44話
とはいっても、行っちゃうのがあたし。
ちょっと気合の入った私服に着替えてお気に入りのコートを羽織って、白雪さんの指定した待ち合わせ場所に向かう。
今のペースなら、ちょうど指定時間に着けるはずだ。
親との誕生日兼クリスマス会を笑顔の仮面をかぶって何とかやり過ごした結果、あたしの気持ちは重いまま。
白雪さんからクリスマスプレゼントがもらえるかもしれないって、無理やり気持ちを上げた。
一番の特別な友達がわざわざ二人きりみたいな感じで、渡すなんてなんかあたしが憧れていた大人みたいだって思う。
だけど、それはあたしの誕生日じゃなくてクリスマスっていう誰もが特別に思う日のお祝い。
「でも、あたしを見てくれてたんだよね」
その気持ちを支えにして、待ち合わせ場所の鐘の下に向かった。
近づくと、やっぱりたくさんの男女やグループが待ち合わせしていた。
誰もが笑顔になっていて、本当に今日という日を楽しみにしていたんだってわかる。
その中でもすぐに、白雪さんを見つけられた。
特別な人だからっていうのもあるけど、相変わらずの白雪さんの外見だったから。
長い黒髪を休日であたしの前だけで見せる可愛く少し横に縛って、服は黒の変わった裾のロングスカートに上はなんか黒い物を羽織っていた。
ともかく、真っ黒なので夜なのに逆によく目立つ。
「お待たせ、白雪さん」
「うんん、あたしも今来たところ……って、言ってみたかっただけですよ。実は早く着すぎてしまいまして、ちょっと待っていました」
ちょっとだけ白雪さんが茶目っ気を見せた後、いつもの調子に戻るのがなんかかわいい。
「お呼び立てしてしまい、申し訳ありません。学校で渡すのは恥ずかしいですし、家の前というのは何となく嫌でしたから」
白雪さんは一礼して小さな小箱を、あたしに手渡してくれた。
「ああ、クリスマスイブだもんね。ありがとう、開けていい?」
やっぱりって思うけど、こうやって渡してくれるのは嬉しかったので素直に受け取ると白雪さんは不思議そうな顔をしていた。
「あの、クリスマスプレゼントじゃないですよ、間森さん。そこは、勘違いしないでくださいね」
「え?だって今日は、クリスマスイブだよ。他に、何かある?」
学校終ったお祝いでわざわざこんな呼び出してわざわざ手渡すなんて変だし、クリスマスプレゼント以外白雪さんにもらうってなるとあたしには思いつかない。
「あたしの一番特別な存在の間森ひなさんが、この世に生まれた日のお祝いですよ。誕生日、おめでとうございます」
笑顔と共に言われた一言に、あたしはどうしていいか分からなかった。
なんで、白雪さんはあたしの誕生日を知っていたの?
本当に嫌いで友達にも言ってないし、どうやったって白雪さんが知ることができないはずなのに、こうしてはっきりと誕生日プレゼントを渡してくれてる。
「え?え?何で知ってるの? あたし、誰にも言ってない!友達にも、白雪さんにも言ってないじゃない!なのに、何で?」
「偶然知る機会がありまして。でも、本当に偶然ですよね。あたしとおそろいなんて」
「え?白雪さんも今日……?」
もしかしてって思ったけど、白雪さんはちょっと申し訳なさそうに苦笑いになった。
「あたしは11月24日。間森さんのちょうど一か月前です。日付はおそろいでなんだか……出会う前から運命でつながってるみたいだなって思いました」
え、あたしのちょうど一か月前?
ぴったりお揃いじゃないけど、それだけでもあたしは嬉しい。
あの白雪さんと、こんな出会う前からのつながりがあるって思えるだけで心がギュッとつながった感じがした。
「えっと、開けてもいい?」
「はい。似合うかどうかは自信無いですが。あたしなりに悩んで、選んでみましたので」
箱を開けるとそこには指輪が二つ、並んでいた。
可愛いけど二つ?
あたしにだったら一個でいいのに、何で二つあるんだろう?
