第14話
リィルは僕の上から降り、両腕を天井に向けて大きく伸びをする。彼女のその素振りを眺めながら、伸びをすることでどのような効果を得られるのだろう、と僕は一人で考えた。なんだか今日の僕はいつもと随分違う。普段ならこんなことは絶対に考えない。比較的頭が冴えているというか、普段なら見落としていてもおかしくないような点に着目することができている。
人間にはこういった気紛れさが存在する。しかし、それはリィルを見ていても感じられることで、だからこそ僕は彼女という存在が不思議でならなかった。
僕もゆっくりと立ち上がる。近くにパイプ製の椅子があったので、僕はそこに腰をかけた。
「あのさ、リィル」僕は彼女に声をかけた。
リィルはこちらを向き、笑顔のまま小さく首を傾げる。
「何?」
「こんなこと、訊いてもいいのか分からないけど……」
「うん」
「君は、自分がウッドクロックであるということを自覚しているの?」
僕がそう尋ねると、リィルは二、三度と目を瞬かせた。この仕草はもはや彼女のデフォルトであるといって良い。
「うん、そうだけど……。というか、自分からそう説明したんだから、そうに決まっているじゃん」
「ま、そうだよね」
「それがどうかしたの?」
「もちろん、どうかはした」僕は言った。「けれど、自分が何を考えていたのか、今は頭がちょっともやもやしてしまっていて……、上手く言葉では説明できない」
「言葉以外では、説明はできないよ」
僕は笑った。
「まあ、そうだね」
「でも……」リィルは一度顔を背け、何かを思い出すように顔を上に向ける。「私がそれを自覚したのは、つい最近のような気がする」
「え?」僕は少しだけ驚いて、すぐに彼女の顔を見た。「それは、どういうこと?」
「えっと、なんていうのか……。幼少期の記憶がない、というか……」
「ああ、なんだ、そんなこと」僕は話す。「そんなのは、当たり前だと思うけど」
「そうなの?」
「うん、まあ……。人間だって、そうだと思うよ、ほとんどの人は」
「そうじゃない人もいるの?」
「ときどきね」僕は頷いた。「そういう人は、天才とか、変人とか、そんなふうに呼ばれている」
「じゃあ、君には幼少期の記憶が残っているの?」
「なかなか酷い質問だよね、それって」
「え、何が?」リィルは首の角度をさらに大きくする。
「いや、何も」
僕に幼少期の記憶は残っていない。「至って普通の少年」といったレッテルを自分で貼っているくらいだし、したがって、僕は変人でも天才でもない。
「じゃあ、もう一つ質問したいんだけど……」僕は目だけで彼女の方を見て言った。「君は、ウッドクロックにいくつかのタイプがあるとか、そういう話を聞いたことはある?」
僕は彼女の様子を観察する。リィルも黙って僕のことを見つめてくる。
かなり際どい質問のつもりだった。僕には自分に掲げているポリシーがあって、なるべく他人のプライベートな領分には立ち入らない、というのがそれである。だから彼女やウッドクロックに関わることはなるべく尋ねないようにしてきたし、これからもそうするつもりである。どうしてそんなことをしようとするのか、それは僕にも分からない。僕なりの距離のとり方というか、言葉で説明するとそんな陳腐な内容になってしまうのだが、実際はもっと複雑な感情だった。
たとえるなら、そう……。
まるで、ICチップの配列みたいにその思いは複雑である。
「タイプ、か……」やがて、リィルは自分の顎に人差し指を当てて答えた。「そんな話は、聞いたことがないと思うけど……」
「そう」
「で、それが、どうかしたの?」
「だから、もちろん、どうかはしたんだ」
「どんなふうに、どうかしたの?」
「それは説明できない」僕は説明する。「なんて言ったらいいのか分からないけど、個人的な好奇心が発動してしまったというか、うん、まあ、そんな感じ」
「全然分からないけど」
「困るなあ……。そんなんじゃ、君、僕のお嫁さんは務まらないよ」
突如訪れる沈黙。
あ、これはまずい、と僕は思った。
が、次の瞬間、リィルは急にガッツポーズをし始め、自分に対して喝を入れるような素振りをしてみせた。
「うん、そうだよね」
「え、そうだよねって、何が?」
「うん、そうそう」リィルは独り言のように呟く。「やっぱり、私、もう少しちゃんとしないと」
「あ、いや、今のは……」
「こんなだったら、君を支えられないし」
「だから、それは……」
「頑張らないと!」
「ねえ、人の話聞いてる?」
「よし!」
どうやら聞こえていないらしい。
僕は彼女に気づかれないように小さく溜息を吐き、直ちに思考を切り替えた。
さて……。
先ほども一度考えたことだが、これから僕たちは何をどうするべきなのか、それについてある程度の見解を出さなくてはならない。
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