第13話
リィルもウッドクロックだが、彼女は自分がウッドクロックであることを自覚している。今のところは彼と彼女の二つしかデータがないから、はっきりしたことはいえないけれど、一括りにウッドクロックといっても、自分がそうであることを自覚しているタイプと、そうでないタイプが存在する、と考えるのはどうだろう。仮にこの推測が正しいとすれば、今度はそうした差別化が行われている理由について考えなくてはならない。反対にいえば、その方向にさえ考えれば、何らかの解に辿り着ける可能性が高い。
ウッドクロックは人間に作られたものだから、その存在には必ず何かしらの目的がある。ここが彼らが生き物とは違うところである。すべての生き物は、存在という観点における目的を持っているわけではない。せいぜい「生存」し「繁殖」するといった普遍的な目的があるくらいだが、それは真の目的ではない。なぜなら、では、なぜ「生存」し「繁殖」する必要があるのか、という問いに答えられていないからである。
ウッドクロックが存在する意味はなんだろう?
彼らが存在することで、人間はどのような影響を受けることになるのか?
彼らの生みの親は誰だろう?
そして、なぜ彼らには(少なくとも)二種類のタイプが存在しているのか?
僕の頭は珍しくいつもより速く回転していて、もう少しでオーバーヒートしてしまいそうだった。こんな比喩を思いつくのも、比較的頭がよく回っている証拠である。ウッドクロックという単語から連想した事項だが、ある種の関連性を帯びているという点で、重要度の高い情報であるといえる。
? オーバーヒート?
色々と考えている内に脳内のニューロンが活性化し、僕はたちまち別のことを思いついた。
そうだ、オーバーヒート。
この建物の管理人の彼には、不規則に眠ってしまう癖があった。それは病気ではないが、「症状」と呼んで良いくらいには当事者にそこそこの影響を与えるものである。
それは、もしかすると、オーバーヒートしていたのかもしれない。
唐突に、僕の頭脳にそんな発想が湧き上がる。
では……。
いったい、彼は、何をして、オーバーヒートするに至ったのだろう?
……。
暫くの間考えてみたけれど、これ以上何かを思いつく気配はなさそうだった。普段からぼんやりしている僕にしては上出来な発想だったし、まあいいか、と思う。
今考えたことはすべて推測の域を出ない。けれど、それでも僕の中には一種の手応えのようなものがあった。そちらの方向に考えれば答えに辿り着けるといったような、確信にも近い何かを掴めたような気がする。
さて……。
僕はこれからどうしたら良いだろう?
リィルはまだ目を覚ましそうにない。彼女が起きてくれればそれなりに楽しめそうだけれど、なんていうのか、人間でいったら病み上がりみたいな状態であるし、無闇に燥いだりするのも良くないだろう。
そうなると、本当にできることが何もない。
いや、違うか。
最後の最後で、僕はとっておきの発想をするに至った。おそらくはこれが最後である。
そう……。
僕も一緒に眠れば良い。
そういえば、なんだか随分と瞼が重たいような気がする。一度そう考えると自分でもそう思い込んでしまうから、人間とは不思議な生き物である。
欠伸。
僕はリィルの掌をそっと握り、彼女の存在を確かめるように静かに目を閉じた。
*
意識の覚醒とともに僕は柔らかな感触に包まれ、まるで自分が天国にいるような気持ちになった。天国に行ったことはないけれど、あくまで言葉の綾だから、特に気にするようなことではない。
しかし、重視すべきなのは「天国にいるような」という部分ではなく、「柔らかな感触に包まれた」という部分である。
僕は静かに目を開ける。
すると、すぐ目の前にリィルの顔があって、彼女がにこにこ笑っている様子が確認できた。
「……どうしたの?」目を擦りながら僕は尋ねる。「なんだ、もう起きてたのか」
「おはよう」リィルは言った。「よく眠れました。ありがとう」
「うん……」
僕は自分の身体を持ち上げようとする。
しかし、想像していたよりも身体が重たくて、僕は起き上がることができななかった。
顔を前方に向けて原因を探る。
リィルが僕の身体の上に乗っていた。
「あのさ、ちょっと、どいてくれないかな」僕は言った。
「え、なんで?」
「いや、重いから」
「え!?」リィルはオーバーなリアクションをする。「重いって、そんな……」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。なんていうのか、一般的に、誰かに身体の上に乗られたりしたら、重いに決まってるじゃないか」
「私、最軽量モデルなんだけど」
「え?」僕は声を発する。「それ、どういう意味?」
「冗談」リィルは笑った。
「冗談? 冗談って……。……それが冗談で通じると思っているなら、今すぐ考え方を改めた方がいい」
僕がそう言っても、リィルは笑うのをやめなかった。
まあ、いいか……。
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