第八話 笹の葉デート

      --------ここからは少し、ミカドとかぐやの物語--------


 ん……朝の光がまぶしい。いつの間にか、朝がきている。ミカドはテーブルの上におかれた目覚まし時計を見る。五時五十分。いつもは、目覚まし時計がなってから、いやいや起きるのに、今日は十分も早く、自然と起きた。それもそのはず、なんたって今日は、かぐやちゃんとのデートだから。パチっと覚めた目で、洗面所に向かい、歯を磨く。ワックスをつけて髪を整え、髭剃りを念入りに行う。 

 容姿端麗と言われ、数多くのファンをもつミカドだが、かぐやの前では急に自信がなくなってしまう。なんたって、かぐやの容姿の美しさは、群を抜いているからだ。白い肌に、切りそろえられた前髪。腰まで届く漆黒の髪。長い睫毛に、筋が通った鼻。切れ長の目は、どこか風情があり、見るものを優しく包み込む。隣のクラスに、特段の美女がいると聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。ミカドは、かぐやを初めて見たその瞬間、稲妻に打たれたかのように、その美しさに見惚れてしまった。もちろん、そんな出会いを果たしたら、人は誰でもその美女と話してみたいと思うだろう。仲良くなりたいと思うのがふつうである。ミカドも御多分にもれず、かぐやと話す日を恋こがれた。しかし、その日はなかなかやってこなかった。何しろ、クラスが違うので、接点がない。同じ授業を取ることもなければ、ミカドが入ったサッカー部にも、彼女はやってこなかった。ただ、授業の移動の際に廊下ですれ違ったり、登下校中にちらりと見かけることはあった。今日こそは見かけたら話しかけるぞ、と思っても、なかなかその勇気がわかない。今まで数多くの女性を夢中にさせてきたミカドだったが、自分から女性にアプローチしたことは一度もなかった。まだ若干の高校生。こんなに恋焦がれたことはなかった。タイミングを見計らって話しかけようと思っても、かぐやも人気者のようであり、常に友人に囲まれている。そんな日々が続くこと、早二ヶ月。自分がモテると自負していたミカドは、女性に振り向いてもらうことがこんなに難しいとは、思ってもいなかった。このままだと、何も起きずに終わってしまう……。頭をひねらせたミカドは、ついにアクションを取ることにした。もちろん、話しかけることなんて、できない。せめても、できることといえば、手紙を書くことだ。手紙を、かぐやの靴箱に入れておくことに決めた。内容は、和歌を書くことにした。いきなり長文を書くと、引かれてしまいそうで、彼女にしたためた想いを、限られた文字数で表現することが、適切であると思った。彼女は、どこか日本の古典的美を称揚しているような、古風な雰囲気をまとっているため、和歌も通用するのではないかと思った。

「よそのみに 見ればありしを 今日見ては 年に忘れず 思ほえむかも」

(遠くに見るだけだった以前だが、今日見てからは年ごとに忘れずに思い出すだろう)

鳳凰院ミカド

こう書いた、一通の便箋を、放課後皆が帰った後の学校で、かぐやの靴箱に入れておいた。手は汗ばみ、心臓は高鳴り、ドクンドクンという音が、よりリアルに聞こえた。恥ずかしさと、もうどうとでもなってしまえ、という気持ちが入り混じりながら、ミカドは走って学校を後にした。

 そして、数日後----。ミカドが下駄箱をあけると、ピンク色の小さな便箋が入っていた。ミカドは急いでそれを開けた。そこには、はっきりとした綺麗な字で、「むぐらはふ 下にも年は 経ぬる身の なにかは玉の うてなをも見む」

(このようなむさくるしい住まいに、長年すごしてまいりました私ですもの、どうして今さらおともをして、玉の御殿へなどまいれましょうか)

星野かぐや

それは、天からの贈り物かのように感じられた。和歌に詳しいミカドはすぐに気づいたのだが、それは竹取物語で、かぐや姫が帝に交わした和歌と一致していた。かぐやという名前だから、意識したのだろうか?その時は、特段気にとめなかったが、それはたしかに竹取物語から拝借したものだった。

かぐやちゃんも、和歌が詠めるんだ……。和歌なんて送ってくるなんて、変わったやつだたんて、相手にされなかったらどうしようかと思っていた。それに、返信がくるとは思ってもいなかった。やっぱり勇気を出してよかった。それにしても、かぐやちゃんは、どうして僕の靴箱を知っていたんだろう?かぐやちゃんは、僕のことを知っているのだろうか?

それからというもの、二人は手紙のやり取りをするようになった。和歌をしたためる時もあれば、自己紹介を兼ねて自身のことを語ったりと、内容は自由に書いた。

 そして、ある日----。かぐやとミカドは、お昼休みに廊下ですれちがった。

「あなた、鳳凰院ミカドくんでしょう?」

歌うような声だった。

「そ、そうです。星野かぐやさんですか?」

「ふふ、知ってるでしょう?いつも、お手紙ありがとうございます」

そう言って、彼女は通り過ぎていった。それが彼女と交わした初めての会話だった。ミカドの心臓はまたドキドキと高鳴った。しかしそれは、心地よいドキドキだった。顔を真っ赤にしたミカドは、にやにやとしながら、教室に戻っていった。

 ----かぐやとの文通の始まりを回想しながら、朝食をとり、着替えて、家を出た。今日は夏休みだから、部活の練習のみのスケジュールだ。そして、放課後にはかぐやちゃんとのデートが待っている。楽しみだ。


 放課後----。校門で待ち合わせしている。部活の練習が長引いて、少し遅れてしまった。かぐやは、すでに校門の前に立っていた。制服のセーラー服を着た彼女は、満遍の笑みで応えてくれた。うれしい……!

