36話
白雪さんは、迷う素振りなんて見せないで即答した。
どっちも?
それってどういう事なんだろう?
本当の自分って一人のはずだし、両方なんてあたしの中の発想ではありえない。
「このお店でのあたしも、間森さんの前だけのあたしも、クラスのみんなの前に居るあたしも、家で一人でいるあたしも。みんな、あたし、白雪澄乃です。だって、どれも嘘じゃないですから」
「え?どれも、白雪さんなの?」
「はい、それぞれに合わせたあたしは全部あたしです。間森さんは、違うんですか?」
「え、え?その……」
言えるはず、無かった。
大人になりたいって背伸びしてる自分って、本当に本当のあたしなのか分かんない。
最近、ちょっと思い始めていた。
前まではこれがならなきゃいけないあたしだからって、何の疑問も持ってなかった。
だけど、最近そこがぐらついてる。
本当のあたしってどんな人間かもわからないし、そもそも誰なんだろうって。
「まぁ、今すぐに無理に見つける必要もないですし。それに、何度だって言いますけどあたしはどんな間森さんでも、本当の間森さんって受け止めますからね」
「え、あ、うん。ありがとう。それで、風邪って?」
「心の風邪です。なると元気がなくなって、勉強とかできなくなっちゃうような厄介な風邪なんです」
それは真面目な白雪さんにとっては、致命傷な気がした。
「でも、ここに来ると治るんです。大好きな物に囲まれて、好きなことすると治っちゃうんです。不思議ですよね」
「あ、つまり……あたし、風邪ひいてるってことか」
「はい、結構ひどい風邪ですよ。だから間森さんもあたしみたいな風邪をひいた時、そんな場所を作ってほしいんです。今日はあたしの場合はこうやって治してるんだよっていうのを見せたくて、このお店に連れてきたんです。無かったら、あたしが作ってあげてもいいんですけど、まずはあたしの場合の紹介ですね」
「むー、しーちゃん?うち、病院じゃないの。だから、今日こそ何か買ってきなさいよね?」
「やーだよ。あ、でもそこにあった新作のケープとスカートと帽子のセット、かなりお気にだからキープしてくれる?」
ひょっこり顔を出した瞬間、このお店向けの白雪さんになった途端あたしは笑いをこらえきれなきれなかった。
だけど、本当にすごいよ、白雪さんは。
約束を何がなんでも守って、色々本当に大人なのに、時にこんな風に子供のような魅力もあって。
本当にあたしに持ってないものをたくさん持ってる白雪さんに、あたしは本当に惹かれていた。
この人の特別で居られることが嬉しいし、その場所を誰にも奪われたくないって思う。
「はいはい。分かりましたよ、お姫様」
「店長、あたしお姫様じゃなくて魔導士なんだけど?さて、軽くひねってあげようか?」
「おおっと?あたしの魔眼と張り合おうっていうの?いい度胸じゃない、小娘」
なんだかあたしの知らない感じで盛り上がってる二人を見てると、何故だかあたしも笑顔になって今日の出来事なんてすっかり忘れていた。
あのお店を出た後は、いつもの白雪さんだった。
きゅっとあたしの手を握って、大好きだっていう場所にたくさん連れて行ってくれた。
最初の頃に行ったクレープとかタピオカが合わないっていうのは言わなくてもやっぱり気が付いてくれて、どっちかというと静かで落ち着くようなで大人っぽい場所に連れて行ってくれた。
それにあたしの好みもちゃんと聞いてくれて、そう言う場所にも連れて行ってくれた。
最初はちょっとあたしも恥ずかしさから意地張ってたけど、もう途中からそんなのは止めた。
だって、白雪さんがあたしのために楽しませてくれようとしていろいろやってくれてるのに、それに遠慮するなんて失礼だって気が付いたから。
ドキドキしながら初めてあたしから行きたい場所を告げたとき、白雪さんはちょっとびっくりしながらも本当にうれしそうな顔をしてくれた。
それが、結局あたしの迷いを振り切らせたんだけど。
「白雪さん、すごい場所知ってるんだね。というか、制服で大丈夫なの?」
「お客さんですよ、あたしたち。それに、制服はドレスコードとして正装ですから何ら問題ないです」
かなりおしゃれなレストランっぽい場所で、あたしと白雪さんは晩御飯ってなっていた。
白雪さんと一緒に居るってことで親は安心したのか大丈夫って言ってくれたし、白雪さんからもしっかり送り届けることを約束していたので晩御飯をこの街で一緒に食べることになった。
あたしはきょろきょろしちゃうくらいに落ち着かないんだけど、白雪さんは堂々と当然のように座ってる。
ほんとあたしが子供みたいで恥ずかしいって思うから、少しは動揺してよって思うのにそんな素振りは一切なし。
(白雪さんの彼氏になる人、大変だ。こんな人と――)
彼氏。
頭の中で、その言葉が出た途端頭の中がぐらりと揺れた。
白雪さんだって女の子で、当然彼氏を作るはずだ。
そうやって大人の幸せを作るのは何にもおかしくないし、それが普通。
だけど、それがあたしは嫌だ。
だって、白雪さんはあたしの一番の特別な友達で、あたしは白雪さんの一番の特別の友達。
彼氏はそれより上ってこと?
