37話



「白雪さん!見て!これ!」



 中間テストの結果が配られた、放課後。



 あたしは気持ちを抑えられないで、白雪さんの机に駆け寄っていた。



「その様子だと、かなり良かったみたいですね」



「これ、見て! 学年10位!」



 紙に書かれていたのは、学年総合10位の文字。



 これをすぐにでも、白雪さんには見てもらいたかった。



「あーあ、もうさっきからはしゃいじゃってるんだよ? ごめんね、白雪さん」



「でも、あそこまでの順位ならあたし達より大人の間森だってああなるって。そりゃ嬉しいもん」



 後ろでそんな声が聞こえるけど全部無視して、あたしは白雪さんの反応だけを気にする。



「学年10位……え? 本当です!うわ、うわ!すごい!」



 白雪さんは一瞬びっくりした後、いつもの口調じゃなくなっちゃうくらい興奮していた。



 前回が20位アップで喜んでいたんだけど、今回はさらにあがって全体の10位に入っちゃったのだ。



「白雪さんがつきっきりでやってくれたおかげ!ほんんっとありがとう!」



 もう手を握って、ぶんぶんしちゃうくらいにあたしは嬉しい気持ちを白雪さんに伝えていく。



「あ、でも白雪さんの方が上だよね。あたしがはしゃいでもしょうがないか」



 白雪さんはあたしにずっと教えてくれていたし、あたしも一人でやってたけど白雪さんも同じようにやっていたはず。



 それに、あたしに教えるってことで勉強になるって言ってたから当然上のはず。



 だけど、白雪さんは前回のように順位も上とも言わないで笑顔を浮かべているだけだった。



「おめでとうございます。あたし、やっぱり抜かされちゃいましたね」



「嘘いわないでよ、そんなことあるはずないじゃない。白雪さんがあたしより上なんて」



「いえ、上ですよ。はい」



 笑顔で差し出された紙を見て、あたしは目を疑った。



 白雪さんは学年17位。



 それは、あたしより確かに下の順位だった。



「嘘……何で?どうして?」



 あたしの心の中は嬉しさより、戸惑いと申し訳なさでいっぱいになった。



 あたしに勉強を教えることが多すぎて、白雪さん本人の勉強ができなかったんじゃないか。



 それ以外にもあたしにいろいろ付き合ったせいで、成績が悪くなったんじゃないか。



 俯くあたしに、聞こえてきたのは想像もしていない声色だった。



「本当にすっごいです! よかった、本当に良かった……よかった」



 心底うれしそうな明るい声が、どんどん震えて泣き出しそうな声に変わっていく。



 あたしは慌てて、白雪さん白雪さんを覗き込んだ。



「ど、どうしたの?」



「あたしのした事、こうやって結果が出たのが嬉しいんです」



 笑顔でぽろぽろと、涙を白雪さんは流していた。



 そこに悔しさや悲しさはなくって、本当に安心と嬉しさからの涙だった。



「間森さんは、やっぱりあたしが認めた特別な人です。すごい人です」



 白雪さんは涙をぬぐいながら、あたしを真っすぐに見てくれた。



「あたしは……頭良くないんです。みんなの何倍も、何十倍もやって詰め込んでやっと……なんですよ? 簡単な事でも納得するまで、何度も何度も繰り返さないと頭に入らないんです。あたし初めて間森さんに勉強を教えるとことになって、その時ドキドキしました」



 ドキドキする?



 それって不安にさせちゃったのかって思ったんだけど、次の言葉でそれは否定された。



「間森さんは、すっごく覚えが早いんです。あたしが少し教えただけで、どんどん応用問題が解けていったり、自然に他の教科で学んだ考え方を生かしていっりしていたんです。あたしはそれを見て、うれしくなりました、楽しくなりました」



 相変わらずの真っ直ぐな言葉があたしに向けられていくけれど、白雪さんの表情は涙をこぼしてはいるけれど柔らかで本当にうれしそう。



 なんだか、感情を真っすぐ向けている子供みたいだった。



「本当にあの時間が楽しかったんです。目の前であたしの行ったことで、間森さんがどんどん輝きを増してくのが楽しい。そう思っていたんです。そして、同時に思ってました。必ず間森さんは、あたしを抜いてく。それも、それは遠くない日にって。それが今日だったんですよ」



「く、悔しく無いの?」



「悔しさなんて瞬息もありませんよ。純粋に嬉しいんです」



「えっと、瞬息って?」



「10-16乗で1京分の1の事です。ともかく、全然ないってことですよ」



 前で涙をぬぐってニコニコしてる、白雪さんが信じられなかった。



 負けたんだよ? それも、ずっと教えていた相手に。



 それなのに、何で笑ってられるの?



 悔しいとか、何で思わないの?



 でも、その心の中の不安は白雪さんに伝わっていて、答えはあたしがよく知ってるものだった。



「一番の特別の友達だからですよ。あ、でもあたしはもっとしっかりやってかないといけないですね。このままじゃ、隣に立てなくなっちゃいますから」



「あ、あ、えっとさ、この前白雪さんの志望した大学に、あたしも行けちゃったりするかな?」



 きっと今回はまぐれかもしれないけど、こんなのがずっと続いたらそんな未来があるかもしれない。



 そんな夢見るくらいならいいかなって思っていたんだけど、白雪さんは急に真剣な目になった。



「行けるかなじゃありません。当然行くんですよ、間森さんはあたしと同じ大学に」



 そうだ、一緒の大学ならあたしと白雪さんは卒業しても一緒に居られる。



 遠くの大学くだったら、一緒に住むこともできる。



 一緒だったらいつ迷っても、白雪さんはあたしを幸せにするために考えて色々なことをしてくれる。



 今の言葉は、そう約束してくれたに違いない。



「うん!行こうね、絶対に!」



「あのさー、盛り上がっちゃってるのはいいんだけど、いい加減にしないと、間森、置いてくよ?」



「間森だかんねー? テスト結果発表のお疲れ様会しようって言ったの」



「白雪さんも、その舞い上がりほっといてこっちおいでー」



 廊下の方から友達の声が聞こえて、はっと気が付いた。



 今日はテストが終わったから、みんながいつも行ってるファミレスで美味しい物でも食べようってあたしが誘ってたんだったっけ。



 あたしは大慌てで、カバンを取りに戻る。



「そ、そうだった! みんな、主役置いてく気!? ひどいと思わない?白雪さ……あれ?」



「ほら、行きますよ?間森さん。すいませんね、またお邪魔します」



 何故かあたしの隣にいたはずの白雪さんは、いつの間にかみんなのとこの近くにいてあたしだけが教室に取り残される格好になっていた。



「あー、もう!」



 イラっとした言葉はこの前と変わらないけど、その中身は全然違っていた。



 何で?っていうより、あたしも楽しみたいよって感情がそのほとんどだったから。

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