第15話

 僕はリィルが一人芝居をやめるのを待ち、なるべく真剣な表情になるように意識しながら尋ねた。


「あのさ、リィル」僕は言った。「僕たちは、これから何をするべきかな?」


 僕の呼びかけに反応し、リィルは身体ごとこちらを向く。


「何って……。うーんと、まずは、家に帰って、リフレッシュするのが一番だと思うけど」


「冗談を言ってるんじゃない」


「え? 冗談?」


 僕は彼女の呆けを無視する。


「彼は僕の知り合いだけど……」僕はすぐ傍で寝息を立てている男性を指差した。「さっき言った通り、彼はこの建物から出られないんだ」


「うん……。あ、でも、私たちが一緒にいるのなら、出ても大丈夫なんじゃない?」


「いや、そうじゃない」僕は説明する。「彼がウッドクロックである以上、人目につくような、そんな危険な行動をとるわけにはいかない、ということなんだ」


「あ、そういうこと……。うん……。そうか、なるほど……」


「で、君はどうしたら良いと思う?」


「うーん……」


 僕は腕を組む。


「……君の予測だと、彼はどのくらいで目を覚ましそう?」


「え?」リィルは首を傾げた。「そんなの、分からないけど」


「細胞はすでに修復されている。だから、もう、その、起こしても大丈夫かな?」


「無理矢理ってこと?」


「そう」僕は頷く。「それに、僕は彼に訊かなくてはならないことがある」


「どんな?」


 そこまで話して、いや、それはちょっと違うか、と僕は思った。


「いや、そうじゃないな……。万が一、彼が自分がウッドクロックであることを自覚していないのなら、僕の口からそんなことを訊くわけにはいかないか」


「どういう意味?」


「いや、完全にこちらの話だから、気にしなくてもいいよ」


 僕はリィルに笑いかける。しかし、彼女は目を細くして僕を睨みつけてきた。


「何?」


 僕は彼女に質問する。


「いや、なんか、今日の君、変だな、と思って」


「うん、まあ、そうかもしれない」


「どうかしたの?」


「いや、どうも」


「まあ、いいけど……」リィルは言った。「とにかく、彼を無理矢理起こすのはやめた方がいいと思う」


「ほう。どうして?」


「細胞が修復されても、データのロード作業はまだ終わっていないと思うから」


「データのロード? それって、ウッドクロックの記憶領域の、ということ?」


「そうだよ」リィルは頷く。「外部から一定以上のダメージを受けると、ウッドクロックは一時停止するようにできている、らしい。で、それから、データを再びロードして、ダメージを受ける前の状態まで復旧する、とか、どこかで聞いたことがある」


「あのさ、そういう重要な情報は、僕が尋ねる前に教えてくれないかな」


「あ、そうか」


「あ、そうか、ではない」


「じゃあ、うん、そうだね、かな」


 リィルは全然動じない。完全に天然な彼女である。


 これ以上何も言いたくなくなって、僕は静かに口を閉じた。


 急に辺りは静かになる。


 閉鎖的な空間にいる、といった状況が唐突に際立つようになった。


 しかし、それも束の間、変化はひっきりなしに訪れる。


 まるで、それが僕たちに定められた運命でもあるかのように……。


 見ると、倒れていた彼が動き出し、上半身を持ち上げようとしている。


 特に不自然な動きには見えない。人間とそっくりにシームレスな動きをしている。


 とても彼がウッドクロックだとは思えなかった。


 いや、とても彼が人間ではないようには思えなかった、といった方が正しい。


 彼は立ち上がる。


 その瞳にはすでに僕たち二人の姿が写り込んでいた。


 彼は片手を上げて僕に挨拶をする。


「ごきげんよう」


 沈黙。


 僕は不機嫌だったので、その挨拶には応じなかった。

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