第六話 プリンセス・かぐや/ザ・ファースト・渡り人

ちゅんちゅんと雀が泣く。窓から朝日が差し込んで少し眩しい。

そんな朝、月海は目を覚ました。ベッドから起き上がって、そそくさと支度をする。

今日もおばあちゃんの家に行く日だった。初めておばあちゃんの家に行って以来、定期的に通うようになった。

バスケットかごにパンとお弁当を詰めて、今日もしゅっぱーつ!

自転車に乗って、黒紅の通りへと駆けていく。ミス・カポネの家に入って、鏡を抜けていくとそこはあかがねの森。いつ入ってもほんのり明るくて、まるで桃源郷のよう。

鳥の鳴き声に耳を澄ませつつ、透き通った風の匂いを嗅ぎながら、お婆ちゃんの家へと向かって行った。

おばあちゃんの家に着くと、話し声が聞こえる。どうやらお客さんが来ているようだった。

「そう、帰らなくちゃいけないのよ。困ったわ……」

神妙そうな面持ちでおばあちゃんに語りかける少女がいる。この世のものとも思えないくらい美しい姿をしている。

「今月の十五日、月からお迎えが来るの。彼らは魔力をもっているから、普通の人間がどう抗っても無駄なの。まだ帰りたくないんだけどなぁ……」

そう憂いに満ちた表情を浮かべる最中、月海がそっと家の中に入ると、お婆ちゃんとその少女は同時に私の方に顔を向けた。

「あら、月海ちゃん。いらしたのね。あがっていって」

おばあちゃんはそそくさと何かの支度を始めるようだった。

「こんにちは、はじめまして」

少女は恭しく挨拶をした。聞くとこの少女の名前はかぐや、まるで日本の古典に出てくるのと同じ名前だった。

「あなたももしかして、『渡り人』?」

「そうなの!かぐやさんも『渡り人』なんですよね?」

「かぐやでいいわよ。星野かぐや」

自己紹介を終えると、おばあちゃんがリンゴやブドウなどたくさんの果物が入った籠をもってやってきた。

「さあ、お二人さん。おいしい果物をお食べ。ご相談なら食べなから聞きましょう」

「ありがとう」と言って、月海は席に着いて、赤く熟れたリンゴにかじりついた。なんとも甘くてみずみずしい味だ。美味しかった。

「かぐやちゃんはね、この世で最初の『渡り人』になるの」

お婆ちゃんは語りはじめた。

「え、『渡り人』って何世代も前からいるんじゃないの?」

「ええ。だけど、かぐやちゃんは『渡り人』としてこの世に生を受けてから、どうやら竹の中で何千年も眠っていたようなの。とにかく、かぐやちゃんは年齢的には月海ちゃんよりもちょっと年上の高校生なのですが、何千年も前から存在しているのですよ。そう、ファースト・『渡り人』なのです」

なんと!これは驚いた。やはり黒紅の通りを抜けてここまで来ると不思議がいっぱいなのだな、と月海はワクワクが止まらない。

何千年も前の人が現代に生きているなんて、きっと古典のかぐや姫は別の世界線のかぐや姫の話で、きっとこちらの世界線ではかぐやはおじいさん、おばあさんに竹を見つけてもらえずにそのまま現代にまで来てしまったのだろう。それで、現代で発見されて、今ここにこうしているのだろう。

かぐやは再び話しはじめた。

「それでね、私、いま文通している相手がいて、ミカドくんって言うんだけど、彼ともっと仲良くなりたいの。なのに、もうすぐ帰らなくちゃいけないから、どうしようかなと思ってね」

