第24話

 ベソゥの話を聞いて、僕は自分の考えを整理した。


 彼とは昔からの知り合いであるから、僕もこの施設に関するある程度のことは知っている。彼が管理している装置がブルースカイと呼ばれていることも知っていたし、様々な事象に対して合理的な処理を行うというような、ブルースカイの存在意義についてもなんとなく理解していた。


 しかし、それでも、僕が知らなかったことが一つある。


 それは、さっき僕が彼に質問したこと。


 つまり、海と、山と、空によって、この街が規定されている、ということである。


「君の仕事は、ブルースカイの……、いうなれば、手入れをすることなんだよね?」顔を上げて、僕はベソゥに尋ねた。「メンテナンスというか、故障しないように定期的に埃を払うというか……」


「ま、実際に埃を払ったりするわけじゃないけど」ベソゥは笑いながら話す。「でも、うん、大体はその通りだと思うよ。はっきり言って、けっこう楽な作業だと思う。仕事をしている感覚はないと言っても間違いじゃないね。まあ、僕はあまり活動的な方じゃないから、それくらいでちょうどいいとも思っているんだけど」


 活動的でないというのは、彼が抱える奇妙な性質について述べているのだろう。


 どういうわけか分からないが、彼は建物の外に出るとその場で眠ってしまうことがある。彼が言うにはそれは病気ではないらしい。


 でも……。


 僕は、そこにある種の可能性を感じ始めていた。


 それは、すなわち、彼のそれは眠っているのではなく、もっと短絡的に、本当は……、フリーズしているのではないか、という可能性だった。


 そう……。まだ完全に信じているわけではないけれど、彼はリィルと同じウッドクロックなのである。先ほどまで怪我をしていたのにも関わらず、彼の損傷はすでに治まっているし、そもそも、どうして怪我をするようなことになったのか、彼がその経緯を覚えているような様子は見られない。もし思い当たる節があるのなら、目覚めて真っ先に僕たちにそれを伝えるだろうし、そうしないことを考えると、おそらく、彼には先ほどまで自分が重症を負っていたという記憶が存在しないのだろう。


 それは……。


 なんていうのか、とても不思議なことだ、と僕は思う。


 一種の自己防衛機能ともいえるかもしれない。


 そういう点では、確かに人間と酷似している。


 それでも、やはり、システムとしてかなり高尚だし、正確性に長けている、と思えてならない。


 言ってしまえば、そこに何らかのプログラムが存在しているように感じるのである。


「なるほどね」


 僕が一人で考え事をしていると、その隣でリィルが力強く頷いた。


「なんとなく分かった気がする。貴方の役割も、この施設の存在意義も」


「だろう?」ベソゥは得意そうに顎を上げた。「昔から感じているんだけど、僕はなかなか説明が上手いんだ」


「あ、そうなの?」


「そう感じなかったかい?」


「うん、まあ……」リィルは曖昧に頷く。「でも、その……、その役割を担っているのが、貴方だっていう理由がまだちょっと理解できないんだけど……」


 それは僕も同感だった。僕と彼はそれなりに親しい間柄だけれど、その点について僕が彼に直接訊いたことはない。なぜかというと、それが僕のポリシーというものだからである。別にそこまで拘っているわけではないけれど、僕の思考回路の根底には必ずそのポリシーが居座っているから、結局はどうしても行動が消極的になってしまう。


 でも、今なら尋ねてもそれほど差し障りはないだろうと思って、リィルに便乗して僕も彼にそれとなく視線を向けてみた。


「うん、まあ、そうだね」僕たちの問いを受けて、ベソゥは確かにといった顔で頷く。「もちろん、それについても説明しようと思っているよ」


 そう言って、彼は椅子から立ち上がる。立ち上がると余計に彼の背の低さが目立つようになった。


 彼は、そのまま辺りをぶらぶら歩き始める。


 ステップを踏むように。


 ボタンを押すように。


 コンクリートの地面をゆっくりと闊歩していく。


「僕が今この施設の管理人を務めているのは、そうするように指示されたからだ」やがて、彼は部屋の片隅で立ち止まり、人差し指を立てて、僕たちに説明を始めた。「そうするように指示を出したのは、トラブルメーカーと呼ばれる企業だった」


「トラブルメーカー?」僕は訊き返す。


「そう……。そこの幹部から依頼を受けて、承諾した。確か、あれは十三年前のことだったと思う」


 僕は、そのとき、自分の鼓動が速くなるのを体感した。


 それは、もちろん、十三年前、という単語に引っかかるものを感じたからである。


 十三年前といえば、僕とリィルが初めて出会ったのと同じタイミングだ。

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