第38話

「それでは、次に、一つ目の問いに答えましょう」やがて、ルルは話を先に進めた。「しかし、それについて説明する前に、一つだけ、貴方にお伝えしておくことがあります。それは、これから私が語る内容は、一部推測の域を出ない部分がある、ということです。これについては、理解して頂けますね?」


「ええ、もちろん、それは分かりますが……」


「私が語る内容は、私が認識した情報を組み合わせて作られた、基も合理的で筋の通る理論でしかありません。だから、それが本当に真実なのか、ということについては、私には分かりません」


 僕は頷く。


「ですから、貴方も、そういうつもりで聞いて下さい。もちろん、私が自ら仕掛けたことについては、一定の確証があると言うことはできます」


 部屋の空気が張り詰めている。仕方がなかった。僕もルルも初対面なのだから、いきなりこんな話をして、柔和な雰囲気になるはずがない。しかも、相手は僕がよく知るリィルの姿をしている。はっきりいって、理解が追いつかない。僕はもともと頭があまり良くないのだ。それはリィルも同じだから、そんなリィルの姿をした誰かが、こんなにも流暢に自分の見解を述べていることが、僕には不可解に感じられてならなかった。


「では、ブルースカイシステムに関する事項について、答え合わせをします」ルルは、なんだかこの状況を楽しんでいるような表情で、話し始めた。「貴方は、この街が、海と、山と、そして空によって、隔離されていることを知っています。そして、いつか、その規定を行ったのが、貴方か、リィルか、私の誰かだ、と思ったことがありました。それは、どうしてですか?」


「いえ、それは、えっと……。……僕とリィルについては、主観として、そう規定するしかなかった、というだけで、それを決定的に行ったのは、おそらく貴女だろう、とは思っていました」


「つまり、トラブルメーカーが関わっていると考えたのですね?」


「そうです」


「その通り」ルルは笑った。「よくできました」


 気分を落ち着かせる意味も込めて、僕はマグカップを持って肩を竦める。


「トラブルメーカーは、ウッドクロックを開発した企業です。そして、その企業を始めたのが、私です。トラブルメーカーは、合計で四体のウッドクロックを製造しました。それしか作れなかったのは、開発がまだ実験的な段階だったからです」


 だった、と過去形で語るということは、今はそうではないのかもしれない、と僕は思った。


 ルルの説明は続く。


「そして、四体製造した機体の内、如何なる不備もなく完成されたのは、一体だけでした。つまり、残りの三体には、なんらかの不備があったのです」


「その、四体というのは、具体的に誰ですか?」


「それについては、まだお答えできません」ルルは答える。


「では、あとで答えてくれるんですね?」


「ええ、私の説明が一通り終わったら、最後にお伝えすることをお約束します」


 彼女がそう言ったから、僕は大人しく引き下がった。


「不備がある三体の内の一つが、現在ベソゥと呼ばれている個体です。彼には、製造が完了した段階で、すでに不備があることが分かっていました。本来なら、実際に稼働させない限り、不備があるかどうかは分かりませんが、彼には致命的な設計ミスがあって、稼働させる前から不備が存在することが判明していました。それが、彼が人間に特有な行動をとろうとすると、フリーズする、というものでした」


 僕は、急に背筋が寒くなった。良いことであろうと、悪いことであろうと、予想が的中すれば多少なりとも震える。


「……じゃあ、彼は、やっぱり、自分が人間だと思い込んでいた、ということですね?」


「ええ、そうです。人間に特有な行動というのは、あまり具体的な説明ではありませんが、その候補は、彼の内部で明確に規定されています。たとえば、食事や入浴、睡眠などがそれに当たります。そして、そんな彼を保護するために、私たちは、彼をとある施設に隔離することにしました」


「それが、あの図書館ですか?」


「そう……。ブルーススカイシステムには、たしかに、この街で起こる問題を解決する、という機能もありますが、それはあくまで表向きのものでしかありません。本当の目的は、彼を監視することです。ブルースカイによって、彼の生活は保証されているのです」


 ルルの説明を聞いて、僕は驚いたけれど、今のところ、まだ、それほど仰天するような内容ではなかった。そのくらいのことは僕も予想していたし、彼がウッドクロックであるのが確実になったのはショックだったけれど、だからといって、僕にどうこうできる問題ではない。


「しかし、あるとき、人間に特有な行動をとれないはずの彼に、事故が起こりました。それが、彼自身によって、自殺、という選択が成されたことでした」


 僕は顔を上げる。


 自殺?


 そうか……。


 彼は、他者から攻撃を受けたのではなかったのだ。


「ベソゥが人間に特有な行動をとろうとすると、その直前で、ウッドクロックの一機能が作動し、彼を一時的にフリーズさせるようにできています。彼がフリーズしている間に、彼が人間に特有な行動をとろうとした、その記憶を削除する。こうすることで、彼は目を覚ましても、自分がフリーズした原因を思い出せなくなります。だから、彼は、自分が人間ではない、ということに思い至らなかったのです」


 僕はコーヒーを一口飲む。


「しかし、あの日、彼が自殺を決行しようとしたとき、ウッドクロックの反応に僅かな遅延が認められました。その結果、彼は自分の腹部を自分で刺したあと、フリーズして直前の記憶を失い、その後リィルによって助けられました。それが、ベソゥに纏わる真実です」

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