35話
「どうですか?」
「え、えっと、人がたくさんいる」
白雪さんが連れてきたのは、たくさんのお店が立ち並ぶ繁華街がある駅だった。
人がごちゃぐちゃたくさんいて、あたしが過ごしてる街とは比べ物にならない。
「あの、来たこと無いんですか?」
「ないよ……必要なかったし」
別に行かなくてもいいし、テレビで見てもなんとも思わなかった。
ブランドショップの商品とかおいしそうなスイーツショップを友達が雑誌で見てても、こんなので騒ぐなんて子供だなって思う程度で行きたいなんて思う事なんてなかった。
「じゃあ、今日はたくさん遊びましょう。みんなの前では出来なかったこと、しましょう」
「え、え?」
「ほら、行きますよ!」
駅の時のようにあたしの手を握って、白雪さんは笑顔で駆け出した。
――白雪さん?これって、本当に白雪さんなの?
あたしの戸惑いなんて全然知らないかのように、あたしの手を引いてくれた。
それはデートで大切な人を案内するみたいに、あたしには思えちゃった。
白雪さんは本当に慣れてるみたいですいすい街の中を歩いていって、何も知らないあたしはそれについていくだけ。
引っ張ってくれる白雪さんは学校とは別人のあたしの前だけでの白雪さんみたいけど、今はそれともちょっと違う。
お気に入りっぽいお店を紹介してくれる時も、街の様子を説明してくれる時も友達じゃない。
まるで、恋人みたいにあたしには思えた。
『大切な人に今の時間を楽しんでほしい。あたしの楽しいを教えたい』
そんな感情が、握りられっぱなしの白雪さんの手から伝わってきた。
『はぐれたら、責任もてませんから』
白雪さんの言葉に最初は子ども扱いしないで欲しいって思ったけど、今はすごくあたしに安心を与えてくれてる。
初めてのタピオカジュースはあんまりあたしの好みじゃなかったし、クレープはおいしかったけど白雪さんがお勧めしてくれたイチゴたっぷりのやつは子供っぽくて遠慮した。
あと、ゲームセンターは行ったことなかったからさすがに断った。
だけど、白雪さんと一緒に居るだけであたしは素直に楽しかった。
知らない場所だけれど、心はどこかわくわくしてしまっていた。
だけど今、ずっときゅっと手を握ってくれていたけど白雪さんの手はこの街に来て初めてあたしから離れている。
そして、さっきまでのデートっていう雰囲気では一切なくなってる。
「ううううん、どれも、どれも魅力的……」
「あ、あのさ、やっぱりこういうのって普通のお店じゃないんだね。あと、通販じゃダメなの?」
「当然です。通販でもいいですけど、やっぱり実際に見たほうが色々分かりますからね」
あたしと白雪さんが居るのは、白雪さんの行きつけらしい洋服屋さん。
ってことは、当然普通の服なんてあるはずもない。
金の糸で細かい刺繍は施された真っ黒の服、フリルのついたお人形が着てるみたいな服、チェーンみたいなのがついたなにがいいんだか分かんない服。
そんなのがたくさん並んでる、あたしにとっては本当に初めての服ばかりしかない空間だった。
「うううん、このスカートマジ可愛いなぁ。値段は……っと。まぁ、これくらいはするかー。うーん、また今度……でも刺繍綺麗だし、ケープとの取り合わせもいいし。悩む―……。え、ちょっ、帽子もあるの?あ、これ絶対欲しい……」
あたしが居る事なんて忘れるくらい夢中になってるみたいで、口調がなんか普通の女の子になってる。
こんな白雪さんを見るのは初めてでどうしても驚いちゃうけど、同時にあたしにはこんな姿を見せてもいいっていいくらい、特別って存在なのかなって思えちゃう。
「あれれ、しーちゃんどうしたの?また風邪ひいたの?」
「あはは、店長ー。そーなの、また、風邪ひいちゃった」
白雪さんの会話からすると話しかけてきたのはどうやら馴染みの相手みたいで、しかも店長さんらしい。
こんなお店だからどんな人がって思ったんだけど、普通の服を着た丸眼鏡をかけた優しそうな女の人だった。
でも、白雪さん風邪なんてひいてたの?
もしかして、隠して無理させてるならそれはあたしとしては嫌。
「白雪さん、風邪なの?無理はダメだよ」
「え、あ、これは、えっと……」
「あ、しーちゃんのお友達? あはは、違うの。普通の風邪じゃなくって、しーちゃんの場合はなんていうか……ココロの風邪。そうだよね?」
あたしの前で困るなんて白雪さんにしては珍しいからおかしいと思ってたけど、店長さんが笑いながら言った理由も大分おかしかった。
「ま、そんなとこかな? あ、えっと、このお店に来ると治る、不思議な風邪です。だから、間森さんにうつるなんてことはありませんから安心してくださいね」
「あたしとしてはうつしてほしいんだけど。ねぇ、この子、すらっとしてて髪もいい感じで顔つきもこういうの似合いそうだしさ。ね、ちょっと貸してよ。ぴったりの新作、あるんだけどさ」
「あの、店長……。分かってるよねー?」
「ごめんごめん、拗ねないでって。しーちゃんは大事なお客さんなんだからー、離れてもらったら困るんだからね。まぁ、ゆっくりしてってよ。風邪も治してほしいしさ」
くすっと笑って店長さんが去っていくと、白雪さんは大きくため息をついた。
「こういうとこは、変に商売熱心なんだから。普段からも―ちょっと、気合入れればいいのに」
「あの、白雪さん……」
「え?ああ、すいません。間森さんの事、ほっといちゃいましたね。ここだけは、あたしのわがままで申し訳ないのですが寄らせていただきました」
「いや、なんていうか……いろいろ頭が追い付かない」
「何が、ですか?」
いつもの口調に戻って小首を傾げる白雪さんだけど、さっきを見てるからどうしても別人に見える。
「だって、口調全然違うし、それに、しーちゃんって……。あと風邪って何?」
「ああ、店長さんがあたしのいつもの口調だとムズかゆいっていうので合わせたのもあるんですけど、ここにいる時はあたし本当にだらーって気を抜いてるから、どうしてもですね」
「え?」
「あたしだって、いつも同じ口調って訳じゃないです。一人でいる時は、結構さっきみたいですよ。ただ、誰かと話してるときはどうしても間森さんが知ってる話し方の方が気が楽ですからね。要は使い分け、ですよ」
「じゃあ、どっちが本当の白雪さんなの?こうしているとき?それとも、あたしとかみんなといる時?」
「それは当然、どっちもですよ」
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