「この二つ、よく見てくださいね。ヘッドの部分は二つとも月光石です。で、二つで一つのデザインになるように模様が掘ってあります。あと後ろには一応あたしと間森さんのイニシャルも入れてあります。それでは、左手出してくださいね」
戸惑ったまま言われるがまま左手を出すと、薬指に白雪さんが指輪をゆっくりとはめてくれた。
その指輪に彫られていたのは、白雪さんのイニシャル。
サイズもどうやらぴったりで、きっちりとあたしの薬指にはまっている。
「それで、もう一個はあたしのです」
白雪さんは自分で右手の薬指に、もう一個の指輪をはめた。
「あ、あ、白雪……さん……」
「古代ギリシャでは左手の薬指と心臓は1本の血管で繋がっているって考えられていたんです。そこから「命に一番近い指」「愛の血管が心臓に直接つながっている」って発想になって、大切な人との関係を深めたいって意味でつけるようになったんです。イニシャルを逆にしたのは、あたしがいつも間森さんと繋がっているっていうのを感じてほしかったからですよ」
そして、白雪さんはケースをしまってあたしに真っすぐにほほ笑んだ。
「どうしても渡したかったんです。特別な一番の存在の間森さんに、このペアリングを。今日っていう日、にどうしても渡したかったんですよ」
「あ、あのさ、もしかして土日……」
「ええ、ちょっと臨時のアルバイトを。ああっ!デートとかじゃないのでご心配なく。ご縁がある研究室の資料整理のバイトに潜り込めまして、それでちょっと間森さんと会えなかったんです。高時給でしたから、しっかりやれば間森さんお誕生日にこのペアリングを渡すの間に合いそうでしたから」
白雪さんはあたしだけを、ちゃんと見てくれてた。
白雪さんだって、普通の女子高生。
本当はしたいことだってあったはずなのに、あたしのためにお金を稼いでこうしてプレゼントをくれた。
それも、クリスマスなんて無視してあたしの誕生日だけのためにこうしてこんな素敵なプレゼントをくれた。
なのに、あたしはそんな白雪さんを疑っちゃってた。
特別って思ってたのに、あたしが特別って、一番の特別って思っていたはずなのに疑っちゃった。
ニコニコしている間森さんを見て、あたしは恥ずかしくなった。
「これで、ずっとずっと一緒ですよ。ずっとずっと、会えない間もあたしと間森さんは繋がってます。これは、その証です」
あたしは嬉しさでじわりと歪んだ視界の先に、白雪さんを見ながら言葉に何度も何度も頷いた。
そして、不意に伝わったのは暖かさ。
白雪さんがギュッと、あたしを抱きしめてくれていた。
周りの人なんて構わないで、あたしだけを包み込んでくれていた。
「みんなは今日が間森さんの誕生日なんて、知らないです。みんなは、別な事で浮かれてます。でも、あたしだけは違います」
ゆっくりあたしの頭を撫でながら、耳元で優しく白雪さんがささやいてくれている。
違う?
もしかして、もしかして――。
「間森ひなさん、生まれてきてくれてありがとうございます。あたしは間森ひなさんという人間がこの世に生まれてくれた日だってことでこんなにも、浮かれてるんですよ。あたしだけの特別な人、間森ひなさん。生まれてきてくれて、本当にありがとうございます」
あたしの中で何かが壊れる音がしたと同時に、抑えられない感情が今までのあたしっていう存在を全てのみこんでいった。
気が付いたらあたしは、泣いていた。
人がたくさんいる駅前なのにも関わらず、あたしは声を出して泣いていた。
本当に子供みたいに、泣きじゃくった。
それでも、白雪さんは全部受け止めてくれていた。
ぎゅっとだきしてめて、背中をトントンと叩いたり頭を優しく撫で続けてくれた。
そのたびたびに、あたしは壊れていった。
今までのあたしを作っていた、全てが音を立ててどんどん壊れていくのが分かる。
みんなに見栄を張っていたあたしも、大人を目指して疲れ果てたあたしも、白雪さんを引っ張っていこうって思っていたあたしも。
でもその全てが壊れていくのが、今まで感じたどんなものよりも心地よかった。
「間森さん、さすがに人目が気になってきましたね。場所、変えましょうか? もっと間森さんが自由になれる場所、あたし知ってますから。これも誕生日プレゼントです。ずーっと一人ぼっちで大人になるって頑張ってきた、間森さんへの」
もう一つの誕生日プレゼントは、もっと自由になれる場所?
なら、連れて行って欲しい。
今まであたしを作っていたものがボロボロになったあたしは、その言葉を信じて小さく頷いた。
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