第4話 クッキー

 放課後。教室にて。

 私は鞄から、大きな袋を取り出した。

 中身を食べようと思ってのことではない。処理の仕方を検討するためである。


「どうしたものか……」


 それはクッキーの袋だった。今朝、朝食を買おうと寄ったコンビニで、パッケージのかわいらしさに一目惚れして、つい買ってしまったものだ。恐らく中身自体は何の変哲もないチョコクッキーなのだが……。

 猫は卑怯だろう。パッケージに。でかでかと。

 パッケージをよく読むと、クッキーひとつひとつに肉球の焼き印がされているらしい。なるほど、それで肉球クッキーなる名前で、猫を表紙に売り出されているわけか。考えついた人は悪魔に心を売ったに違いない。高校生の財布にとって、クッキーひとつであれど衝動買いは手痛い出費なのだから。


「わ、なにそれ、おっきい」


 腕を組んで考え込んでいると、偶然そばを通りかかった木乃香が、感動の声を漏らした。私はすかさずパッケージを手に取ると、猫をででんと眼前に持っていってやる。


「可愛いだろう」

「可愛いです」


 目がキラキラと輝いている木乃香に、私はため息混じりに言った。


「この可愛さに見事に負けたんだ。買うつもりなどなかったというのに、まったく」

「あー、でも、これはしょうがないよ能美ちゃん。わたしでも見かけたら買っちゃうもん。なんていうんだっけ、こういう種類の猫」

「スコティッシュフォールドだな」

「すこてぃ……すーちゃんね」


 略すな。


「で、食べないの? すーちゃんクッキー」

「いや、食べたいのはやまやまなんだが……」


 言っては悪いが、しょせんはコンビニのお菓子。中身のクッキーは袋詰めで小分けにされておらず、密閉できるチャックのようなものもついていない。要するに、開けたその場で食べきる必要がある。

 いやまあ、輪ゴムとかを使えばどうとでもなるだろうが、私はどうも、そういうのを許容できない人間なのだ。

 そこらへんを分かってくれている木乃香は、何度も深く頷いた。


「ついでにいうと……けっこう大きいよね、それ」

「そうなんだ……」


 とても私一人では食べきれそうにないくらいに。家に持って帰っても処理に困るくらいに。大きい。どうしてこんなにボリュームがあるのかと若干文句を言いたくなるくらい、大きい。


「よし、じゃあ、ここで食べちゃおう! わたしも手伝うから! ね!」


 木乃香がまた目を輝かせてそう言った。この子は恐らく食べたいだけだろうが、今はお言葉に甘えるとしよう。

 開封して、中身を手に取る。てのひらにぽつんと乗ったクッキーには、可愛らしい肉球がポンとスタンプされている。心臓がきゅんとうずく。

 これは……食べるのがためらわれるような……。


「いただきまーす。はむっ」

「ああっ」


 こ、木乃香。そんなあっさりと。


「……あ、これけっこういけるかも。チョコの味、しっかりするよ。うん、おいしい」

「そ、そうか」

「能美ちゃんもほら。あーん」


 木乃香はクッキーをつまみ、恥ずかしげもなく私の口に近づけてきた。放課後とはいえ何人かは教室に残っている。思いっきり見られている、のだが、木乃香に止まってくれる気配はない。

 ええい、ままよ。


「あー……ん!」


 思い切ってクッキーを食べた。瞬間、どこかから猫の悲しげな鳴き声が聞こえてきた気がした。

 ケーキ屋の娘が太鼓判を押した通り、クッキーはチョコの味がしっかりと残っていて、とても食べ応えのあるものだった。木乃香はひょいひょい次から次に口に運んでいき、私も心がちくちく痛むのを感じながら、少しずつ食べ進めていく。


 あれだけ大きな袋だったのに、ほんの10分もしないうちに完食してしまった。


「おいしかったー! 可愛くておいしいなんて、まさに一石二鳥だね!」

「ああ……」


 私はパッケージの猫と睨めっこをしていた。

 すまない、すーちゃん。君の肉球をおいしくいただいてしまった。恨むのなら恨んでくれていいぞ、すーちゃん。また今度買うから。約束するから。

 何となく捨てられなくなって、空の袋は持ち帰った。

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