第6話 図書委員

 放課後。図書室。

 私は自分の仕事をまっとうするため、受付に座っていた。

 この高校に入学してはや1週間。私たち一年生も、変化した日常にどうにかこうにか慣れ始め、部活や委員会というものへの参加を勧められるようになった。もちろん強制ではなく、まだ正式加入というわけでもない。お試し期間というやつだ。私は、特にやりたい部活動などもなかったから、なんとなく図書委員に立候補してみたのだ。


「じゃあ、仕事の説明をするわね、七瀬さん」

「お願いします」


 隣に立っているこの人は、図書委員長の萌木もえぎ織姫おりひめ先輩。黒ぶちの眼鏡をかけ、艶やかな黒髪を短く切りそろえた美人な方だ。正直、ここまで図書委員長という肩書が似合う人もそうはいないと思うほど、役職のイメージと見た目が一致している人でもある。

 萌木先輩は、細い指で指差し確認をしながら、


「これが、貸出カード。うちの図書室では、カードの管理は基本的に本人にしてもらっているの。借りたい本があったら、その本に付いている貸出表と一緒に貸出カードを出してもらって、両方に名前を書き、私たち図書委員に預ける。私たちはなくさないようにそれを管理するのが、主な仕事よ」

「なるほど」


 個人が持っている貸出カードと、本に付いている貸出表をセットにして、今誰が何を借りているのかを管理しているわけか。アナログ極まりないが、まあ、学校の図書室なんてそんなものだろう。


「預かったカードは、ここに保管する。で、本を返してもらったら、カードも返す。初めのうちはこの仕事をお願いするわ。返却された本を元の棚に戻すのも私たちの仕事だけど……慣れないうちは、こっちは私たち上級生がやるから、心配しなくていいわ」

「分かりました。……それにしても、やはり、あまり利用者はいないみたいですね」


 先輩が説明しながら開けた引き出しを覗き込み、言った。中に入っていたのは、両手の指で数えきれるほどのカード。お世辞にも繁盛しているとは言えないだろう。

 先輩は困ったように苦笑しながら、頬に手を添えた。


「そうなのよ。お金儲けをしているわけじゃないから、いいのだけれど……。でも、やっぱり、ちょっと寂しいわよね」


 今日び、わざわざ本を借りてまで読む高校生は少ない。読者家だとして、電子書籍などで済ませてしまう人もいる。私だって、どちらかといえばそういう人間だ。デジタルの波に抗うには、高校の図書室は脆弱に過ぎるだろう。

 だが、現物としてそこに存在する本の良さも分かる。実際に手に持ち、重みを感じながらページをめくる行いが、神聖とまでは言わないが趣のあるものに違いないと、私も思っている。

 先輩は小さなため息を吐き、気を取り直したように明るい声で言った。


「さて、お仕事をしましょうか。七瀬さん、ここに座って」

「あ、はい」

「お客さんが来たら、最初は私がやってみせるから、見ていてね。……といっても、今はまだ無人だけれど。そろそろ誰か来る頃かしら」


 先輩に釣られて入り口の扉に視線をやったとき、ちょうどよく誰かがやってきた。がらりと引き戸を開けたのは……、


「ん? 鵤じゃないか」

「おや。誰かと思えば、七瀬さん」


 鵤だった。見知らぬ人が来るものだと無意識に緊張していたのが、一気にほぐれていくのを感じる。鵤はきょろきょろと室内を見回しながら、一直線に受付に向かって歩いてきた。手には一冊の本を持っていて、慣れた動作で差し出し、言った。


「返却します」

「はい、確かに。いつもありがとう、鵤君」

「こちらこそ」


 なるほど、常連というわけだ。いかにも鵤らしい。私は思わず頷いていた。


「鵤君と七瀬さんは、お知り合い?」

「はい。小学校からの縁で」

「あら、そうなの。ふふ、うらやましいわね。美人と美少年の組み合わせだなんて、妄想が捗るわ~」

「美少年て……」


 鵤が微妙な声を上げたが、先輩はどこ吹く風。何やら妄想の世界に浸り込んでしまったらしく、恍惚とした表情で天井を見つめていた。

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