そんなの、そんなのヤダ!
白雪さんの一番は、ずっとあたしなんだ。
そうだよね、約束してくれたもん、あたしだよね?
だけど、一度ぐらっと揺れた心は止まらない。
「ま――さ――ん?間森――ん?あのっ、間森さん、どうしたんですか?気分、悪いんですか?さすがに、疲れちゃいました?」
「えっ、あ、ごめ、ちょっと考え事しちゃって」
「びっくりしましたよ。声かけても全然、応えてくれなくって、急に調子悪くなったんじゃないかって……よかったです」
目の前の白雪さんは、本当に心配してたみたいで大きく息をついて笑顔を浮かべてくれた。
「ごめんね、大丈夫だから」
「分かりました。それで、そろそろ決まりました?」
「え、忘れてたのと……どれがいいか分からなくて」
「うーん、そうですね。間森さん、苦手なのは?」
「甘いのとか、あと、重い系のお肉。ハンバーグとかちょっと……」
「わかりました。ここはそういうの、少ないですから大丈夫ですよ。じゃあ、えっと……」
白雪さんは注文を取りに来るようにちょっとだけ合図をして、店員さんを呼んで軽く相談をしながら何かを注文をしてくれた。
あたしは緊張もしてたし、その言葉の意味すら分からないからよく分かんなかったけどちゃんと好みは言ったし大丈夫のはず。
「もうちょっとお金があるときに来たら、前菜とかそう言うのも頼めたんですけどね。すいません、一品くらいで」
「え、いいよ。そんなに……」
「だって、間森さんとの初めてのデートなんですから。しっかり、記憶に残してほしいですから。あっ、デザートも美味しいので一品だけでしたら、大丈夫ですから」
え、あたしとの今日のお出かけって、で、デートだったの?
そんな風に白雪さん、思ってくれてたの?
あたしとのお出かけが、デート……だって。
「本当は、ちゃんとお誘いしてのデートをしたかったんですけどね。それに、あたしの楽しいに付き合わせちゃったら楽しかったどうかは分からないですけど」
「そんなことないよ。白雪さんの楽しいが知れてうれしかったし、それに学校サボったのに……すっごく楽しかった」
「じゃあ、またデートしましょうね? 今度は、今回みたいに急なのじゃなくてちゃんとデートしましょう」
もう、白雪さんったらこういうセリフ、真っ直ぐ恥ずかし気もなく言ってくるんだから。
だから、一緒に居たくなっちゃうんだよ?もう。
「わぁ!ありがとー!覚えててくれたんだね」
嬉しさでぼんやりしてると、隣のテーブルから女性の声が聞こえてきた。
ちらっと見ると、ケーキを見てすっごく喜んでるっぽい。
「ああ、きっとバースデーディナーですよ。誕生日にここのお店を使う人、多いんです」
「へぇ」
「あれ?間森さん、興味ないんですか?誕生日、素敵な所でお祝いとか。喜ぶ女の子多いですけど」
「うん、ない。なんか、子供っぽいし」
誕生日をお祝いされて、はしゃぐなんて子供のすること。
うん、だからあたしは嫌いだし興味なし。
「そうですか。じゃあ、誕生日が来てもあたしはお祝いはしないでおきますね」
「うん、別に何もなくていいよ」
いつもだったら何気ない会話だけど、今日のあたしにはなぜか後悔のようなものを感じた。
「あ、来ましたよ。ここのピッツァマリナーラおすすめなんです。こういうのがちゃんとあるっていうのは、シンプル故に本当に自信があるんだなって。あ、えっと、とにかくおいしいんです」
「え、うん、ありがと」
「冷めないうちに、分けましょう」
確かに美味しいはずの、白雪さんとの食事の味がちょっとあたしには分からなかった。
それは、どこかでさっきの誕生日の話題が残っていたからだった。
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