第25話

「……君は、どうしてその依頼を引き受けたの?」


 僕の質問を受けて、ベソゥはゆっくりとこちらを振り返る。その表情はいたっていつも通りだったけれど、もしかすると、僕の顔の方が引き釣っていたかもしれない。


「この施設の管理人を担っている限り、僕の生活を保証する、という条件を持ち出されたからだよ」彼は言った。「僕は外に出られないから、その条件は僕にとってプラスになる。ただし、その代わりに、なぜ僕がその役割に選ばれたのか、それについては一切情報を開示しない、という条件も付け加えられた」


「そのとき、君はいくつだった?」僕は彼に尋ねる。


「五歳だったよ」ベソゥは答えた。「僕は、五歳のときにそれを引き受けたんだ」


 僕の隣でリィルが息を呑むのが分かる。いくら凡才な彼女でも、ここまで来ればさすがに事態の異常さに気がついたのだろう。


 僕は暫くの間沈黙して考える。


 僕とベソゥは昔からの知り合いであるけれど、少なくとも、五歳を迎えたあとにお互いを認知し合ったことは確かである。さらにいえば、仕事をしていてもおかしくない年齢になってから知り合ったことも確実であるし、だからこそ彼がどのような経緯でこの仕事に就いたのか、その点について僕が今まで疑問を抱くことはなかった。


 いったいどういうことだろう?


 十三年という数字が偶然である可能性はある。けれど、僕には到底偶然だとは思えない。


 それは、どうしてだろう?


 どうして、それが偶然ではないと感じるのか?


「私は、そのときは、まだ、生まれてなかったかな」


 僕が黙っていると、リィルが唐突にそんなことを呟いた。


 僕は彼女を見る。


「でも……。貴方は、どうして、五歳なのに、そんなことができたの?」


 リィルの質問を受けても、ベソゥは特に動揺したりしない。それくらいの質問は想定していたというように、いつも通りの調子で答える。


「うん……。僕はね、なぜだか分からないけど、うーん、なんて言ったらいいのかな……。まあ、要するに、早熟だったんだよ」彼は説明する。「ああ、でも、これは、もちろん、天才だったとか、頭が良かったとか、そういうことじゃない。その証拠に、今では全然身長も伸びないし、それほど頭が切れるわけでもないしね……。うーん、そうだな……。早くに成長して、そのまま若さを維持して歳をとらない、とでも言えばいいのかな」


 僕は震えて何も言えなくなる。


 ……。


 落ち着くために一度小さく溜息を吐いて、僕は最後にずっと気になっていたことを質問した。


「ベソゥ、君は、どうして、ブルースカイの役割について知っているのかな?」


 僕の質問を受けて、ベソゥはある程度真剣な表情で回答する。


「それは、もちろん、トラブルメーカーからすべて説明されたからだよ」


「いや、そうじゃない。彼らがそんなことをする必要はないはずだ。君には管理だけを任せておいて、詳細な情報は伝えない方がいい。それなのに、どうして、彼らはそんなことをしたんだろう?」


 僕も、リィルも、ベソゥも、黙り込む。


 コンクリートの灰色。


 ホットミルクの白。


 ベソゥが呟いた言葉が、それらの無色に溶けて消えていった。


「確かに、空まで使う必要はなかったかもしれないな」

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