34話

駅で切符を買うなんて、何年ぶりだろう?



 お出かけは家族の車がほとんどで、ショッピングモールにはバスを使ってたから本当に久しぶり。



 あたしは駅に連れてきてくれた白雪さんに言われるがまま、聞いたこともない行先の初めて買う高い金額の切符を買った。



 白雪さんが堂々としてるところを見ると、たぶん行ったことがあるんだろうって思う。



 だけど、あたしには全く聞いたこともない地名。



 そこのどんな人がいるかも、どんなものがあるかも、どんな風景なのかも全く分からない。



 ホームで待っているとタイミングよく電車が来たので、そこに白雪さんと一緒に乗る。



 中にはあたしたち以外誰もいなくて、白雪さんと一緒に対面式のシートに座る。



 白雪さんが言うには、ボックスシートっていうのらしい。



 何でも、鉄道好きのデート相手に色々教えてもらったんだとか。



「いい天気ですね」



「うん、そうだね……」



 電車はあたしの知っている街をとっくに離れて、もう知らない風景の中を走っている。



 緑がきれいで、空は青い。



 そんなあたしにとっては単調な風景が、ただただ流れていく。



 白雪さんは何も言わないで、あたしと同じように風景を見て目を細めている。



 あたしにはつまらない風景なんだけど、白雪さんにはあたしとは違うきれいな風景に見えているのかもしれない。



 誰もいない車内は、ただ電車の音しか聞こえない。



 それに耐えられなくなったあたしは、白雪さんにさっきから言いたかったことを言う事にした。



「あのさ、白雪さんはあたしのこと羅針盤って言ったよね」



「はい。それが何か?」



 あれだけ激しく言っていたのに、ちゃんと覚えてた事にあたしはほっとした。



 だから、この言葉もすごく素直に言うことができた。



「それ、すごく嬉しかったんだ。あたし、ずっと誰かの羅針盤になりたいって思ってたから」



「その理由、聞かせてくれますか?」



 あたしは白雪さんに、ぽつりぽつりと話していった。



 小さい頃からみんなに頼られてたから、みんなを正しく導いていける人になりたいって思ってた事。



 そして、その為にみんなより早く大人にならなきゃいけないって思ってた事。



 その理想を形にしたのが、羅針盤だってこと。



 いつも不安になると、部屋にある羅針盤のキーホルダーを触っていたこと。



 親にも友達にも誰にも言えなかったあたしの秘密を、あたしは全部白雪さんに話した。



「こんなくだらない理由だったんだ……。あたしが、急いで大人にならなきゃいけないって思ったことは」



 こんな子供っぽい理由だったなんて、あたしが一番分かっていた。



 それでも、とっても大切だから。



 そう思っていたからこそ、こんな子供っぽい理由で大人になろうなんて恥ずかしくて誰にも言えなかった。



 でも、白雪さんはどんなあたしでも、受け入れるって約束してくれた。



 恥ずかしいしバカにされるのは分かってるけど、きっと受け入れてくれると思ってあたしは話してみた。



「素敵だと思います。間森さんの大切な思いに、触れることができてあたしは嬉しいですよ」



「え?あの、笑ったりしないの? こんな変な理由なのに」



「間森さんは、羅針盤になってますよ。あたしをちゃんと導いてくれて、こうして間森さんの特別にしてくれたんですから。だから、変なんて思いません」



「でも、今は……」



「はい。だから、もう一度、羅針盤になりましょう。今度は不安定じゃない、羅針盤になりましょう。そのために、心の積み木一緒に積みましょうね。方法もあたし、一生懸命に考えてますから」



 白雪さんが向けてくれたのは、不安を全部打ち消すような真っ直ぐな瞳だった。

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