「ミカドくん、自転車どこにおいてる?」

「そうだ、自転車で竹林の寺に行くんだよな。あっちにおいてあるよ」

それぞれの自転車を取りに行き、自転車にまたがる。

「じゃ、行こう」

一本道を心地よい風に吹かれながら、走る。ミンミンミン、というセミの鳴き声が、二人を祝福するファンファーレのように聞こえる。しばらくすると、竹林が見えてきた。自転車を止めて、境内に入る。

竹はすっと空に向かって伸び、上の方では笹の葉が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。竹のすき間から見える、青い空がまぶしい。太陽の光が、木漏れ日となって、差し込んでいる。

「たくさんの竹。何本くらいあるんだろう?竹があると、いくらか涼しいね」

かぐやが嬉しそうに微笑む。

「千本くらいはあるんじゃないか?ここは一種の避暑地だよな」

「ふふ、良いところに来たでしょう。私ね、竹って見てるとすごく落ち着くの」

そりゃあ、そうだよな。かぐやちゃんは竹から生まれたんだから。と言いそうになって、口をつぐむ。この間聞いたことは、本当だったのだろうか?こう見ると、ふつうの、ちょっと美人な、いや、とっても美人な女子高生と何ら変わりないが、かぐやちゃんは、あの伝説のかぐや姫なのだろうか?

「あの、竹から生まれたって、本当?」

つい聞いてしまった。

かぐやは振り返り、ミカドをじっと見つめる。

「私もよく覚えてないの。でも、おじいちゃんがそう言うの。ちょうどここの近くの竹林で見つかったみたい」

「かぐや姫伝説の話は、本当なのか?」

「……私、物心ついた時から、この世界の人たちと、自分はなんとなく違うって感じてた。人間とも違うし、魔女とも違う。でも、自分が何なのかは、わかっていなかった。ある日、月を見上げると、月の人たちとテレパシーが通じたの。月の世界の記憶がまざまざとよみがえってきて。その日から、自分が月の世界の者だということがはっきりわかった。自分と同じ月に属する人には会ったことがなかったから、ずっと寂しかった。そんな時に、月海のおばあちゃんのレストランを知って。自分が『渡り人』だって知って、安心した」

自分だけが、周囲と違うという感覚はどんなものだろう、とミカドは思いを馳せた。

「月の世界の人は、この世界にはいないの?」

「少なくとも私は会ったことがないよ」

「そうか。それじゃあ、一人で不安だったよな」

「うん……」

かぐやは、わかってくれてありがとう、というようにこちらを見た。

「自分が月の世界の人ってわかった時って、どんな感覚だったの」

「しっくりきたの。自分が月にいることが想像できた」

「帰るのか?月に」

「うーん、あまり帰りたくないかな」

そう言って、かぐやは顔を赤らめた。

「私、この世界で出会った人がすごく好きなの。こうやってお出かけしたり、みんなで放課後にアイスを食べたり、誕生日を祝ってもらったり。おじいちゃんとおばあちゃんも好き。この世界で、アウトサイダーとして生きることは、少し寂しいけど、それ以上のものを私はこの世界からもらった」

「月にいる時の方がしっくりくるけど、やっぱりこの世界にいたいのか」

「そう、矛盾してるかもしれないけど」

「それって、おばあちゃんが言ってた『想い』の力なのか?」

「きっとそうだと思う。私がみんなを好き、という『想い』が、私をこの世界に惹きつける」

「なるほど……」

ミカドは、目をつぶり、腕をくんで考えた。

かぐやは、この世界でたった一人で月の国の住人として暮らしている。それは時に孤独を伴う。しかし、かぐやはそれを覚悟の上でも、出会った人々との時間を大切にしたいと言っている。ミカドは、自分の気持ちを正直に伝えようと思った。

「かぐやちゃん、俺も、かぐやちゃんにこの世界にいてほしい」

「ありがとう。私も、ミカドくんと出会えてうれしい。お手紙くれたの、うれしかった。月に帰りたくない」

そう言って、かぐやは涙を流した。

ミカドは突然の涙に少しびっくりした。かぐやがこんなに、月の世界とこちらの世界の狭間で思い悩んでいたなんて……。

さらに驚いたことに、かぐやの涙は虹色だった。透き通った綺麗な虹色の涙に、ミカドは心を打たれた。

「かぐやちゃん、涙が虹色だよ」

「本当?」

そう言って、かぐやは涙をぬぐった。

「本当だあ。宝石みたい。なんで虹色なんだろう?」

「『想い』の力だよ。この世界では、『想い』が色になって見えるんだ。SMABの想いは、金粉に変わった。かぐやちゃんの想いは、虹色になったんだよ」

「『想い』の色か。私の『想い』は、カラフルな虹色だから、楽しい想い出がたくさん詰まってると思うの」

そう言って、かぐやはふふ、と笑った。

その後は、お寺に向かい、抹茶とお菓子を食べた。夏の放課後、こうしてかぐやちゃんと風情を感じる場所で、一緒に涼めるのがうれしい。かぐやちゃんも、そう思ってくれているだろうか?それはわからない。でも僕は、今日かぐやちゃんが流した涙の色を、ずっと忘れないと、そう思った。




























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