46話



「ひなね、寂しかったの……。ひな、ずーっとみんながうらやましかったの。たのしそうにしてるみんな、うらやましかったの」



 ひな。



 ほんとはこの名前、ひなは大好きだった。



 だって、すっごく女の子って感じでかわいい。



 そんな、名前がひなは大好き。



 でも、大人になるってために大嫌いなフリをしてただけなんだ。



 だけど、今は本当はずっと大好だった、ひなって名前をちゃんと口にした。



「そうだったんだ。ひなちゃん、ずっとしたかったの?」



「うん。でも、ひなね、大人だからちゃんと我慢したんだよ? ねぇ、えらいでしょ?」



 言葉を吐くたびに、心と体がどんどん軽くなる。



「うん、すっごくえらいよ。でも、我慢しすぎちゃったんだね。こんなになるまで我慢しちゃったんだね」



「ひなね……ケーキとか甘いのたくさん食べたかった、ジュース飲みたかった、お子様ランチとかね、たべたかったんだよ?」



 ああ、こんなに素直に言葉を言うってこれが、白雪さんの言う大人になるために子供になるってことなんだ。



 すっごい、楽しくって、嬉しい。



 こんなことあたし我慢してなんて、バッカみたい。



 気が付くと、もうあたしに迷いはなくなった。



「他には、何を我慢してたの? あたしに全部、言っていいからね」



「可愛いお洋服とか、あとね、リボンとかつけたかった。んっと、あとは、おままごととかしたかったよ? ママにきゅーって抱っこもしてほしかった」



 どれも、あたしはずっとできなかった。



 クリーム一杯の甘い甘いショートケーキも、みんながおいしそうにしたジュースも、かわいくてキラキラしたお子様ランチも食べなかった。



 可愛い洋服を進められても断って、アクセサリーもほとんどつけなかった、女の子らしい遊びっていうか子供の遊びもしなかった。



 お母さんに甘えるなんて、あたしにはもっての他だった。



 それは全て、大人としてみんなから見られるためあたしから手放したもの。



 だけど、欲しいんだって心の底では叫んだものばっかり。



「そっか……たっくさん、我慢したんだね。ひなちゃんは、えらいね。ちゃんと我慢できたの、えらいね」



「うん、うん……」



 ふわふわとした安心感に包まれて、あたしはすっかり安心しきっていた。



 ああ、あったかい。



 ずっと求めていた温かさに、すっかり夢中になっていた。



 脚も自然に白雪さんにからめて、逃がさないよってしてる。



 このまま、ずーっとしてほしいよって思ってる。



「ひなって名前、本当に本当に、ぴったりだよ。ひなちゃんらしくって本当に似合ってて可愛い」



「うん、うん!」



「じゃあ、そんな可愛いひなちゃんにあたしからご褒美上げることにするね。一人で、こんなに頑張ったんだもんね。誕生日プレゼントじゃ足りないもん」



「え?ごほーび?」



 これ以上のご褒美、あたしにくれるんだ。



 信じられないけど、白雪さん本当に優しんだなぁ。



「これから、あたしと二人っきりでいる時は我慢してきたことしていこ? ケーキ食べよ?ジュース飲もう?可愛い洋服、着てみよう?アクセもつけよう? みんなの知らない、なりたかったひなちゃんになっちゃおう、ずっとなりたかった子供になっちゃおうね」



「え、いいの?」



 ひな、子供にもっとなってもいいの?



 白雪さんの前だけだけど、子供になっちゃっていいの?



「いいにきまってる。これは大人になるために必要なことだからね。それとも、ひなは大人になりたくないの?」



「やだ!なるー、なるの!」



 なりたいよ、ならなきゃいけないの。



 大人になりたいんだからってちゃんと知ってほしくて、ひなは拗ねたような声をだした。



「うん、じゃあ二人っきりの時はひなちゃんになろうね。今日はその一日目。朝までなんでもしようね?あ、パフェとか食べ物は無理だけど……ここ、ないから。ひなちゃんはいい子だから、そこはできるよね?」



 うん、当然だよ。



 ひなはいい子だから、子供でもちゃんと言う事聞くもん。



 他の人だったら聞かないかもしれないけど、白雪さんの事ならなんでも聞くもん。



「えへ、わかったー!じゃあ、ひなしてほしいことあるの、いい?白雪さん?」



 何でもってことは本当に何でも、してくれるはずだよね。



「澄乃でいいよ、ひなちゃん」



 あー、澄乃って呼んでいいんだ。



 あたしのこと、本当に特別に思ってくれたんだ。



 すっごい、嬉しいな。



「うん、わかった。澄乃、ひなのこと抱っこして、なでなでしてほしい。あのね、そうするとすっごいホカホカするの」



「あはは、それだけでいいの?他に何だってしてあげるよ?」



「まずは、それがいいのー!してー」



 澄乃はひなの事を、優しく抱きしめてくれた。



 ふわっとした感触と、ほのかに澄乃の香りを感じた。



 澄乃は今、ひなのためだけにいるんだよね。



「あったかぁい……えへへ」



「ひなちゃん、大丈夫。あたしに任せておけば全部大丈夫だよ。今まで幸せにしてきたように、あたしが必ず幸せにしてあげるよ?」



「うん、澄乃はひなを幸せにしてくれたよ。だから、これからも幸せにしてね?絶対離れちゃいやだよ?ひなの側に居なきゃ、ひな生きていけないよ?」



 あたしのわがままに対する返答は言葉じゃなくて、暖かい抱擁。



 その瞬間、昨日までの間森ひなは死んじゃった。



 でも、後悔もなーんにもない。



 だって、新しい『』間森ひなが生まれたんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る