第39話

 僕は片手で額を抑えて、ルルに質問した。


「……彼が、自殺をしようと思ったのは、どうしてですか?」


「それは、私にも分かりません」ルルは首を振る。「おそらく、彼のウッドクロックを調べても分からないでしょう。ウッドクロックには、彼が自殺を決行した、という記録は残っているはずですが、その記録を見つけ出すのは困難です」


「自殺は、たしかに、人間に特有な行動ですね、きっと」


「その通りです。ベーシックには、自殺を記述する配列が存在します。そういう意味では、彼は限りなく人間らしかったのかもしれませんね」


 そう言ったときの、ルルの何かを慈しむような顔が、僕は忘れられなかった。


 ルルは、僕に話を整理する時間を与えるように黙り込む。


 ベソゥは自殺しようとして、失敗した。それは、彼が不備を抱えたウッドクロックだったからだ。つまり、そういった不備がなければ、ウッドクロックでも人間に特有な行動をとることが可能だ、ということになる。


「さて、それでは、次の問いに対する答えについて、お話しましょう」


 僕の目の前で、ルルが話す。特に止める必要もなかったから、僕は黙って頷いた。もはや、僕には、自分の考えを述べたり、反論したり、といった気力はない。ルルが話す内容を正確にインプットするしかなかった。


「次は、色の三原色に関するお話です。しかし、これについては、それほど難しくはない、といえるでしょう。ウッドクロックには、赤、青、黄色、の合計三色の体液が流れていますが、これは、ウッドクロックを開発する際に、モデルとした生き物、もっといえば、種族に関係がある、と説明することができます」


「モデル? ウッドクロックのモデルは、人間じゃないんですか?」


「ウッドクロックの根本的な支えとなっているのは、もちろん人間です。しかし、それ以外に、二種類の種族が関わっています。残念ながら、これについては、機密事項になりますから、詳細な情報を貴方にお伝えすることはできません。ああ、そうですね、今まで私が話した内容も、これから話す内容も、他言しないで頂けると助かります。リィルには、今私が話している内容がログとして記憶されているので、彼女に対する配慮は必要ありません」


「どうして、機密事項なんですか?」


「それについても、お答えできません」しかしながら、ルルは何かを仄めかすように、言葉を紡いだ。「人間の歴史に記録されている事実と、異なる部分が存在するので、人々の混乱を防ぐために秘密にしている、とでも言っておきましょうか」


 僕は黙ってコーヒーを飲む。


 苦かった。


 ルルは説明を続ける。


「ウッドクロックの体液の内、人間から齎されたのは、赤色の液体です。青と、黄色の体液を持つ種族に関する情報については、詳しくお話しすることはできませんが、まあ、人間以外の何らかの種族が開発に関わっている、と思ってもらえれば良いでしょう」


「視覚の方は? たしか、リィルは、黒が嫌いだ、と言っていましたけど……」


「ええ、そうです」ルルは頷く。「ウッドクロックは、黒という色が嫌いです。それは、ウッドクロックの開発に関わった三種類の種族が持つ体液が、たまたま、赤、青、黄色、の三色だったことに原因があります。これらの色をすべて合わせると、黒になります。このとき、ウッドクロックを記述するベーシックにエラーが起こり、黒いものを見ると嫌悪感を抱くようになってしまったのです」


「それは、リィルが茶色が好きなことにも関係がありますか?」


「もちろん、関係はあります。三種類の体液が、色の三原色だったことから、ベーシックに黒いバイアスがかかってしまいました。つまり、彼女たちは、本来なら、人間と同じような色彩感覚で、この世界を認識するはずだったのに、黒いバイアスがかかってしまったことで、人間の色彩感覚からずれてしまった。だから、ウッドクロックは黒が嫌いなのです。本当は人間になるはずだった者たちが、黒いバイアスによって人間になれなかったことに対する、拒否反応と捉えられます。そして、リィルが茶色を好むのは、色の三原色から二色を選んで、黒を混ぜた場合に、茶色が現れることと関係があります」


 僕は少し考える。しかし、すぐに彼女が言っている意味が分かったから、閃いたことをそのまま口にした。


「……赤と、黄色に、黒を混ぜて、茶色、ということですか?」


「ええ、その通りです。素晴らしい色彩感覚ですね」


「人間なら、誰でも分かるはずです」


「そう……。あくまで、人間なら、ですが」


「でも、黒が混ざることで、どうして、ウッドクロックは、茶色を、好きだ、と思うようになったのでしょう?」


「赤と、黄色だけでは、仲が悪いからです」


「仲が悪い?」


「赤は人間。黄色は、ほかの種族です」ルルは言った。「その二つだけでは、この世界は成り立ちません。おそらく、ほかの色の組み合わせでも、同様の反応が見られると思います。つまり、〈赤と青に黒を足して深紫〉、もしくは〈青と黄に黒を足して深緑〉のいずれかを認識しても、おそらく、ウッドクロックは好意的な感情を抱きます」


 僕は脚を組む。


「これらの色彩は、ベーシックで記述した場合のものです。先述した通り、ウッドクロックの色彩感覚は、人間のそれにバイアスがかかったものなので、実際に彼らが見ている色は、私たちが見ている色とは異なります。それでも、人間との会話を成立させるために、ある程度色彩に関する表現が補正されるようになっています。たとえば、人間にとって『赤』を示す信号を感知したら、それが彼らにとっての『赤』ではなくても、『赤』と表現する、ということです」

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