第23話
僕は暫くの間沈黙する。その間、リィルもベソゥも特に口を開かなかった。
ベソゥを背負ったとき、リィルの衣服には彼の体液が付着したが、今はその痕跡は跡形もなく消えていた。彼らの体液はそういう性質を持っているらしい。人間の場合、血液が赤色をしていれば視覚的にかなり目立つことになるから、結果として周囲の人間に助けてもらえる可能性が高くなる。それはウッドクロックも同じことであるけれど、その視覚的効果が持続される時間がかなり短く設定されているみたいである。あるいは、生体が一定量の活力を取り戻した場合、自動的に救援反応を収束させるようにできているのかもしれない。そんなことを可能にする技術が本当に存在するのか分からないけれど、リィルのような存在を見る限り、そういったことも不可能ではないように思えてならなかった。
僕は瞳だけを横に動かして、リィルに自分の意思を伝えようと努力する。
ベソゥは下を向いたまま動かない。
リィルは僕の視線に気づき、そのまま僕の顔をじっと見つめてくる。
視線が交差した。
数秒間。
リィルは、なぜだか分からないけれど、僕に向かってウインクをしてくる。
僕は呆気にとられて心臓が止まりそうになった。
その仕草の意味が分からなかったからではない。
ウインクをした彼女の表情が、あまりにも魅力的だったからである。
「ねえ、ベソゥ」
僕は閉ざしていた口をゆっくりと開く。今しがた見たリィルの反応を考慮して、彼女に僕の意思が伝わったものと判断した。
「うん、なんだい?」
僕の言動に呼応するように、ベソゥもゆっくりと顔を上げる。
「君が管理しているシステムについて、少し詳しく教えてもらえないかな?」
「少し教えてほしいのか、詳しく教えてほしいのか、どちらなのかな?」彼は笑った。
「説明は詳しい方が望ましい。ただし、君がその説明に割くエネルギーについては、どちらかといえば、少しの方が望ましいと思う」
「なるほど」
そう言って、ベソゥは腕と脚を同時に組んだ。
「君も聞きたいだろう?」僕はリィルに尋ねる。
「え?」彼女は僕の顔を見て、数回静かに瞬きした。「うん、まあ……。情報としては、ないよりはあった方がいいと思うけど」
「何かな、その言い方は」
「だって、難しい話は、聞きたくないから……」
「難しいってどういうこと?」
「理解するのにかなりの量のエネルギーを必要とする、ということなんじゃない?」
「それは違うと思う」
「なんで?」
僕が答えようとする前に、対面に座るベソゥが言葉を発した。
「それは、簡単でも、エネルギーを多く消費するものがあるからだよ」ベソゥは話す。「というよりも、むしろ簡単なものの方が理解するのが大変なんだ」
「うーん、そうなの?」リィルは僕とベソゥの顔を交互に見る。
僕は黙って頷き、ベソゥは軽く口元を持ち上げた。
「まあ、いいよ。じゃあ、話そうじゃないか、僕の天職について、長々と」ベソゥは笑みを深める。
「無駄に長くする必要はない」
僕がそう言うと、ベソゥは片手を上げてそれをひらひらと振った。これは「分かっている」という意味のジェスチャーである(と、僕は思っている)。
「僕がここにいるのは、この施設にあるコンピューターを管理するためだ」やがて、ベソゥは説明を始めた。「ここには様々なコンピューターがあるけど、実は本当に重要な装置は一つしかない。それが、ブルースカイと呼ばれる演算処理装置だ」
テーブルに置いてあるホットミルクを手に取って、僕はそれを一口飲んだ。
彼の説明は続く。
「ブルースカイという名前には、この街を取り囲む環境に由来がある。……街の周囲には、北に海があり、南に山がある。こんなふうに、この街はこれらの要素によって一種の制限を受けているんだ。制限という言い方が気に入らないのなら、規定と言ってもいい。とにかく、その二つの要素で街は完全に隔離されている。そして、その隔離をより強固にするためのもの、それが、最後に残された、空なんだ」
「あのさ、その話は、誰から聞いたの?」あまり好ましくないタイミングだったけれど、僕は彼に質問した。
「それは、まだ内緒」ベソゥは話す。「後々教えるから、もう少し待ってくれないかな」
僕は大人しく引き下がった。
「さて、そうなると、このブルースカイは何のためにあるのか、そして、何をしているのか、という話になってくる。それが、この施設が存在する意味なんだ。この建物はかつて図書館として機能していたけど、今は完全にその機能を失っている。そして、設備が改装されて、ブルースカイを稼働させるための専門施設に変化した」彼は話す。「ブルースカイは、この街で起こるありとあらゆる事象を把握している。それらの事象を解析し、問題が起こればその一つ一つに対処する。対処するというのは、合理的な結論を導き出すという意味だ。たとえば、当事者同士で解決できない問題が起これば、最も合理的な解決策を導出して、それを仲介業者に提供したりするし、ほかにも、ある人間にあまりにも富が集中するようなことがあれば、なんとかしてそのバランスを平定しようとする。まあ、後者のようなケースはかなり稀だけどね。……要するに、この街の根幹を担う装置、それが、僕が管理しているこのブルースカイシステムなんだ」
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