第5話 ストラップ
朝。HR前の時間。
自分の机に座ってあくびをしていたオレは、隣の席から聞こえてくる会話に耳を傾けていた。
「わ~可愛い~! 能美ちゃん、こういうのっていつもどこで見つけてきてるの?」
「親戚が旅行好きでな、いろんなところで買っては私にくれるんだ。だから、私が集めているわけではないんだが、センスが良いしせっかくなので集めさせてもらっている」
「本当、その通りだよ! あ、このカモがパンケーキ持ってるのすごくいい!」
ネギじゃないのか、そこは。
思わず出たオレのツッコミはさておき、栗花落と七瀬が和気あいあいと談笑している。どうやら七瀬が持っているストラップコレクションが話題のようだ。オレもちらちら見たことはあるが、七瀬は確かにたくさんのストラップを持っている。もちろん七瀬のことだから携帯からジャラジャラ垂れ下げているわけではないが、専用のポシェットに詰め込んで持ち歩いているあたり、相当気に入っているのだろう。
ちなみにオレはストラップは全くつけない派である。だって携帯がポケットに入らなくなるもん。
「良かったらいくつかあげようか?」
「え、そんな、悪いよ。親戚の人も、能美ちゃんにって買ってきてくれてるんでしょ?」
「そんなことはない、自分の趣味のついでだよ。言っただろう、せっかくなので、って。私は集めるだけでほとんど使わないから、木乃香が気に入ったんなら、木乃香に使ってもらったほうが私としても嬉しい」
「うーん、そこまで言うなら……。あ、ねえねえ、長谷寅君」
「んあ?」
油断していたオレは間抜けな声を出した。まさかこっちに話を振られるとは思っていなかった。
一瞬、笑いをこらえる顔をした栗花落が、両手に一つずつストラップを持って聞いてきた。
「これとこれ、どっちがいいかな?」
「自分で決めろよ、そんなの」
「決められないから聞いてるんでしょ、もう」
だとしても、聞く相手がオレなのは間違いだろう。オレがストラップをつけない派の人間だってことは、栗花落だって知っているはずだが。良し悪しなんてまるで分からないぞ。
しかし、栗花落はオレのジトっとした視線の意味など理解してくれず、返事を期待して待っている。持っているのは例のパンケーキカモのやつとデフォルメされた虎がロールケーキを頬張っているやつなのだが、正直どっちもどっちとしか思えない。
オレは返事に窮し、しばらく視線を泳がせたあと……ブン投げた。
「七瀬からもらうんだろ? お前が決められないんなら、七瀬に決めてもらったらどうだ。持ち主のオススメってのもおつなもんだと思うぜ」
「そっか、それもそうだね」
実にあっさり。栗花落は椅子の上でくるりと器用に回転し、七瀬に向き直って聞いた。
「というわけで、能美ちゃん的おすすめはどちらでしょう?」
七瀬は半ば呆れたような乾いた表情をオレに向けてきた。ひょいと肩をすくめてみせて、オレは再び正面に向き直る。一応、答えた手前、やり取りだけは聞いておいてやろう。
「うーん、そうだな、私としては……」
少し困った声の七瀬。どれも気に入っているから、オススメと言われても困るのだろう。
押しつけてしまった罪悪感を少し感じ、横目で様子を確認する。と、なぜか七瀬は緊張した面持ちで、オレのほうを見ていた。
「ははーん……?」
「な、なんだ、木乃香。その含み笑いは」
「いいえー。じゃあ、わたしはこっちをもらうとしましょう。うん」
栗花落が選んだのはパンケーキカモのほうだった。虎のほうは、七瀬の手に返却される。栗花落は鼻歌なんか歌って不思議なほどにご機嫌な様子で、七瀬はというと、狐に化かされたかのような悔しそうな顔をしていた。
だが、そんな中にも、どこかホッとしている気配を感じる。オレを見ていたことと何か関係あるのだろうか。
最後のやり取りの意味は分からなかったが、わざわざ聞くのも何だか気が引けるので、オレは黙ってHRが始まるのを待つのだった。
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