第29話
僕の前にパスタを載せた皿が置かれた。ごく一般的なミートソースのスパゲティーである。
「でも、どうしてそんなことが気になったの?」
僕がフォークを手に取ると、機嫌が直ったのかリィルが僕に質問してきた。
「それは、紫と、緑と、茶色の話?」
「そう」
スパゲティーを一口食べてから、僕は先ほど思いついたことを彼女に説明する。リィルは、人間並みか、それを少々下回るほどの読解力しか持ち合わせていないが(僕の勝手な印象)、話し手が話す内容にしっかり耳を傾ければ、きちんと内容を理解することはできるようである。
「なるほど」リィルが言った。「うーん、そういう考え方もあるんだね」
「君は、何か別のことを思いついたの?」僕は水を飲む。
「うん、まあ、それほど大したことじゃないけど……」
「聞かせてよ、その、大したことのない発想を」
「その台詞、どこかで聞いたことがあるね」
「え、どこで?」
「内緒」そう言って、リィルは楽しそうに笑う。「君になら分かると思うよ、たぶん」
数秒ほど頭の中のデータベースを照合してみたが、特に思い当たることはなかった。
「で、その、君の思いついたことというのは?」
リィルは瞳を天井の方に向け、上で回転するプロペラ状の機器をじっと見つめる。僕はその機器の名称を知っていたが、今は思い出すことができなかった。先ほどいつも以上に頭を使ってしまったから、今は脳も休憩中なのである(言い訳)。
「私は、色じゃなくて、三という数字が重要なんじゃないかな、と思った」リィルは説明した。「赤、青、黄色というのは、言ってみれば基本的な色だから、裏を返せば、特徴がない、ということになると思う。つまり、その三色が使われるのは特に珍しくない、ということ。その三色に意味がないとすれば、赤、青、黄色を選んだ人物は、『三』という数字に拘りたかったんじゃないかな、と思った。三色を使いたいという意思が先にあって、三に当て嵌まる都合の良いものを選んだ結果として、赤と青と黄色が最終的に選ばれた、と考えることもできると思う」
僕は一度フォークをテーブルの上に置く。
彼女の話を聞いて、今度は僕が深く考える番だった。
確かに、その可能性はある。三という数字を使う必要があって、そこに何かを当て嵌めようとするなら、もともと三つの要素で成り立っているものを採用するのが好ましい。考えてみれば、信号機にも、赤と青と黄色の三色が使われている。本当のところは知らないけれど、これはその三色が最も標準的なものだからかもしれない。あえてほかの色を選ぶ必要はないという意味である。
そうか……。
それなら……。
次は、「三」という数字に拘る理由を考えなくてはならない。
それはどんな理由だろう?
人間からすると、三という数字にはある種の特別な意味が込められているように思える。理由は分からないけれど、クイズを作るときは選択肢を三つにすることが多いし、じゃんけんも、グー、チョキ、パーの三つの要素から構成されている。ほかにも、(酷く古典的な言葉だが)三種の神器とか、三途の川とか、団子の数といえば三だったりとか、三が特徴的に使われている場面は数多く存在する。これは、それらが三という数字ともともと何らかの関係があったというよりも、三という数字を使いたかったからそうした、と考えた方がより自然なのではいか、と思う。
ウッドクロックを作った人物が、「三」という数字を強調したかったとすれば、そこにいったいどんな意思があったと考えるのが妥当だろう?
暫くの間考えてみたが、今の僕では何も思いつきそうになかった。
単なるデータ不足である可能性が高い。
僕は再びフォークを手に取り、ミートソースのスパゲティーを食べる。リィルも話すのをやめたので、店内に流れるBGMのメロディーが自然と頭の中に入ってくるようになった。
とても落ち着いている。
彼女も、僕も、何も話さなければ、世界はこんなにも閑散としているのだ。
人間だけが世界を混沌としたものへと変えていく。
それでは、ウッドクロックは世界を混沌へと導く要因となりえるのか?
……分からない。
ただ一ついえるのは、僕には彼女が必要だ、ということだけだった。
「これからどうしよう」僕は呟く。「何をしたらいいのか分からないし、何もできないし……」
「何もしなくていいんじゃない?」リィルは首を傾げる。
「でも、そういうわけにはいかないじゃないか。僕たちが動かなくても、確かに誰も困らないけど、でも、なんていうのか、やっぱり何かを掴みかけているわけだから、その知的好奇心に従って行動するべきというか……」
「私は、そんなこと、する必要はないと思う」
「どうして?」
「私と君との間に良好な関係を築くうえで、特に重要であるとは思えないから」
「じゃあ、どういうことなら重要なの?」
「うーん、やっぱり、デートしたり、話したり、あとは、一緒に歌を歌ったり、とかじゃないかな」
「今のところ、する必要のないことばかりだね」
「え、そう?」
「そんな気がするけど」
「それは、どうして?」
「さあ」僕は首を捻った。「もう、充分良好な関係を築けているから、じゃないかな」
「そうかな……。……うん、確かに、そうかも……」
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