第50話
「そうだ。ルルさん、お腹は空きませんか?」
隣に座る彼が声をかけてくる。
「お腹? うーん、お腹は空きません。でも、どうして?」
「いや、なんとなく訊いてみただけです。カレーとか、食べられるかもしれないな、と思って」
「カレー? 飛行機でカレーなんて食べられるの?」
「たぶん、食べられると思いますよ。なんなら、私が注文しましょうか?」
「いえ、今はけっこうです」ルルは断る。「あとで食べたくなったら、お願いします」
「そういえば、カレーライスって、カレーがメインなのか、ライスがメインなのか、分かりませんね。英語だったら重要な語句を先に置きますけど、カレーライスって、いったい何語なのでしょう?」
「英語でも、後ろから修飾する場合はあります」
「ああ、そうか。じゃあ、英語とか、日本語とか、そういう問題じゃないんですね」
「問題って?」
「クエスチョンの方です。プロブレムではありませんよ」
「私は、どちらかというとクエスチョンだけど、貴方はプロブレムかもしれませんね」
「それ、どういう意味ですか?」
窓の外に雲が見えた。
旅は続く。
*
午前八時三十分。僕はリィルと一緒に玄関の外に出て、森林公園まで散歩に行った。
枝葉の枯れた草木が午前の陽光を反射している。その光景はとても幻想的で、僕には限りなく綺麗に見えた。僕にそう見えるのだから、きっと、リィルにも同じように見えているだろう。
「ねえ、リィル」僕は言った。「そういえば、君の目的は、まだ達成していなかったね」
「目的って、どの目的のこと?」
「僕と結婚する、という目的はもう達成したから、あと、もう一つ、君が建前として挙げた方の目的だよ」
「私と、君と、もう、結婚したの?」
「したじゃないか」僕は横目でリィルを見る。「……もしかして、それは、今度は僕にプロポーズしてほしい、と言っているの?」
「そう」
僕は立ち止まって彼女の手を取る。
「リィル」木漏れ日が僕たちを優しく包み込んだ。「僕と一緒に、人間と仲良くなるための冒険に出かけよう」
リィルは首を傾げる。
「それ、プロポーズにしては、いまいちだよ」彼女は言った。「でも、いいよ」
今でも、ときどき自分の胸に手を当てて考える。
それは、心臓の拍動か。
それとも、ウッドクロックが時を刻む音なのか。
答えは誰にも分からない。
けれど、どちらでも良かった。
どちらであっても、僕は僕に変わりはないのだから……。
「まずは、どこに行く?」リィルが尋ねる。
「人間が、まだ知らない所へ」僕は答えた。
Think about Your Heartbeat 羽上帆樽 @hotaruhanoue0908
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