言って、おばあちゃんは目を細くして笑った。

「おばあちゃんも、私を惹きつけているし、たくさんの『渡り人』を惹きつけているよ」

そう言って、月海はおばあちゃんに抱きついた。今日は、大切なことをたくさん学んだ一日だ。想いの力って、思った以上に大きいんだ。それは時に、引力になって、その人の居場所を決めてしまうほどに。

「さあ、今日はもう遅いから、泊まっていったらどう?お母さんには、電報を打っておきますよ」

「うん、そうする!この木の家、大好きだから」

夜----月海は、ベッドに入ってからも、なかなか寝付けなかった。かぐやとミカドは、どんな想い出を作ってくるんだろうか。きっと、ミカドのまっすぐな想いは、かぐやに届くだろう。それは、SMABの金粉のように、美しいものなのだろう。そんなことを考えていると、月の光が窓から差し込んでいるのが見えた。窓の外では、フクロウも鳴いている。おとぎ話のような空間を前に、月海はおもわず枕をにぎりしめた。すると、すっと心が落ち着いて、夜のまどろみのなかに、月海はふんわりと落ちていった。






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