第4話
「そんなに面白い?」そんなスペシャルな彼女に僕は質問した。
「え? あ、うん……」彼女はこちらを見る。「なんか、何言ってるのか全然分からないけど、面白いことを言っている、とは思う」
「君の、面白さの基準は?」僕はコーヒーを飲んだ。「人間と同じなの?」
「さあ……。それは、分からないけど……」
「君を作った人は、きっと、本当は人間を作りたかったんだろうね」
「どうして?」
「いや、なんとなく……」
僕はリモコンを操作してテレビの電源をオフにした。
「さて……。じゃあ、せっかくだし、色々話してみようかな」
彼女は僕の顔を見て一度小さく頷く。
「うん。いいけど、何を話すの?」
「まずは、君に関することから」
「私?」
「そうだ」僕は言った。「軽く自己紹介をしよう」
「もう、知ってるんじゃないの?」
「いや、まだ、あまり」
「そう?」
「うん、そう」
リビングの照明は消えている。今は夜だから、窓の外から入ってくる月明かりだけがこの空間を照らし出していた。家の近くに街灯はない。特に治安が悪いわけでもないし、ゴーストが出るという噂もないから、暗くても何か問題があるわけではない。
「えっと、自己紹介って、何をどう説明すればいいの?」彼女は言った。
「え? うーん、やっぱり、好きな食べ物とか、好きな色とか、そういうのを教えるんじゃないの?」
「好きな食べ物はない。好きな色は、茶色」
「へえ……。あ、茶色なんだ」
「ごめん、適当に言った」彼女は首を傾ける仕草をする。そのジェスチャーの意味は分からない。
「茶色、という色が認識できるということは、君は可視光線を使って世界を見ている、ということ?」
「うーん、可視光線が何か分からないけど……」
「あそう」僕は頷く。「ま、知らなくても、不思議ではないか」
「え、どうして?」
「いや、なんか、君ならそう言いそうだ、と思って」
「分かっているなら、もう、自己紹介なんてする必要はないんじゃない?」
「君さ、自分について語るのが嫌いなの?」僕は笑った。「まあ、別にいいけど」
自分でも何がしたいのか分からなくなってきて、僕はとりあえず顔に笑顔を貼り付けておいた。
彼女がどのように世界を見ているのかは分からないが、少なくとも、彼女という個体が人間をもとに作られていることは確かである。たとえば、表情からある程度の心的情報を読み取ることができる、という点からもそれが分かる。僕が笑っていれば彼女も笑ってくれるし、反対に、僕が真面目な口調で話しているときであれば、彼女もそれなりに僕の話に付き合ってくれる。これは使っている言語が人間と同じものだからである。この場合の言語というのは、文字や発音、文法事項といった人工的なものではない。言うなれば、もっと根源的、人間という種が生まれたときから持ち合わせているような、すべての人類に共通する普遍的な記号のことを指す。
言語が同じであれば、当然ながら意志の疎通を図ることができる。つまり、人間とウッドクロックが突然戦争を起こすような事態は回避できる可能性が高い。武力は自分の意思を言葉で伝えられないときに頼るものだし、言語情報を共有できるのであれば、お互いに妥協点を見つけた方が最終的な利益が大きくなる。
なるほど……。
つまり、人間とウッドクロックの関係は、最初から仕組まれていたことになる。
そんな未来を仕組んだのは、もちろんウッドクロックを開発した人物にほかならない。
それは誰だろう?
目の前の彼女には当然興味があったけれど、僕としては、その開発者に対しても好奇心を擽られるものがあった。
「君は、自分が誰に作られたのか、覚えている?」
暫くしてから、僕は彼女に質問した。
「いや、覚えていない」彼女は首を振る。「それは、人間が自らの創始者を知らないのと同じだと思う」
「なかなか哲学的なことを言うね」
「哲学って何?」
「君、それ、冗談で言っているの?」僕は笑った。
「冗談? どこに、そんな要素がある?」
「冗談を言えるのは、高尚な頭脳を持っている証拠だ」僕は話した。「具体的な形もなく、規定することもできない、面白さ、という概念を知らなければ、そんな気の利いた台詞を口にすることはできないからね」
「それが、どうして高尚なの?」
「予期していなかった事態にも関わらず、その場に適した行動を瞬時に選択することができるからだ」
彼女は首を右に傾けて、次に左に傾ける。その動作を三回ほど繰り返し、ついにはそのまま固まってしまった。
「……大丈夫?」僕は声をかける。
「ちょっと、理解できなかったかも」
今度は僕が口を開けたまま固まる番だった。
「まあ、僕の説明が下手だったのかもしれないし……」
「うん」
「あ、それは、何に対する肯定?」
「え?」彼女はさらに首を捻る。「君の説明が下手だったんじゃないの?」
僕は、これ以上何も言うまい、と心に誓った。
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