第12話

 これからどうしたら良いだろう?


 リィルの顔から傍に横たわる男性の方に視線をずらすと、ちょうど彼の腹部が修復されていくところだった。編み物が修繕されていくように、細胞が網目状に広がり、小さな穴が塞がって腹部全体が閉鎖されていく。


 ウッドクロックといっても、身体全体がまるっきりメカニカルな素材で構成されているわけではない。むしろその割合は小さいといえる。僕が知っている範囲では、少なくとも、骨格はメカニカルなパーツで構成されているらしい。リィルや彼の様子を見る限り、どちらかというと、バイオロジカルな部分の方が全体に閉める割合は多いようだ。


 リィルの腕から伸びていた管は、全部で三本の細いパイプのようなもので構成されていた。それぞれ、赤、青、黄色、といった配色になっていたと記憶している。リィル曰く、それらは人間でいう動脈・静脈・リンパ管と同じ役割を担うものらしい(彼女が彼の修復作業をしているときに教えてくれた)。彼女が先ほど彼に供給したのは赤色の管から齎される液体で、つまりは動脈血を輸送したことになる。人間からすると考えられない行為だが、彼女がなんの躊躇いもなくそうした行動をとったことを考えると、ウッドクロックからすると特に不思議なことではないのかもしれない。


 いや……。


 もしかすると、彼女だからこそ、如何なる躊躇も見せずにそんな突拍子もないことをしてのけたのかもしれない。


 そんな考えが急速に僕の頭を支配するようになった。


 確かに、リィルはある意味特殊な個体である。どのように特殊なのか、また、どうして特殊なのか、そういった点を逐一説明することはできない。あくまで僕の直感的な感想にすぎないからである。しかしながら、たとえば、僕とリィルが再会したときに、彼女が一つの布団で一緒に眠ろうと言ったことなどを思い出せば、多少は僕が抱いている印象を伝えることができるかもしれない。要するに、一般的な感覚からしたら到底思いつかないような、そういった超越性のようなものを感じるのである。けれど、これを言ってしまうと、今度は「一般的とは何か」といった問題を処理しなくてはならなくなる。だからこれ以上彼女の特殊性について述べることはできないし、僕もこれ以上この点について言及するつもりはない。


 それでも、彼女が特殊であることは確実だろう。


 考え事をしていたせいでぼんやりとしていた視線を下に向けて、僕はリィルの寝顔を眺める。


 こんなふうに見てみると、彼女が僕と異なる生き物だとは到底思えない。むしろ僕以上に人間らしいと感じる。リィルを作った人はどんな人物だったのだろう、と考えることがときどきあるけれど、その彼あるいは彼女の思考は僕には理解できそうになかった。


 まだ、目の前の彼女すらちゃんと理解することができていない。


 そう……。


 そして、その反対のことも同様にいえる。


 僕も、彼女に、僕のことを知ってもらえていない。


 これから時間をかけて、この点を少しずつ解消していく必要がある。


 さて……。


 それでは、この辺で一度思考を切り替えようと思う。同じことをずっと考え続けるのはあまり良くない。それは、過ぎ去ったことについて延々と考え続けるのと同じである。


 リィルが灯してくれた照明のおかげで、今は室内の様子が比較的よく見えた。比較的というのは、明かりの照度があまり高くなく、もともと室内が薄暗い状態にあるということを示している。どうしてこんな状態になっているのかは分からない。単に省エネルギーを目指しているのかもしれないが、管理人の彼がそんなことを思慮するとは思えない。


 その彼は、腹部の修復が完全に終了し、今はリィルと同じように小さく寝息を立てていた。


 そもそも、彼はどうしてこんな事態に遭遇したのだろう? この点については深く熟考してみる必要がある。


 当然のことだが、一番可能性が高いのは、他者から何らかの攻撃を受けた、ということである。


 彼が自殺行為をする意味は特にない。その前に、ウッドクロックという種に「自殺」という概念があるのか疑わしい。これは彼が自分がウッドクロックであることを自覚していなかった場合の話だが、もしそうでなかったら、彼が今まで僕にそのことを話さなかったのがなおさらおかしいことになる。


 確かに、他者に安々と話すような内容ではない。しかし、僕と彼の仲がそれほど良いものではなかったにせよ、犬猿の仲というほどでもなかったし、どちらかというとそれなりに親しい間柄だったわけだから、黙っているというのはどうにも不可解で仕方がない。


 では、ほかに考えられる理由とはなんだろう?


 それは、そうした情報を伝達しないように誰かから強要されていた、もっといえば、そうするようにプログラムされていた、というものである。


 もしそうだとしたら、それを行った人物の目的は何だろう?


 それ以前に、それをしたのは誰か?


 この問いに対する答えは一つしかない。


 すなわち、彼を設計し製造した者、さらに規模を拡大すれば、ウッドクロックの生産に関わった人物ということになる。


「なるほど……」気がつくと、僕は一人で呟いていた。「少しずつ分かってきたかもしれない」

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