十五日に月から迎えがきて、帰らなくちゃいけないという話まで古典とそっくりだった。お婆ちゃんが口を開く。

「そうですね。方法はあります。月に帰らない方法というわけではないけれども、月に帰ってもまたこちらの世界と行き来できる。そんな方法がありますね」

かぐやはテーブルに身を乗り出す。

「本当に!是非教えてほしいわ」

「いいですよ。まず五つのアイテムを集めてくるのです。ここにメモがありますからそれをご覧なさい」

月海とかぐやは、お婆ちゃんが差し出したメモを覗き込んだ。


①仏の御石の鉢

②白玉の実の枝

③火鼠の皮衣

④竜の首に光る珠

⑤燕の子安貝


「月海ちゃん、魔女としての修行のはじまりです。この五つのアイテムを探してきてください」

魔女の修行が始まる……、月海にとって身が引き締まる思いがした。

「月海ちゃん。一緒にがんばろうね」

かぐやは微笑みながらそう言った。

「うん。で、どこにあるの?」

月海は訊いてみた。

「月海ちゃん。探すのも全部自分たちでやるのよ。それができてこそ魔女の道の第一歩なのですから」

なるほど、と月海はさしあたり納得した。

「行きましょう。きっとなんとかなるわよ」

かぐやはそういって家から出ようとした。月海もそれに続く。

「お婆さん、ありがとう。相談に乗ってくれて」

かぐやは深くお辞儀をして、家の扉を開けて外に出た。

さて、と。手がかりのないまま五つのアイテム集めを始めた月海。とりあえず、ミス・カポネに尋ねてみることにした。

「私は知らないわよ。そうね、そういうのは案外、身近に起こることのなかにヒントが隠されているかもしれないわ」

そうとだけ言って、私はアイテムが書かれたメモを突き返された。

かぐやが口を開く。

「そういえば、ミカドくん以外にも、学校で私に交際を申し込んでくる五人の男子生徒たちがいたわね。彼らに頼んでみようかしら」

そう言って、かぐやは「じゃあね!」と駆け足で帰路についた。

「また今度!」

月海もまた、今度考えるかと思って家に帰った。


数日後、なんの手がかりも掴めずにいたが、とりあえずかぐやの様子を見に行こうと、かぐやの通っている学校にまで出かけていった。

校門まで出ていくと、かぐやが待ってましたと言わんばかりに校門で待っていた。どうやらお昼休みのようだった。

「ようこそ、月海ちゃん。みんなー、おいでー」

かぐやが別の方向を向いて手招きをすると、五人の男子生徒がゾロゾロとやってきた。みな、イケメン揃いで、どこかの国の王子様のような出立だった。

「彼らが私に関心をもっている男の子たちなの。学校ではアイドルのような扱いで、SMABって呼ばれているわ」

なんだか文字列が最近解散した男性アイドルグループに似ていなくもない気がするけど、そんなことはさておき。

「あなたたちがアイテムについて何か知っているの?」

尋ねてみると、一人の男子が口を開く。

「かぐやさんに言われて探してみました。みんなで手分けして探していたのです。惜しいところまで行ったのですが、我々の力ではどうにもなりませんでした」

罪のなさそうなスマイルで爽やかに語りかける彼。どこか憎めず、なんとなく許されてしまいそうな雰囲気を醸し出している。月海も彼のことを責められはしなかった。


一人目は、石作君という名前だ。

「近くの山寺の古鉢を見つけて、お坊さんに持っていっていいと言われたので、それを持ってきたんです。釈迦像の近くに置いてあったから、きっと何か神秘的なものがあるんじゃないかと思って見てみたんだけど、何も変わったところはない普通の鉢でした」

なるほど。

二人目の、庫持君。

「白玉の実の枝は、この国では手に入らないそうなので、私の実家がやっている工場で作らせることにしました。金属を溶かして、我が国で有数と言ってもいい優秀な鍛冶職人に頼んで作ってもらったのです。金ピカに光ってはいますが、何があるのかさっぱりわかりません」

高校生にしては、工場で作らせるなんて、なんとスケールの大きいことをやるんだと、月海は目が点になった。

三人目、阿部君。

「ちょうど隣国の貿易商と仲良くなったので、彼に火鼠の皮衣について尋ねてみたところ、火に投げ込んでも燃えはしない、丈夫な皮衣を取り扱っているそうなので、彼から購入してみることにしました。見た目は紺青色で、毛の先端は金色に光り輝いていたのですが、火をつけてみたら燃えてしまいました。危うく全焼する前に火は消し止めましたが」

