第50話

「そうだ。ルルさん、お腹は空きませんか?」


 隣に座る彼が声をかけてくる。


「お腹? うーん、お腹は空きません。でも、どうして?」


「いや、なんとなく訊いてみただけです。カレーとか、食べられるかもしれないな、と思って」


「カレー? 飛行機でカレーなんて食べられるの?」


「たぶん、食べられると思いますよ。なんなら、私が注文しましょうか?」


「いえ、今はけっこうです」ルルは断る。「あとで食べたくなったら、お願いします」


「そういえば、カレーライスって、カレーがメインなのか、ライスがメインなのか、分かりませんね。英語だったら重要な語句を先に置きますけど、カレーライスって、いったい何語なのでしょう?」


「英語でも、後ろから修飾する場合はあります」


「ああ、そうか。じゃあ、英語とか、日本語とか、そういう問題じゃないんですね」


「問題って?」


「クエスチョンの方です。プロブレムではありませんよ」


「私は、どちらかというとクエスチョンだけど、貴方はプロブレムかもしれませんね」


「それ、どういう意味ですか?」


 窓の外に雲が見えた。


 旅は続く。





 午前八時三十分。僕はリィルと一緒に玄関の外に出て、森林公園まで散歩に行った。


 枝葉の枯れた草木が午前の陽光を反射している。その光景はとても幻想的で、僕には限りなく綺麗に見えた。僕にそう見えるのだから、きっと、リィルにも同じように見えているだろう。


「ねえ、リィル」僕は言った。「そういえば、君の目的は、まだ達成していなかったね」


「目的って、どの目的のこと?」


「僕と結婚する、という目的はもう達成したから、あと、もう一つ、君が建前として挙げた方の目的だよ」


「私と、君と、もう、結婚したの?」


「したじゃないか」僕は横目でリィルを見る。「……もしかして、それは、今度は僕にプロポーズしてほしい、と言っているの?」


「そう」


 僕は立ち止まって彼女の手を取る。


「リィル」木漏れ日が僕たちを優しく包み込んだ。「僕と一緒に、人間と仲良くなるための冒険に出かけよう」


 リィルは首を傾げる。


「それ、プロポーズにしては、いまいちだよ」彼女は言った。「でも、いいよ」


 今でも、ときどき自分の胸に手を当てて考える。


 それは、心臓の拍動か。


 それとも、ウッドクロックが時を刻む音なのか。


 答えは誰にも分からない。


 けれど、どちらでも良かった。


 どちらであっても、僕は僕に変わりはないのだから……。


「まずは、どこに行く?」リィルが尋ねる。


「人間が、まだ知らない所へ」僕は答えた。

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Think about Your Heartbeat 羽上帆樽 @hotaruhanoue0908

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