第20話

「うん、まあ、分かったよ」テュナは頷いた。「君がそう言うなら、僕はそれでいいと思う。いや、お世辞とか、そういうのじゃなくて、君の言っていることは正しいと、根拠もなしに信じる方がいいと、そう思った」


 リィルはブランコから立ち上がり、歩いてシーソーの傍までやって来る。そのままテュナの前で静かにしゃがみ込み、彼の目の高さに自分の視点を合わせて、魔法の言葉を唱えるように口を開いた。


「では、待っていてくれますか?」


 視線。


「うん、もちろん」テュナは笑顔で答える。


「じゃあ、えっと……、十三年後に再びお会いする、というのは如何でしょう?」


「どうして、十三年後なの?」そう言ってから、テュナにもその言葉の意味が分かった。「ああ、そうか。僕が結婚できる年齢だね」


「ええ、そうです」


「そのときまで、僕が生きていればいいけど」


 テュナがそう言うと、リィルはさらに笑顔を深めて応えた。


「私が生きている限り、貴方も生き続けるので、ご安心下さい」


 テュナは彼女の目を見る。


「それ、どういう意味?」


「いえ、単なる冗談のつもりです」


「あそう。ま、悪くない冗談だね」 


 太陽の光を受けて、公園を包んでいた霧が一気に晴れた。空は活力を得たように端の方から青く染まっていく。気温は少しだけ低いけれど、これからきっと暖かくなる、といった予感が吹き抜ける風を通して密かに伝わってくる。


 目の前に座るリィルの顔を見て、自分が生きる目的が少しは明瞭になった気がする、とテュナは思った。


 たとえ自分の寿命が平均的な人間より短いとしても、あと十三年くらいは生きられるだろう。まったく根拠のない予想だったけれど、彼は不思議とそんなふうに思うことができた。リィルの言葉には、そういった不思議な力が込められているのかもしれない。それもまた根拠のない発想だったが、今のところは自分にそう言い聞かせておくだけで充分だった。


「僕が十三年後も生きていると仮定しよう」テュナは言った。「そのとき、君が人間らしくなっている確率は何パーセントくらいかな?」


「おそらく、七十六パーセントほどだと思います」


「随分と明確な数字だね」


「いえ、違います」リィルは首を振る。「七十六という数字は、七と六に分けてそれぞれを足せば、十三になります」


「それ、冗談のつもり?」


「うんと……、今回は本気です」


 リィルの真剣な表情を観察しながら、テュナは十三年後に思いを馳せる。


 やはり、そこに自分が存在している光景は想像できなかった。


 しかし……。


 それなら、なんとしても、そんな想像ができるように未来を変えよう、と思う。


 なんていえば、多少は聞こえが良くなるかもしれない、なんてちょっとだけ期待したりして……。


「寒くありませんか?」リィルが尋ねる。


「いや、あまり」テュナは答えた。


「十三年後の今日も、私は、きっと、貴方に同じことをお尋ねします」


「本当に?」


「ええ、本当です」リィルは宣言した。「ウッドクロックは、嘘を吐きません」


「でも、人間は嘘を吐くよ」


 リィルは驚いたような顔をする。


「……本当ですか?」


「まだまだ、勉強が足りないようだね」テュナは言った。「でも、それだけ伸びしろがあるということだ。期待しているよ」


「期待されると、お腹が痛くなってしまいます」


「それは、君が人間らしい証拠だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る