衣に火をつけてみるなんて、なかなか挑戦的だと思いつつ、変な商品をつかまされてしまった阿部君を少し不憫に思った。

四人目、大伴君。

「竜を倒せば、珠を手に入れられるだろうと思い、弓を片手に船に乗って出かけました。どうしたことか、暴風が吹いて、船も荒波にもまれてしまいました。竜の力は恐ろしく、雷がすさまじかったので僕は断念しました。代わりと言ってはなんですが、庭になっていたすももを持ってきました」

高校生で竜を倒そうとするなんて、すごい勇気だと月海は思った。それにしても、代わりにすももというのはどうなんだろう。

五人目、石上君。

「近くの小屋の屋根に登って、燕の巣で待ち構えておりました。燕が卵を産むとき、一緒に出てくるものを掴み取ったのですが、あえなく綱が切れてしまって屋根から落ちてしまいました。怪我をしてしまったうえに、掴んだのも子安貝なんかではなく、燕の糞でした」

屋根から落ちるなんてなんと不憫な……。しかも糞を掴むなんて汚いなあと、月海は思った。


「そういうわけで、五人ともうまくいかなかったのよ。残念だわ」

かぐやは溜め息を漏らす。

いっぽうで、月海は五人が取ってきたアイテムが気になった。じっさい、古典のかぐや姫だと五つのアイテムはどれも架空のものだそうで、誰も本物を取ってこられないそうだ。十三歳になったばかりの月海には、かぐや姫といえば竹から生まれて、月に帰るシーンしか知らなかった。お母さんに聞いたら、原作だとアイテムを取ってくるシーンがあるらしいとその時初めて聞いたのだった。

だけど、そこにヒントがありそうな気がした。

「ちょっとそのアイテムを全部預かっていいかな?」

「いいけど……、何かありそうなの?」

「うん、たぶん。なんとかなりそうな気がするの。勘だけど……」

そういうわけで、かぐやは渋々五人が取ってきたアイテムを月海に渡す。渡すといっても、燕の糞をそのまま触るのは嫌だったので、小箱に入れて手渡した。

ちょうど学校の昼休みが終わる頃、夏休み中の部活の始業のチャイムが鳴ったので、かぐやと五人の男子生徒たちは教室に戻って行った。月海は五つのアイテムをもって黒紅の通りへと出かけて行った。

黒紅の通りは、いつも通りの光景であった。が、裏通りのお店はやはり不思議な雰囲気が漂っている。

……と、なにやらおかしい。後ろからつけられているような気がする。

ふと振り返ってみても、誰もいない。

ぴょこぴょこと√から変化した黒猫ちゃんが現れた。黒猫はそろそろと警戒しつつお店の大きな看板の裏に回り、にゃあにゃあと鳴いていた。

「シッ。聞こえるだろ。あっちいけ」

なんだろう、月海は気になって看板の裏側に回ると、そこにはなんだか怪しいサングラスをかけた高校生くらいの男子がしゃがみ込んでいた。

「えっ、なに!ストーカーさん?」

「バレちゃったか……、仕方がない」

男の子は立ち上がった。

「俺の名前はミカド。かぐやと文通をしている」

「あら。あなたがミカドさん。どうして私の跡をつけていたの?」

「うん、それはかぐやちゃんの秘密を突き止めようと思ってね。SMABのヤツらが何やら謎のアイテム集めをしているようだったから、何かあるなと思って調査していたんだ。かぐやちゃんはもうちょっとで遠くに引っ越さないといけないらしいって悩んでいるみたいだから、なんとかしてあげられないかなと思ってね」

なるほど……、と思ったけど、人間界の人間にかぐやや月海が『渡り人』だという事実を知られてはいけないことを思い出した。なのに、ここまでつけられてしまった。どうしよう……。

「君も何か探しているんだろ?よかったら僕にも手伝わせてもらえないかな」

困ったな。だけどまあ、手伝ってもらえるのなら、折角だし何かないかな。

「わかったわ。とりあえず、ちょっとそこのお店に用事があるから、一緒に来て」

「了解」

ミカドと一緒に、お店に入ることにした。


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